6-3 浮舟をめぐる匂宮と薫 宇治十帖 (源氏物語)
馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~恋する黒髪~」一部引用再編集
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6-2 のつづき
対岸に着くと、匂宮は自ら浮舟を抱き下ろして、簡素な隠れ家に入った。見渡す景色はすべて雪に埋もれていた。一日のはて、夕日がさして雪の山をかがやかす。匂宮は浮舟を案じて越えてきた山道の危なかったことなども語って歌を詠みかわす。
峰の雪みぎはのこほりふみわけて君にぞまどふ道はまどはず 匂宮
返し
ふりみだれみぎはにこほる雪よりも中空にてぞわれは消(け)ぬべき 浮舟
ここでも二人の思いは行きちがっている。匂宮は、「峰の雪や水ぎわの氷を踏み分けて、思いなやみつつやってきた私はあなたにこれほどまでに思い迷うている。だから道だけは雪にも迷うことなく、まっすぐに来たのですよ」といっているが、浮舟の方は、「あなたが迷わずやって来たと仰しゃる水ぎわに氷る雪の道、でもわたしは、その氷雪よりもはかなく、雪の降り乱れる中空(なかぞら:どちらともきまらないさま)に、中途半端のまま消えてしまいそうです」といっている。
匂宮はこの歌の「中空」という言葉にこだわって、浮舟が二人への愛に悩む苦しみよりも、自分との恋愛の中途半端さを気にしていると思い、思いのままに行動できない立場への焦燥が増した。
匂宮は何日かこうして浮舟と過し帰京した。京からはすぐに手紙が届く。
ながめやるそなたの雪も見えぬまで空さへくるる頃のわびしさ 匂宮
浮舟は薫の人柄を比類なく思いながら、しだいに匂宮の情熱にひかれてゆく自分に気がつきはじめる。そうするうち、ある時、薫の使者と匂宮の使者が浮舟のもとで鉢合わせするという不都合があり、薫は匂宮と浮舟の関係を知ってしまう。
薫は浮舟の心がすでに自分から離れたか否かを知ろうとして一首の歌を送ってみた。
波こゆるころともしらず末の松待つらむとのみ思ひけるかな 薫
手紙には「人に笑はせ給ふな」とのみ書かれていた。痛烈な、はじめての矢であった。歌のことばにある「末の松山」は度々引用される「古今集」の東歌、「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」の内容を凝縮した通用誤である。
ここでは、「あなたが私を忘れて他の人を通わせていらっしゃるとは少しも知らず、私を待っていてくださるとばかり思っていました」といっている。このあと薫は所領でもある宇治一帯の警備を厳重にして、匂宮を浮舟に近づけないように手配した。
6-4 浮舟をめぐる匂宮と薫 宇治十帖 (源氏物語)につづく
参考 馬場あき子氏著作
「日本の恋の歌 ~恋する黒髪~」