投資家の目線

投資家の目線767(「マネーの魔術史」と休業補償)

 『マネーの魔術史 支配者はなぜ「金融緩和」に魅せられるのか』(野口悠紀雄著 新潮選書 新潮社)には、マネーの増減が社会にどのような影響を与えたかが記されている。16世紀前半の欧州の物価上昇は、新大陸のスペインの植民地からもたらされた銀で欧州の貨幣量が増加したためとされている。紙切れ通貨だけでなく、貴金属という価値のあるもので作られた通貨の増加でも通貨の相対的な価値が低下し、インフレを引き起こすことがわかる。

 「バブル」の語源となる事件を引き起こすイギリスの南海会社や、ジョン・ローの設立したフランスのミシシッピ会社は、政府債務の肩代わりのために設立されたという。両社とも国債を株式に交換するのだが、ミシシッピ会社は株式配当をローが設立した銀行の紙幣で支払った。ローの銀行が発行する銀行券は後に租税の支払いに使える法貨となったため、中央銀行と同様の権限が与えられたと捉えられている。それで紙幣の発行量は増加した。両社とも破たんし、関係者の責任が追及され、イギリスでは先物やオプションなどが禁止され、金融市場の発達が遅れた。フランスはインフレが発生し、財政危機は残ったが、イギリスは紙幣の大量発行はなくインフレにはならなかったという。

 フランス革命後、国民議会は土地などを担保としたアッシニアという証券を発行したが信用力はなかった。一方、第一次大戦後のドイツは土地を担保としたレンテンマルクを発行してインフレを鎮静化させたが、このような手法は、必ずしも成功するわけではないことがわかる。

 また、ロシア革命後のソビエト連邦では紙幣の発行残高は増えてハイパーインフレが発生した。人々は紙幣を信用しなくなり、物々交換、果ては自給経済になったという。

 今回の新型コロナウィルス感染拡大を防ぐために、生活必需品に関するもの以外の事業活動を自粛させたいのなら休業補償は必要だろう。活動を自粛して自身の食・住に支障をきたすようなことがあれば、生命維持のために事業活動を継続するだろう。また、休業期間中のコスト負担を嫌って、廃業を選択する事業者が大量発生すれば、地域社会への影響も大きい。さらに、失業でホームレス化する人が増えれば、町の衛生状態も悪化し、地域医療体制はますます厳しいものになるだろう。

 休業補償や住居対策に行政が資金提供をすることは必要だ。しかし江戸時代の飢饉のときに、対策費用捻出のために八戸藩や熊本藩で発行された銀札は信用がなくすぐに価値を失った(投資家の目線504(藩札にみる金融政策) 2015/2/22)。資金提供を行っても、肝心の通貨が信用を失っては何にもならない。反グローバリズムの広がりは輸出による外貨獲得を難しくし、自国通貨価値の安定にも大変な努力が必要になるだろう。

 民主党政権は、事業仕分けのようなパフォーマンスには威力を発揮したが、土地改良事業(追記:土地改良事業費削減は成功例、再開された八ッ場ダム建設中止は失敗例)のような本質的な部分への切込みは、既得権者の抵抗が大きいのか、今一つできていなかったように思う。『関西電力「反原発町長」暗殺指令』(齊藤真著 宝島社)に出てくる「クラゲ退治」のカラクリのように、疑問の残る補助金の出し方もあった。国土の不均衡の是正として地方に資金提供を行うことは理解できるが、その手法が効果的かは疑問が残る。まあ、地域のボスに資金提供することで、そのカネをボスが差配して地域を治めるのが今までの「日本流のやり方」だったのかもしれないが…。少なくとも今期は休業補償など新型コロナウィルス感染防止対策に予算を集中し、先送りできるものは来期以降に執行することはできないのだろうか?抵抗は大きいだろうが、外出自粛などで事実上執行できない事業もあるのではないかと思うが…。
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