財部剣人の館『マーメイド クロニクルズ』「第一部」幻冬舎より出版中!「第二部」朝日出版社より刊行!

(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第1章−8 ナオミが旅立つ時

2019-06-28 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 ナオミの目から涙が出そうになった時、トーミの思念が伝わってきた。
(涙はこれからのためにとっておくがよい。人間界にいけばつらいことはいくらもある。これはお前の運命じゃ。すべての別れは、あらたな出会いのため。儂がいつも言ってきたことを覚えておるのう。お前は、これからさまざまな災厄に出会う。だが、お前がどこへいっても教え導くものと助けてくれるものには困らないようにしておいてやろう。儂からの、せめてものはなむけじゃ)
 トーミは、彼女自身が祖母から贈られた真珠のネックレスをナオミの首にかけた。この時、トーミがゲームにハンディはつきものと独り言を発したのに気づいたものはいなかった。
(お名残惜しゅうございます)
(儂の寿命も、つきようとしている。あるいは、プルートゥ様のお許しがいただければ人間界で霊として会えるやも知れぬ)
(おばばよ、ナオミに例のものをあたえよ)その時、ネプチュヌスの思念が伝わってきた。
 トーミはうなずくと、ナオミの手に黄色い薬のカプセルを乗せた。
(これを飲めばお前は赤ん坊になる。さすれば人間の一生を体験できる。人の一生は短いようでも長い。少しずつ学んでいくのじゃ。精神は肉体の影響を受けるもの。マーメイドの心もなくなるわけではないが、舞台裏に引っ込んだようになる。お前の力は仲間たちとことをなす時まで封印される。よいか、人が住む世界はかりそめ、神の住む意識界こそ真の世界なのを忘れるでないぞ。孫よ、達者でな。ネプチュヌス様のご加護がありますように)
 ゼブラハコフグは相変わらず人をくった顔をし、ヒョウモンニザイウオは真っ赤な身体を動かし、クマサカフグはふくらんだあごを揺すり、ハナミノカサゴは飛び跳ね回り、ロックビューティーは色鮮やかな身体に光を反射し、ニシノオオカミウオは凶暴な顔をゆがめて、ホンフサアンコウはいつもより難しい顔をした。
 北の魚も南の魚も、浅瀬に住む魚も深海魚も、魚という魚がネプチュヌスの宮殿に住んでいた。すべての魚たちがナオミとの別れを惜しみ踊り回った。
 ナオミが黄色いカプセルを飲み干すと、周りの風景がぐるぐる回りだしてすっと意識が遠のいた。
 ナオミよ、達者でな。運命は従うものにあらず、切り開くものと心得よ、というネプチュヌスの思念が伝わってきたような気がした。

   

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第一部 第1章−7 老マーメイド、トーミ

2019-06-21 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 ナオミは、はっと我に返った。
 躾にきびしいアフロンディーヌから、もしもかわれるものなら代わってあげたいけれど、と思念が伝わってきた。
 いいえ、お姉さま、わたしは望んでいくのよ、と思念を返す。
 アレギザンダー、ジュリア、サラからも、達者でね、でも今までのようなわがままではいけないよ、と思念が伝わってくる。
 仲良しの「唄い誘うもの」セイレーンたちの送別の唄声が聞こえてきた。
 いつも聞くものの心を揺さぶるカイヨ、エイミ、ショウヨの三姉妹の唄が今夜はとびきり強く訴えかけてくる。こんな日に海を渡る船は運が悪いなどと自分の行く末よりも船乗りたちを思いやるナオミだった。
 一番後ろでトーミが、しわだらけの顔に笑みを浮かべた。
 最高神たちさえ一目置く齢数千年のマーメイドと対峙して、とうとうこの日が来たという思いが沸き上がってきた。
 仕事に追われて忙しい父と幼い時に亡くなった母にかわりナオミを育てたのはトーミであった。外界のことを教えてとせがむと、最初はしぶってもいつも最後はしかたがないという風に知っていることを教えてくれた。
 豪華客船で夜毎繰り広げられる舞踏会、海辺の神々を祭った数々の建造物、季節の祭の数々、けっして見つかってはいけないという漁師たちなどの話にナオミは胸を踊らせたものだった。
 かつて「うらなうもの」であったトーミは、きまって最後にこうつけ加えた。(かわいそうな娘だよ。お前は、いつか人間界に出ていく星の下に生まれついている。だけど、どこへいってもやっかいごとに引き寄せられていく)
 それを不安に思うより、まだ見ぬ人間界に夢を膨らませるナオミだった。
 人間界に出ていく覚悟はとうに出来ていたはずだった。しかし、祖母との別れのつらさがナオミにのしかかってきていた。
 トーミの弱々しい思念が伝わってきた。
(天界、海神界、冥界の最高神様が、一同に会すのを死ぬ前にまた見られるとは、ましてや、それがかわいい孫のためとは儂は幸せ者じゃ)
 マーライオンやマーメイドの寿命は、人とは比較にならないほど長い。
 それでも、神々にくらべれば寿命は限られておりトーミにも黄昏の時がせまってきていた。
(おばあ様・・・・・・)

  

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第一部 第1章−6 シンガパウムの別れの言葉

2019-06-17 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

(ナオミよ、相手と対峙してまずなすべきは?)
(闘気をまとうことでございましょうか)
(その通りじゃ。闘気さえまとえば、海中では今のお主ならまず百戦百勝。人間界でも「呼び水」さえあれば、ほとんどの相手と互角以上に戦えるはず。やっかいなのは精神界での闘いだが、現在のところネプチュヌス様とプルートゥ様の関係は良好であらせられる)
(では、いったい何がご心配で?)
 しばしの沈黙の後、シンガパウムが伝える。
(お主には人間界に行った姉が一人。おばば様によればお主もいつか人間界に行くさだめ。そこには、さまざまなものがいる)
(それは、いかなるもので?)
(殺気をはらむものじゃ)
(殺気とは?)
(殺気をはらめば、身は狂気にゆだねられ破滅そのものが目的となる。自分自身の破滅さえも。最後には、相手の殲滅を望む感情に身をまかし暗黒界に己が魂をつなぐ。暗黒界のエネルギーは魂に食らいつく。そして、いったん食らいつけば離れることはない)
(何のために、それほどの危険を侵して殺気をはらむのでしょうか? 魂を失えば、すべてが失われたも同然)
(愚か者には目先しか見えず敵さえ倒せれば後はどうでもよくなる。あくなき欲求にとらわれた人間たちは、プロメテウスが太陽から火を盗んだように、自然から力を盗みエネルギーを生み出し敵対するものの破壊に専心しておる)
(まさにおそろしきこと)
(その通りじゃ。殺気をまとったものはまことにおそろしい。闘気をまとった闘いなら勝っても負けても得るものがある。しかし、殺気をはらんだものとの闘いは勝っても負けても何かを失う)
(人間たちとは、それほどに邪悪なので?)
(邪悪なのではない)
(邪悪ではないと?)
(人間とは、本来が矛盾した存在。内に対立をはらんだ存在じゃ)
(わかりませぬ。矛盾とは? 対立とは?)
(神々には、そのような心の動きはない。神にあるのは、人間に言わせれば、たわむれ、気まぐれ、愛、そして、怒り・・・・・・)
(神々と人間たちの違いが、わかりませぬが)
(このように考えて見よ。人類の心の内には天使と悪魔が住んでいる。天使は正しき面の象徴、悪魔は暗黒面の象徴。だが悪魔はたぶらかすために美しい顔をしている。それゆえに悪魔は心弱き人間には魅力的に映る)
(それほど美しいなら悪魔にも会ってみたいものですが・・・・・・)
(生意気を申すのも今の内じゃ。好むと好まざるとにかかわらず、人間界にいけばお主も天使と悪魔に会う。時には、自らの心に両方を抱え込むことになる)
(わたくしが・・・・・・ですか?)
(両者は主導権を握ろうとせめぎ合いをしておる。人間とは幸せになればなるほど不幸を意識する。健康になればなるほど病を恐れ、富めば富むほど貧しさにとらわれ、賢くなればなるほど愚かになる。信じ深いものほど疑り深く、大胆なものほど臆病。人間とは弱き魂を肉体という入れ物につつんだ存在。たやすく心の陥穽に落ち込み暗黒世界への扉を開く。あやつらは、死の神トッド、悩みの神レイデン、戦いの神カンフ、責任の神シュルドから生涯逃れられぬ。内なる神をみずから殺し、その偶像を崇拝する愚かな存在。他の生物と共に生きる道を探ろうとしない限り、死滅する運命。そのような世界には出来ることなら行かせたくはないものじゃが・・・・・・)
 くすっとナオミが笑うとシンガパウムがむっとした。
(何がおかしい?)
(シンガパウム様がこうしたお話をされるのは、初めてなので)
(・・・・・・をからかうものではないわ)
 その後は、まるで思念を交わしすぎたと恥じるかのようにシンガパウムは寡黙な武人にもどってしまった。あの日、シンガパウムは自らを「父」と伝えたのか、「師」と伝えたのか、今のナオミには思い出すことが出来ない。
 逆らえないと知りながらシンガパウムも彼なりに娘の旅立ちを心配していた。
「旅するもの」ナオミの冒険は、二人が思うよりも近くに迫っていた。
 
   

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第一部 第1章−5 父と娘

2019-06-14 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 シンガパウムは、元々が公爵家の跡取りだった。
 高位の巫女だったユーカと結婚した際に、文武に秀でたマーライオンとして親衛隊長に抜擢された。そのためナオミは幼少時、職務にかかりきりの父にかまってもらった記憶がない。
 だが、長じてナオミがたぐいまれな武の才を示すようになると、たまに稽古をつけてくれるようになった。稽古中、娘が父を「父」と呼ぶことはなく、父が娘を「娘」と呼ぶこともなかった。そのため、生まれて初めて親子のコミュニケーションが取れたナオミには稽古が待ち遠しいものになった。
 稽古は、常に波のリズムきらめくアクエリアムで行われた。
 そこに、のぞくものとのぞかれるものを分け隔てるガラスはなかった。展示されていたのは、珊瑚礁のこん棒、潮流によって流れ着いた古今東西の名刀、マーメイド一族に伝わる魔力を持った真珠貝など、人間界と海神界から集められた武具の数々だった。
 親衛隊には、海の怪物クラーケンや狩人オリオン、海主の末っ子トリトン、川の龍神アルペイオスなど、そうそうたる顔ぶれが揃っていた。すべて入れれば、数百にも上るメンバーがいたであろう。
 東門を守る「せき止めるもの」アルペイオスは、韋駄天で人間界の河という河を回り情報を集めていた。そそっかしくドジを踏んではネプチュヌスに苦笑されたが、仕事の熱心さには疑問をはさむ余地がなかった。だが、すさまじいペースで進む汚染にいつも浮かない顔をしていた。
 西門を守る「ひそむもの」クラーケンは巨大な海坊主で、いったん暴れ出せば互角に戦えるのは、海神界広しといえどシンガパウムくらいのもの。怪異な容貌で無口を絵に描いたような宮殿の番人。従う部下もなく巨大な体躯を孤独に海の底に深く沈めている。
 南門を守る「狩るもの」オリオンは、海神界きっての美丈夫であこがれる娘は多かったが自信家過ぎてナオミは好きではなかった。
 北門を守る「助くるもの」王子トリトンの方がずっとステキだった。遠くを見るような瞳でいったい何を考えているのか? いったん剣を振るえば、流れる大河さえも切り裂かれたことを忘れて流れ続ける達人。気品、威厳、高潔。そうした言葉が似合う神だった。
 ナオミは、神々からはかわいがられた。
 だが、父シンガパウムのナオミへの稽古は厳しいという表現が控えめに聞こえるほどだった。海神界に伝わる武術の数々を身体に叩き込もうと、毎日毎夜、激しい訓練が繰り返された。
 シンガパウムが闘気をまとうと、たちまち海水が沸き立ち二メートルほどの身体が十メートルを超える鬼神のように感じられた。ナオミは海中にもかかわらず冷や汗を流すのが常だった。シンガパウムのするどい爪は、ナオミにようしゃなく打ち込こまれ、蹴りはしばらく起きあがれないほどの痛みだった。
殺される。
 そう思った時、いつもどこからか思念が伝わってきた。
(恐れるな! 今のお主は恐怖の虜じゃ。恐れがお主を支配しているようでは勝機などない。鬼神が恐ろしいなら自ら鬼神となることじゃ。さすれば、鬼神を恐れる必要はなくなる)
 気がつけば、思念は目の前の鬼神から発せられていた。
 心の中で返事をすると、ナオミは虹色に輝くパールの鎧を身にまとった姿をイメージした。内側から闘志が湧いてきてシンガパウムに飛びかかっていった。
 ある時、シンガパウムがめずらしく講釈を垂れた。

   

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第一部 第1章−4 末娘ナオミ

2019-06-10 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

(一同のもの、面をあげよ。ナオミ、ひさかたぶりよ)
 ネプチュヌスはナオミを見て、いとおしげな表情を浮かべた。
だが、思念はあくまで威厳に満ちている。
 ナオミの栗色の巻き毛がゆらゆらと海中にそよいでいる。茶色の両眼はきっと見開かれており、小作り だが引き締まった唇が意志の強さを示す。
 幼少時には、ネプチュヌスのお気に入りとして膝の上で遊んだ彼女も、今では一人前の美しいマーメイドに成長していた。久々にネプチュヌスに会って安心したナオミが顔を上げる。
(おひさしゅうございます、ネプチュヌス様)
(今宵は折り入って頼みがある。人間界に行ってくれぬか?)
 シンガパウムは心の内を顔に出さず、ただナオミを見つめる。ネプチュヌスの両隣ではユピテルとプルートゥがナオミの返答を待っている。
(人間界に・・・・・・でございますか? わたくしごときでお役に立てますれば、よろこんで)
 ナオミがゆっくりと、だがはっきり了解の思念を送り返した。
(お主には過去に戻り女神ガイアをすくうため力を尽くしてもらいたい。ガイアを救えるものを捜して手助けをせよ。このままでは、この時空間は早晩破滅する運命にある。驚くことはない。これも、我ら最高神の力がたりなかったせいじゃ。お主に頼みたいのは時空間を越えて人間界に行き歴史を書き換えることじゃ。神導書アポロノミカンを捜すのじゃ)
(アポロノミカン・・・・・・)
 ナオミは息を呑んだ。
 まさか現存しているとは! 神々でさえ目の当たりにしたものはほとんどいない伝説の神導書。
(あれが人の手に入ったことが、すべての発端だったのじゃ。だが手に入れたのは、よこしまなものだった。アポロノミカンは、その真の価値を知るものに与えられなければいけなかった)
(そのものを捜し出すのも、わたくしの使命だと?)
(その通りじゃ。まだその時でないと思えば、お主自身の手でアポロノミカンは始末せよ。そのためにマーメイドの目で見てマーメイドの耳で聞き、マーメイドの頭で考えよ。一度行けば、我が宮殿に戻ることは二度とかなわぬ片道旅行。時果つるまで人間界を旅することになるやも知れぬ。それでも行ってくれるか?)
(仰せのままに)
(そうか、お主が我が城で仕えた日々は忘れぬぞ。もはや時間がない。家族のものとも今生の別れとなろう。最後の思念を交わすがよい)ネプチュヌスが、波打ち際に寄せるさざ波の思念を送った。
 ナオミが振り向くと、一族の顔が目に入った。
 シンガパウムは武人らしく、ネプチュヌス様のご期待を裏切らぬようにと短い思念を送っただけだった。
 先日のらしくない話は今日のためだったかとナオミには思い当たるものがあった。

     

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第一部 第1章−3 シンガパウムの娘たち

2019-06-07 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 誤算もあったが二人の最高神の同意を得られて、ネプチュヌスは安堵する。
 彼自身もだが、永き時を生きねばならぬ神々の最大の敵は倦怠である。
 ネプチュヌスも若かった頃は、力に満ちあふれさまざまないたずらや遊びをしたものだった。
 緑の衣に身をまとい真珠の王冠をかぶり七つの海を駆けめぐり、陸や空の覇権を争った頃からすると、自分も丸くなったものだと思う。
 神々と言っても年を取れば短気にも頑固にもなる。ゲームを持ち出して二人の倦怠につけこんだようでネプチュヌスは気がとがめた。
 だが、第二次神界大戦だけは起こしてはならぬと決めていた。
 人間たちの扱いをめぐっての第一次神界大戦時では、人間たちの救済を主張するユピテルと人類絶滅を望むプルートゥの立場が逆であった。あの時はユピテル・ギデオンの雷が四次元空間に降り注ぎ、プルートゥ・ギデオンの業火が百日間にわたり吹き荒れた。その影響は人類の住む三次元空間にまでおよび、結果として九十九万年続く氷河期が引き起こされた。しかも、第一次神界大戦によって結界がゆるんだ結果として、魔界の波動が入り込み四次元空間の住民たちに多大な被害がもたらされた。
 ユピテルとプルートゥを必死に仲裁した後に、「揺るがすもの」ネプチュヌスが海底火山を活発化させてようやく地球を居住可能に戻したのである。
 ナオミの未来に待つ運命に思いをはせるとネプチュヌスの胸が痛んだ。
 しかし、彼らの考えが変わらぬうちにとシンガパウムの一族を呼び寄せる。
 「忠義をつくすもの」でマーライオンの勇者シンガパウムと、「うらなうもの」でとびきりの英知に恵まれた マーメイドのユーカの娘たちを神々の中で知らぬものはいなかった。
 第一次神界大戦で魔界からの波動攻撃によって命のほむらを散らしながらも神界を勝利に導いたユーカは伝説の巫女であった。最高神たちを前にシンガパウムは、いつもの全体の焦げ茶色に部分的に青のまざった珊瑚礁のよろいに身を包んでいる。
 長女アフロンディーヌは祖母や母の後を次いで最高位の巫女の地位にある。今日もコバルトブルーのショールで顔を隠し表情をのぞかせない。その美しさは天界や冥界まで知れ渡っており、これまでに求婚した神々は数知れず。だが、一生を巫女として過ごすと決めており、求愛した神々は己の運命を呪うことになった。
 天主ユピテルの玄孫ムーに嫁いだ次女アレギザンダーはセイレーン三姉妹にもおとらない美しい歌声を持ったマーメイド。今日は夕焼け色の鮮やかな衣装に身を包んでいる。海主ネプチュヌスの玄孫レムリアに嫁いだ三女ジュリアは気象をあやつり、シンガパウムと共にマーメイドながらネプチュヌスの親衛隊員だった。闇夜の漆黒の海と同色の戦闘服が一人異彩を放つ。
 冥主プルートゥの玄孫アトランチスに嫁いだ四女サラはやさしい性格だった。白波の美しさそのままの純白のドレスがよく似合う。
 姉妹のうち、五女ノーマだけがこれまで人間界に行き不幸な晩年を送った。
 末娘ナオミはシンガパウムの血を最も色濃く引いており、戦いならマーライオンにもひけを取らない。真珠でできた戦闘服は鮮やかな七色に反射して目立ちたがり屋の面目躍如だった。
 大広間ではユピテルが右、ネプチュヌスが中央、プルートゥが左の龍の飾りのついた椅子に座る。中央に呼び出されたナオミの後ろには、親衛隊長シンガパウム、巫女アフロンディーヌ、祖母トーミが朝焼けの光をはらんだ豪奢な色のドレスを着てひざまずいていた。他の姉たちも、呼びつけられていた。
 めったにお目通りさえかなわぬ最高神たちの前で、ナオミは緊張の色を隠せない。
 天界、海神界、冥界の支配者たちが揃って一介のマーメイドに過ぎぬ自分にいったい何の用か、ナオミには見当がつかなかった。
 あるいは、もしやとひとつの可能性に思い当たった時、ネプチュヌスが思念を発した。

     

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第一部 第1章−2 ゲームの始まり

2019-06-03 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

(どうじゃ。いっそのこと、ゲームで決めてみては?)意を決したネプチュヌスが伝えた。
(ゲーム?)
ユピテルとプルートゥが、同時に振り向いた。
(プルートゥが言うとおり、このままいけば人間たちは自らが作り出した「科学」という名の魔術にしっぺ返しを受けることは必定。しかし、あやつらの歴史のところどころに現れる者はまんざら捨てたものではない。そうした者たちを助けてガイアを救う試みをさせるのじゃ。それに失敗してからでもユピテルの言うやり直しは遅くない)
(人間たちが驕りによって滅ぶのなら自業自得じゃが、自らの努力でガイアを救おうとするならばそれを助けるも一興)
 プルートゥはネプチュヌスの案が気に入ったようだった。しかし、何かをたくらんでいるようなあやしい光が眼に宿る。
(ガイアを救うとかんたんに言うがどうやって? いまさら人間たちに愛を慈しむことを教えるのか。適任者がおると言うのか?)ユピテルが思念を送った。
(おる)ネプチュヌスが静かに、しかし力強く答えた。
(それは誰じゃ?)ユピテルが問う。
(我が親衛隊長シンガパウム公爵の第六女ナオミじゃ)
 天界と冥界の最高神が、なるほど、シンガパウムの末娘がおったか、とうなずく。
(だが、人間たちを救おうとするだけでは不公平というものではないか。マーメイドが救う側に加担するなら、破滅させる側にも手を貸さなければおかしいと思うが)タイミングを計っていたプルートゥが思念を発した。
 今の今まで不干渉を提案していたプルートゥが考えを変えたからといって驚くにはあたらない。プルートゥは「裁くもの」で、公正さが彼にとっての最優先事項。見栄にこだわり最初の立場に固執したりなどはしない。しかし、それも人間たちには、神々の気まぐれにしか見えないかもしれないが。
(不公平か・・・・・・たしかに)
 ここにいたってユピテルも提案に引き込まれ始めている。
(そこでじゃ。ガイアを救おうとするマーメイドはネプチュヌスの支援を得る。そして、ガイアを滅ぼそうとする人間たちは、儂の支援を得るのではどうじゃ)プルートゥが思念を送った。
(待て、儂はどうなる? ただの傍観者か?)仲間はずれにされそうになった子供のように、あわててユピテルが思念を送る。
(お主はマーメイドの小娘を助けるがよいわ。すでに人間たちは圧倒的に不利な状況にある。それでこそ、ふさわしいハンディではないか?)プルートゥが思念を発した。
(よかろう。人間たちの運命はあやつら自身に決めさせることとする。ゲームセットはガイアの生死がはっきりするまで。ガイアが意識を取り戻してこの惑星に未来が取り戻されるのならマーメイドの勝ち、ガイアが崩御されればマーメイドの負けじゃ。その時、すべてはカオスに戻る)ユピテルが宣言する。
 さすが最高神たちの中でも最も高位の神だけあって一度決めればユピテルの切り替えは早い。

     

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