「叔母メデューサは、醜くなった姿を見られるくらいなら、死んだ方がマシだと自分自身で石になるための鏡を肌身離さず持っていたくらいなのだ。さあ、奴らの罪を数えろ、スカル仮面! 自らの野心のために何の力もない老婆三人を脅迫して、罪のないメデューサを自らの勝手な理屈で殺したペスセウス。もてあそんだ恋人を救おうともせず、見殺しにしたネプチュヌス。自分たちの気まぐれで罪を与えたのみならず、共犯に手を染めた他の神々。死者を悼むどころか、自らの武器として恥ずかしくもなくメデューサの顔を矛にはめ込み悦に入っていた軍神アテネ。自らの猜疑心の虜となってメデューサを殺しておいて、勝手におそろしい化け物として語り継いだものたち。さあ、誰が一番罪深いか、数えてみろ!
だが、呪いは叔母メデューサの死によっても終わらなかったのだ。ゴルゴン一族は、皆美しい姿で生まれ落ちてくる。我が父と母も、誕生時には美しかった頃のメデューサそっくりの我を見て、ほっと胸をなで下ろした。本当の呪いは我が愛を知るころになって、再び戻ってきた。妖艶な美しさを持っていたため我は、神々、墮天使、さらに人間まで愛を捧げるものにはことかかなかった。だが、呪われた身の上を知ると、すべての男が離れて行った。愛を一度は得ながら、捨てられる。それだけでも、堪え難き苦痛なのに・・・・・・怒りに我を忘れた瞬間、青銅の顔にイノシシの牙を見せ、髪のすべてが蛇になり、口からは長い舌が垂れ下がる姿に変身してしまう。その姿を見たものは、血も凍る恐怖によって石に変わってしまう。愛しているがゆえの怒りに囚われた時、相手を物言わぬ石に変えてしまうつらさがお前にわかるのか? それからだ。もう誰も愛さぬと決めたのは。それでも、魔神スネール様はそんな我にやさしくしてくれた」
「話は、それだけか?」
「はあっ?」
「話は、それだけかと訊いているのだ。お前など、俺から見ればまだまだよ。少なくとも愛の喜びを知っているのではないか? 別離の悲しみに苦しんだことがあるのではないか? 愛するものを失った苦しみを経験したことがあるのではないか? 自慢ではないが、この俺は愛がなんなのか一切わからない。生まれてから、誰を愛したこともなければ、愛されたこともなかったからな。一度は死ぬというセリフが気に入らないだと? よくも言えたものだ。愛を知らずに、闘いだけの一生を生きることのどこが気に入らない? スカルラーベ様が、本当にお前が不死身かどうか試してやろう。滅多に見せない秘技でな」
ランキングに参加中です。クリックして応援よろしくお願いします!
にほんブログ村
「何か気にさわったか? 敵を倒すために、醜い顔になる。だが、勝利とはつねに何かと引き替えではないのか」
「わかったようなことを・・・・・・気に入らなかったのは、醜いうんぬんというセリフではない。どうせ生まれついたからには、どこかでいつか死ぬのが定めという貴様が軽々しく言ったセリフの方じゃ。冥土の土産に言って聞かせてやろう。おっと、貴様は元々冥土から来た存在。死ねばどこに行くのは、死んだ後に貴様の魂に聞くとするか。よいか、あまり知られていないことだが、我が母エウリュアレと叔母ステンノは、メデューサが首をはねられて軍神アテナの盾にはめ込まれてから、美しい堕天使として降臨を許されたのだ。ふん、神々にも多少は、やましい気持ちがあったと見える。そして母は、闘いの神カンフと契りを結び我が生まれた。だが、母と伯母たちにかけられた愛の呪いは、我が身に受け継がれたのじゃ」
「愛の呪いだと!?」
「我が問題にしたいのは、いったい神界の連中は自分の罪を数えたことがあるのかということだ」
「自分の罪を数える?」
「そんなことも知らないのか、骸骨顔のくせに? 話を戻すぞ。叔母メデューサは、美しいブルーネットの髪で知られていた。そのために、海主ネプチュヌスの寵愛を受けた。しかし、白馬に姿を変えた海主と神殿で交わっている時、海主の妻アンピトリテの怒りを買って醜い姿に変えられてしまった。逆恨みに抗議した二人の姉妹エウリュアレとステンノも、同じく醜い姿にされてしまった。さらに、忌まわしいのは醜い姿に変えられた三人を見たものは、すべて石に変わってしまうことだった。だが、ポリデスク王に結婚祝いにメデューサの首を持ってくると約束した脳天気なペルセウスは、メデューサは存在自体が悪だとか勝手な理屈をつけて伯母を殺しに来た。それなら、なぜメデューサだけを狙って、エウリュアレやステンノには近づかなかったのだ? 言うまでもない。二人が不死身で勝ち目がないために、三姉妹の中で唯一殺すことが可能だったメデューサだけを英雄になるために犠牲にしたのだ。ペルセウスの罪は、それだけでない。唯一三姉妹の行方を知る、一つ目と一つの歯を三人共同で使っていた遠縁の老婆たちグライアイを、居場所を言わねば彼女たちの目と歯を奪うと脅して行き先を聞き出したのだ。心優しいメデューサ、エウリュアレ、ステンノの三姉妹は、犠牲者を出さぬように西方の死者の国ヘスペリス庭園の近くでひっそり暮らしていたのだぞ。誰も訪ねてこない場所で静かに暮らしていたメデューサを、わざわざ探し出し殺しておいて何が英雄だ!
さらに神々は、メデューサを殺すためにペルセウスに最大限の援助をした。ヘルメスは、青銅の鎌形刀、プルートゥのかぶると姿の見えなくなる兜、さらに切った首を入れる魔法の袋キビシスを与えた。スティクス川のニンフ達は、翼のあるサンダルを貸し出し、軍神アテネは、表面が鏡である青銅の盾を与えた。特に許せないのは、あの女だ。メデューサの首を誇らし気にはめ込み無敵の盾アイギスなどと、はずかしげもなくのたまう始末。なぜ神々がそんなことをしたと思う? 罪のない三姉妹を醜い姿にしたことに、やましい気持ちがあったことの裏返しだ。自分たちで、見たものすべてを石に変える呪いをかけておいて、いつの日か三姉妹が復讐に立ち上がるのではと疑心暗鬼になったのだ。だが、そんなことが起こるはずはなかった。メデューサは、醜い姿になってから連絡をしてこなくなった薄情なネプチュヌスを思って泣き暮らしていたからだ」
ランキングに参加中です。クリックして応援よろしくお願いします!
にほんブログ村
いっぺんに数十匹の毒蛇が、スカルラーベに襲いかかった。普通なら、相手がもだえ苦しむのを見ながら勝利の舞を踊るライムであったが、ドクロでできた鎧に阻まれて蛇の鋭い牙もまったく歯が立たない。
「なんだ、それは? 蚊にさされたほどにも感じぬぞ。それでは、こちらからも行かせてもらうとするか」
ブーーン!
ものすごい音を立てて、冥界一の切れ味を持つ大鎌がライムの首をとばした。
口ほどにもない。あっさり勝負アリか。
そう思った瞬間、スカルラーベは、鎌に目を閉じたライムの生首が乗っかっているのに気づいた。鎌の上に乗ったライムの首の眼が開いて、ニッコリ微笑んだ。「口ほどにもない。これで勝負アリとお思いか?」
スカルラーベの目の前でライムの髪から生み出された毒蛇たちが、スカルラーベの鎧の隙間から筋肉に向かってうねうねと動き出した。
だが、スカルラーベはまったく動じない。
ニヤリと笑うと、サラマンダーの女王ローラの息子としてのパイキネシスを使って、口からインフェルノを自らに吹きかけた。千、二千、三千、四千度、さらに炎は数千度を突破すると一万度にせまっていく。毒蛇たちは、冥界の業火によってボロボロになると下に落ちていった。インフェルノをはきおえると、スカルラーベはライムの首を身体の方に放り投げて乗せた。
「ストライクだな」
「一応、礼を言っておこう」
他の立ち会い人たちには、流れる虹の輝きのせいで何が起こっているのかよくわからなかったが、心眼ですべてを見ていたマクミラはあきれはてていた。
いったい何なの、この二人は。まったくノーガードの撃ち合いじゃないの。戦闘能力だけなら、たしかに冥界親衛隊将軍のスカルラーベ兄さんは神界でもダントツの強さだし、ライムも父が闘いの神カンフでおそろしく強いし、母がゴルゴン一族のエウリュアレで不死身だから負けようがないけれど。でも不思議。闘っている二人が楽しそうに見える・・・・・・
「まだ楽しませてあげたいけど、お主には敬意を表して我が秘技トータリー・アンエクスペクテッドで勝負をつけさせていただくとするか」
ライムは、怒りに身をまかせて変身すれば、青銅の顔にイノシシの牙を見せ、髪のすべてが蛇になり、口からは長い舌が垂れ下がる。その姿を見たものは、仲間でさえ血も凍る恐怖によって石に変わってしまう。だが、普段はネプチュヌスの愛人であった美しかった頃の叔母メデゥーサにうり二つの姿である。
「一度でも見たものを、すべて石に変えるゴルゴン一族の秘技か・・・・・・どうせ生まれついたからには、どこかでいつか死ぬのが定め。俺様に、その秘技が通じるかどうか、試してみるかよい。だが、その美しい顔が醜い恐怖の仮面になるとは哀れなことよ」
その瞬間、それまでの微笑みが消えて、ライムの顔色が真っ青になった。
「貴様、なんということを・・・・・・」
ランキングに参加中です。クリックして応援よろしくお願いします!
にほんブログ村
全員が、虹のうずまく部屋に入った。
あまりの光の流れのすさまじさに、何が目の前にあるのかわからない。これもアストロラーベの作戦で、光の渦でほとんど輪郭しかわからない状態であれば、蛇姫ライムの魔眼によって自陣営が石に変えられてしまう心配もない。
もともと盲目のマクミラは心眼ですべてを見切っていたが、どうにもアポロノミカンの予言が気になっていた。
すべてを燃やし尽くす蒼き炎が
すべてを覆い尽くす氷に変わり
猛々しき白骨が愛に包まれて石に変わり
冥界の神官が一人の人間の女に変わる時
巨大な合わせ鏡が割れて
太古の蛇がよみがえり
新たなる終わりが始まりを告げて
すべての神々のゲームのルールが変わる
ここまでは、予言通り。
さすが天才軍師だけあってアストロラーベの読みによって、最悪と思われた氷天使メギリヌとマーメイドのナオミの勝負は、こちらの勝利に終わった。だが、「猛々しき白骨が愛に包まれて石に変わり」が現実になるなら、スカルラーベは精神世界で石の彫刻となる運命ではないか?
しかし、一振りで千の魔物の首をはねとばす大鎌を背負って、はげ頭に筋骨隆々とした体躯をドクロでできた鎧につつむスカルラーベは、ひさびさに闘えると張り切っている。相手を待ちきれずに、中央に進み出る。
蛇姫ライムは、あやしげな微笑みを浮かべながら、中央に進み出る。
「まだパフォーマンス・フェスティヴァルは、終わっていなかった。第五幕は、月の光に映える灰銀色の海は、無慈悲な月の女神アルテミスの涙の刻だったな。太陽の化身たちを救うために、冥界から助っ人がやってくる。それでも、魔女陣営と太陽の化身陣営の力は甲乙つけがたく決着がつかない。フフフ、蛇の舞にて、続きをお見せしてしんぜよう」
ライムは、「遠くへ飛ぶ女」の母エウリュアレ譲りの青銅の腕と黄金の翼によって誰よりも速く飛ぶことができる。高く飛び上がると、空中で踊りを始めた。ベリーダンスでいうところのスネークアームが始まった。正面のスカルラーベ以外にはぼんやりとしか見えなかったが、狂おしいほど魅惑的な踊りだった。最初は、両手の二本のはずが、四本、八本、十六本、三十二本とアームの数が増えていった。
そんなバカな・・・・・・俺の目か、それとも頭がおかしくなったのか?
スカルラーベの目や頭が、おかしくなったのではなかった。蛇姫ライムが、自分の髪の毛をまるで分身のように左右に踊らせていたのだった。
「さあ、こちらから行かせてもらおう」
ランキングに参加中です。クリックして応援よろしくお願いします!
にほんブログ村
神獣同士にだけ通じるメッセージで、シンガパウムが何かをジュニペロスに伝えた。三番目の首の右目を傷つけられてぐったりしていた魔犬ジュニベロスがすっくと起き上がった。
向かってくる氷柱を砕き続けていたシンガパウムが、自分が乗っていた竜巻に沈み込んだ。同時に、向かってきた数本の氷柱が竜巻の中に吸い込まれた。
スキをつかれたメギリヌに、巨大な竜巻から、手に氷柱を持ったシンガパウムが飛び出した。グサリと二本の氷柱がメギリヌの羽の中央に突き刺さった。そのままメギリヌの裏に回ると、羽交い締めにして動きを封じる。
その時、ジュニベロスは、冥界でメギリヌに右目をつぶされた父ケルベロスがしたように、足下に落ちていた右目をガリガリと食べた。
アオーーン!
一泣きすると、ジャンプして動きの取れないメギリヌののど笛に食らいついた。
氷天使メギリヌには、流れる血潮はない。
だが、不思議なことに暗黒の邪気にあふれていたメギリヌの身体がだんだんと、純白に変わっていく。最初は身体、次に顔が、最後には変身前から真っ黒だった羽までが白くなっていった。
これこそケルベロス一族が、冥界の門番役を与えられている秘密であった。彼らは、三首の口から発する瘴気によって、神々でさえ意識を失わせて、牛よりも巨大な体躯と狼よりも鋭い牙によって噛みつき振り回し、冥界親衛隊の前に引き出す力がある。同時に、悪に染まりつつあるが、まだ正義の心が残ったものから悪の力を吸い取る力も持っている。そんなことをすれば普通なら、自分が命にもかかわる行為だが、ケルベロス一族は吸い取った悪のエネルギーを瘴気の源として体内に蓄積することができる。ケルベロスは、ユング精神分析学風に言えば、影の人格である「シャドウ」を体内に取り込んで悪を持って悪を制するペルソナであるのかも知れない。
長い時間が流れたようだったが、ジュニベロスがメギリヌののど笛に噛みついてから数分しか過ぎていなかった。
純白の美しい氷天使となったメギリヌが、がっくりと膝をついた。
ジュニベロスが、勝利の雄叫びを上げた。
アォーーン!
その時、タンタロス空間の冥界の門の前にいた父ケルベロスも、息子が父の復讐を果たして魔女に勝利したことを知った。
ガォーーン!
二匹の叫びは、冥界、天界、海神界のみならず、人間界のすべてにまで長く木霊した。
アストロラーベが、言った。
「どうやら勝敗がついたらしいな。約束通り、神導書アポロノミカンの所有権は移動しない。純粋な氷天使になったリギリヌのことは、気がついたら処分をシンガパウム殿にまかせることとしよう。さあ、皆、次の部屋に移動しよう。こちらは、さっき言ったようにスカルラーベ将軍を闘わせる。悪魔姫ドルガよ。そちらは、誰を闘わせるのだ?」
「『酔わすもの』蛇姫ライムがふさわしいであろう。ライムは闘いの神カンフの娘。冥界親衛隊将軍で「荒ぶるもの」スカルラーベの相手に、ふさわしかろう。ただし、ゴルゴン3姉妹で唯一殺すことが可能だったメデゥーサの姉で、不死身のエウリュアレの遠縁でライム自身も不死身。どうやって闘うか見物じゃ」
すでに異次元空間同士をつなぐミラージュの秘法が、残り時間が444分間となっていたことに気づいていたのは、マクミラだけだった。
もしもタイムリミットになってしまえば、何が起こるのか秘法をおこなっているアストロラーベ自身にもわからなかった。
ランキングに参加中です。クリックして応援よろしくお願いします!
にほんブログ村
「たしかに・・・・・・闘いにあたって道理を説くなどとは、柄にもないことをした。メギリヌよ、闘って敗れれば、我らが軍門に下る約束は忘れておらぬであろうな? 闘って雌雄を決する方が先であった」
「それでこそシンガパウム。そちらこそ、我が勝てばアポロノミカンをいただくことを忘れてはおらぬであろうな」
「言うまでもない」
ガオーーン!
シンガパウムが、咆哮を上げて伸び上がると、一気に身の丈が数メートルにもなったかのように感じた。
いきなり方向転換するとそびえ立つ巨大な氷柱に、一撃を加えた。
その一撃は、氷柱に固まりきっていない土壁かのようにめり込んでいった。バランスを保っていた氷柱が、メキメキ音を立てると倒れた。崩れた氷柱は、かき氷状になると、一気に轟音を立てて竜巻になった。
シンガパウムは振りかぶると、竜巻を別の氷柱に投げつけるしぐさをした。次の氷柱が崩れて、新しい竜巻が出来た。次々同じことを繰り返すと、メギリヌを囲んで数個の巨大な竜巻が出来た。それは水流を含んでおり、まるで渦巻きのようだった。シンガパウムが、その内のひとつに飛び乗った。
「準備はできたぞ」
「氷天使の能力とマーライオンの能力。どちらが上か、力比べと行こう」
シンガパウムは、息を吸い込むとオーケストラのコンダクターが指揮棒を振るように腕を動かした。次々、竜巻をメギリヌにぶつけていく。
メギリヌも、負けてはいない。本気の時しか使えない技コールド・ファイア。メギリヌがはばたきで「冷たい炎」を送ると、一瞬で竜巻が凍りつく。超高熱の白熱と逆に、白い炎はすべての熱を吸い込む墮天使の秘技。凍りついた竜巻は、コントロールされてシンガパウムに向かっていく。
シンガパウムは、右から来た氷柱を右手で砕くと、今度は左手で轟音を立てる竜巻をぶつける。左から氷柱が来ると、今度は右手でメギリヌに竜巻をぶつける。永遠にその繰り返しが続くか、と思われた。
だが、そうではなかった。コールド・ファイアによって、一瞬にして竜巻を凍りつかせられるメギリヌに対して、いちいち氷柱を砕くシンガパウムのダメージの方が大きかった。だんだんと爪が割れ、毛並みが乱れ、手にも傷が目立ち始めた。
「ククク、大言壮語した割には、そのざまは何じゃ。あと何度、我がコールド・ファイアにたえられるかな」
ガオーーン!
シンガパウムが、再び一声吠えた。
ランキングに参加中です。クリックして応援よろしくお願いします!
にほんブログ村
「我が父レイデンは、冥主プルートゥより人間を苦しませる役目を負っていた。不安、嫉妬、苦悩、悲しみ、ありとあらゆる苦しみを人間に与え続けた結果、だんだんと脳波共振現象によって、自分が人間に与えた苦しみに自分自身も苦しむようになっていった。そんな時。父は、日本と呼ばれる小さな島国の東北に立ち寄った際に、我が母である深雪に出会った。雪の精であった母の純白の姿は、いっさいのけがれを知らず、冷たいが内に熱い情熱を秘めていた。母は、苦しむ人間を見続けたために疲れ果ても、その責務から逃れることができない父に優しかった。やがて、母は我を身ごもった。しかし、母は産み落とす時に、我が持つ16枚の羽によって激しく傷つき、その命を失った。最初、母にうり二つだった我に父は愛情を注いでくれた。だが、だんだんと父の悩みの影響を受けて、羽の色が黒くなるにつれて父は我を憎むようになっていった。父は、我の中に最も自分自身が忌み嫌う暗い部分を見てしまった。我らは出会う度、激しく争うようになった。父の打ち下ろす黄金の鉄槌に対して、我は母の形見である白銀のステッキで抵抗した。その内、父の鉄槌はだんだんと我がステッキに取り込まれてなくなってしまい、我がステッキは今のように黄金になった。なぜか父は、我と争っている時うれしそうだった。我は、最初父が我を傷つけることがうれしいのだと思っていた。だが、本当の理由は、我と争っている時には、父は人間を苦しませずにすむことがうれしかったのじゃ。闘い疲れて我が動けなくなると、父はとどめを刺すでもなく、あきらめたような顔をして人間界に下りていった。そのために、人間界には幸福な時期がくれば、必ず次には父が人間界に下りていく不幸な時期がやってくる。だが、不幸な時期の後にも、また父が冥界にもどるために幸福な時期がやってくる。我は、それでもよかった。仕事にかかりきりでかまってくれないよりは、まるでカウンセリングのように我と闘うことで気分転換をはかって、父が元気になってくれることがうれしかった。しかし、そんな日々も長くは続かなかった。父はある日、父が抱え込んだ苦悩が転移して、我が体内に蓄積されていることに気づいてしまったのじゃ!
最初は、うっすら黒いだけだった16枚の羽がだんだんと暗黒空間とつながりかねないほど黒くなった時から、父は我との闘いをさけるようになった。我は、全身が真っ黒になって魔界に落ちても、それで父が救えるのならかまわなかった。父に捨てられたと思った我は荒れた。それまで、たとえ闘いの形であっても続いていた父との絆が切れてしまったためじゃ。気づいた時には、冥界親衛隊との闘いに敗れて、極寒地獄コキュートスに落とされていた」
だまって聞いていたシンガパウムが言った。
「メギリヌよ。人間界でも神界でも、善と悪の境界線をはっきり引くことなどはできないのだ。まだお前はやり直せる。私には、お前の中に正しい心を感じる。お主の母も父も、お主が暗黒の氷天使になることなどは望んでおらぬであろう。何のあたたかみもない、絶対零度の暗黒空間に落ちてしまえば、永久に心まで凍りついてしまうぞ。寒い冬が過ぎれば、暖かい春が来る。冬の時代に耐えることを学んでこそ、春をよろこんで迎えることができる。お主の父レイデンが人間に悩みを与えるのも、苦しみを乗り越えることで成長して、よろこびを得ることを学ばせるため。苦しませること自体が目的ではないのだ。たしかに人間は弱い。苦しみに押しつぶされそうになったり、乗り越えられない時もある。だが、そのために人間には家族や仲間がいるのだ」
「知ったようなことを・・・・・・」
「私も仕事にかかり切りになって、母を失ったナオミとの絆を失いかけた時期がある。もしかしたら、私の娘がお主のようになっていたかもしれないのだ」
「冥界や天界にまで知られた鬼神、シンガパウムとも思えぬ長広舌じゃな。昔話に花を咲かすとは、年を取ってもうろくしたか?」
ランキングに参加中です。クリックして応援よろしくお願いします!
にほんブログ村
「夢ではない。私だ。シンガパウムだ」
えっ・・・・・・ナオミの意識が、わずかに戻ってきた。
「ネプチュヌス様から一度だけ降臨するご許可をいただいたのだ。寝ている時ではないぞ。見よ。お主を救うため、血しぶきをあげたケネスは死にかけている。早く片をつけて、私が体内に戻らなければ・・・・・・」
えっ・・・・・・
ナオミの目が開いた。
「ここは精神世界なのだ。弱気になればつけ込まれる。落ち着いて考えれば、氷天使メギリヌといえども、絶対零度を使いこなすことなどできるものではない。お主は、足に突き刺さった黄金のステッキの冷たさと、氷天使の言葉によって魔術にかかっているだけなのだ。メギリヌは、悩みの神レイデンの娘。最大の能力は、相手を苦しめ悩ませて、闘いを有利に進めることだ。だが、マーメイドの血潮の流れをとめられるものなど、どこの世界にいるものか。さあ、自分を信じて立ち上がるがよい」
きびしくとも愛情にあふれた、父であり師でもあるシンガパウムの言葉を聞いてナオミに気力が戻ってきた。
そうだ。私の血潮が、凍りついたりするものか。
トクン・・・・・・
凍りつきかけたと思いこんでいた心の臓が、はっきりとした鼓動を打つのを感じた。夢から覚めたように、意識が急にはっきりした。全身が凍りつきつつあると思ったのは、大量出血によって弱気になっていただけだった。
ナオミは立ち上がると、思い切りステッキを引き抜く。
「返すぞ、メギリヌ!」ナオミが、勢いをつけてステッキを投げ返す。
だが、さすが氷天使、あっさりステッキを受け止める。
「目に焼き付けておけ」シンガパウムが言う。「お主に見せる最後の闘いじゃ」
ナオミに言葉をかけたシンガパウムを見て、急にメギリヌが不機嫌になった。純白の身体には似つかわしくない黒い羽が、大きく羽ばたくと、フッと身体が宙に浮いた。みるみるうちに目の下に陰ができて魔女の形相になったと思うと、羽だけでなく全身が真っ黒になった。
「冥界や天界にまで名声が響き渡った伝説の海神界の鬼神シンガパウム、相手にとって不足はない。さあ、暗黒氷天使に変化したぞ、来るがよい」
「いらだっておるのか?」
「誰がいらだっておる?」
「汝の父、悩みのレイデン殿とは、しばしば語らった仲なのだ。今の姿を見れば嘆いておられるであろう」
「あんな奴のことは触れるな! 嘆いていると? 笑わせるではないわ」
「それほどまでに、にくんでいるのか・・・・・・」
「よかろう。なまぬるい親子の情を持つお前たちに、我がなぜ魔界のものたちとつきあうようになり、極寒地獄コキュートスに落とされるようになったわけを冥土の土産に聞かせてやろうではないか」
ランキングに参加中です。クリックして応援よろしくお願いします!
にほんブログ村
「第一部 神々がダイスを振る刻」をお読みになりたい方へ
「第二部 序章」
「第二部 第1章−1 ビックアップルの都市伝説」
「第二部 第1章−2 深夜のドライブ」
「第二部 第1章−3 子ども扱い」
「第二部 第1章−4 堕天使ダニエル」
「第二部 第1章−5 マクミラの仲間たち」
「第二部 第1章−6 ケネスからの電話」
「第二部 第1章−7 襲撃の目的」
「第二部 第1章−8 MIA」
「第二部 第1章−9 オン・ザ・ジョブ・トレーニング」
「第二部 第2章−1 神々の議論、再び!」
「第二部 第2章−2 四人の魔女たち」
「第二部 第2章−3 プル−トゥの提案」
「第二部 第2章−4 タンタロス・リデンプション」
「第二部 第2章−5 さらばタンタロス」
「第二部 第2章−6 アストロラーベの回想」
「第二部 第2章−7 裁かれるミスティラ」
「第二部 第2章−8 愛とは何か?」
「第二部 第3章−1 スカルラーベの回想」
「第二部 第3章−2 ローラの告白」
「第二部 第3章−3 閻魔帳」
「第二部 第3章−4 異母兄弟姉妹」
「第二部 第3章−5 ルールは変わる」
「第二部 第3章−6 トラブル・シューター」
「第二部 第3章−7 天界の議論」
「第二部 第3章−8 魔神スネール」
「第二部 第3章−9 金色の鷲」
「第二部 第4章−1 ミシガン山中」
「第二部 第4章−2 ポシー・コミタータス」
「第二部 第4章−3 不条理という条理」
「第二部 第4章−4 引き抜き」
「第二部 第4章−5 血の契りの儀式」
「第二部 第4章−6 神導書アポロノミカン」
「第二部 第4章−7 走れマクミラ」
「第二部 第4章−8 堕天使ダニエル生誕」
「第二部 第4章−9 四人の魔女、人間界へ」
「第二部 第5章−1 ナオミの憂鬱」
「第二部 第5章−2 全米ディベート選手権」
「第二部 第5章−3 トーミ」
「第二部 第5章−4 アイ・ディド・ナッシング」
「第二部 第5章−5 保守派とリベラル派の前提条件」
「第二部 第5章−6 保守派の言い分」
「第二部 第5章−7 データのマジック」
「第二部 第5章−8 何が善と悪を決めるのか」
「第二部 第5章−9 ユートピアとエデンの園」
「第二部 第6章−1 魔女軍団、ゾンビ−ランド襲来!」
「第二部 第6章−2 ミリタリー・アーティフィシャル・インテリジェンス(MAI)」
「第二部 第6章−3 リギスの唄」
「第二部 第6章−4 トリックスターのさかさまジョージ」
「第二部 第6章−5 マクミラ不眠不休で学習する」
「第二部 第6章−6 ジェフの語るパフォーマンス研究」
「第二部 第6章−7 支配する側とされる側」
「第二部 第6章−8 プルートゥ、再降臨」
「第二部 第6章−9 アストロラーベ、スカルラーベ、ミスティラ」
「第二部 第6章ー10 さかさまジョージからのファックス」
「第二部 第7章ー1 イヤー・オブ・ブリザード」
「第二部 第7章ー2 3年目のシーズン」
「第二部 第7章ー3 決勝ラウンド」
「第二部 第7章ー4 再会」
「第二部 第7章ー5 もうひとつの再会」
「第二部 第7章ー6 夏海と魔神スネール」
「第二部 第7章ー7 夏海の願い」
「第二部 第7章ー8 夏海とケネス」
「第二部 第7章ー9 男と女の勘違い」
「第二部 第8章ー1 魔女たちの二十四時」
「第二部 第8章ー2 レッスン会場の魔女たち」
「第二部 第8章ー3 ベリーダンスの歴史」
「第二部 第8章ー4 トミー、託児所を抜け出す」
「第二部 第8章ー5 ドルガとトミー」
「第二部 第8章ー6 キャストたち」
「第二部 第8章ー7 絡み合う運命」
「第二部 第8章ー8 格差社会−−上位1%とその他99%」
「第二部 第8章ー9 政治とは何か?」
「第二部 第8章ー10 民主主義という悲劇」
「第二部 第9章ー1 パフォーマンス開演迫る」
「第二部 第9章ー2 パフォーマンス・フェスティバル開幕!」
「第二部 第9章ー3 太陽神と月の女神登場!」
「第二部 第9章ー4 奇妙な剣舞」
「第二部 第9章ー5 何かが変だ?」
「第二部 第9章ー6 回り舞台」
「第二部 第9章ー7 魔女たちの正体」
「第二部 第9章ー8 マクミラたちの作戦」
「第二部 第9章ー9 健忘症の堕天使」
「第二部 第10章ー1 魔女たちの目的」
「第二部 第10章ー2 人類は善か、悪か?」
「第二部 第10章ー3 軍師アストロラーベの策略」
「第二部 第10章ー4 メギリヌ対ナオミと・・・・・・」
「第二部 第10章ー5 最初の部屋」
「第二部 第10章ー6 ペンタグラム」
「第二部 第10章ー7 ナオミの復活」
「第二部 第10章ー8 返り討ち」
「第二部 第10章ー9 最悪の組み合わせ?」
ランキングに参加中です。クリックして応援お願いします!
にほんブログ村