財部剣人の館『マーメイド クロニクルズ』「第一部」幻冬舎より出版中!「第二部」朝日出版社より刊行!

(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第2章ー8 人生の目的

2019-07-29 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

(「人生の唯一の目的、それを生きること」。
 ラティガンとか申す劇作家のセリフかと。
 そんなセリフより「人生は一幕の劇」とでも言って欲しいものでございます。わたくしごときにわかりますのは、人間界で通じるのは「力」のみということ。善とは自分にとって都合がよいもの、悪とは自分に刃向かうものに与えるべき名。ワラキアの「串刺し公」と畏れられながら戦い続け、従うものには安らぎと恩賞を、刃向かうものには恐怖と罰を与えてきたのは、その故にございます)
(冥界で大将軍となった姿をストーカーとかもうす作家に夢枕に見られて、魔人の汚名をきせられたのは不憫であったがのう)
 冷酷で意地が悪くとも、残忍や邪悪でないプルートゥは時折こうしたやさしさを垣間見せる。
(ドラクールよ。最高神たちの議論の話は聞いておろう。ネプチュヌスは「ゲーム」と言ったが、儂は端からゲームなどをする気はない)
(「審判」でございますな・・・・・・)
 かつての大将軍とは信じられぬほど今やドラクールの思念は弱かったが、切れはいささかもにぶっていない。
(その通り。儂は「裁くもの」として、人間たちの自滅を待つつもりであった。だが、あやつら自らがタンタロスへ落ちることを望むのならばよろこんで後押しをしてやろうでないか。おそらくはアポロノミカンをめぐる争いとなろう)
 アポロノミカンという言葉に、思わずマクミラがガクッと崩れ落ちる。
(初めてじゃな。お主がそんな姿を見せるのは。自分のことになると予知が働かぬというのも、まんざら謙遜ばかりでもないか?)
 ドラクールは思った。ムリもない。アポロノミカンこそ、儂が死より苦しい思いをすることになった原因。斜に構えていても誰よりの親思いのマクミラが我が過去を一度のぞき見て以来、二度と見まいと決心したのも知っておる。
 当時、跳梁跋扈していたある錬金術師から「不死の肉体と不屈の精神を与えよう」という誘いを民のためと受け入れたのがきっかけだった。
 あやつ、名は何と言ったか?
 たしか、パラケルススとか・・・・・

         

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第一部 第2章ー7 神官マクミラ

2019-07-26 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 マクミラは、昔からプルートゥのお気に入りであった。
 しかし、切れ者だが皮肉屋の彼女には敵も多かった。口さがない連中はマクミラも冥主の前ではうまく立ち回っているのだろうと噂した。真実は、自分の前でも態度を変えないマクミラの生意気さをプルートゥが好んでいるのだと知るものは少ない。
(マクミラよ、久しぶりじゃ。お主には人間界に行って自滅しようとする人間共の側に立ってマーメイドの娘と戦ってもらいたい。お主の父は人間に生まれついたが、冥界で叛乱を制圧した功績で将軍になった。その子であるお主に今回の任務はふさわしい)
(プルートゥ様直々に選ばれて人間界に行くのは光栄に存じます。されど、父の話は昔のことでございます)マクミラは顔色一つ変えずに伝えた。
(お主にとって過去は変えることのかなわぬ無意味な時。かといって行く末の見えた現在にも興味は持てず。お主の関心は未来のみ。その未来も、これまでは己が思い通り・・・・・・違うかな?)
(未来を思い通りなどとはおたわむれを。自分のことには予知もとんと働きませぬし運命のなすがままに生きてまいりました。むしろ未来を思い通りに動かして来たのはプルートゥ様では?)
 マクミラのほほえむ口元にドラクールの眷属の証、とがった犬歯がのぞいた。
(他のものがそんな思念を伝えれば魂を八つ裂きにし、百万年にわたって魔王たちのなぐさみものにしてくれようが・・・・・・お主の憎まれ口を聞くのも今宵限りか)
 一瞬、一同に緊張感がみなぎる。
(ミスティラ、今後はお前が代わって神官となるがよい)プルートゥは続けた。(人間たちの魂と思いを交わすたびに不思議に思う。あやつらは、何のために生まれ、何のために生きるのか。神に愛され才能を開花させた者は芸術家や導くものとしてその名を残す。だが、多くは現世的な成功を求めて争い他人をけ落としてでも上を目指す。生存競争が自然の摂理だとしても、なぜ他の生物を殺し、搾取し、飾り立てるのか? なぜ他の動物と共生する道を探らず破壊の道をひた走るのか? なぜ野辺の草花に目を向けようとはしないのか? なぜ競争をし、優劣をつけるのか? なぜ個性を尊重しようとはしないのか? なぜ肌の色の違いや、自然の恵みをめぐって殺し合うのか? なぜ助け合いお互いを尊敬しないのか? 知れば知るほど人間がわからなくなる。生きること自体が目的とうそぶくやからもいる。しかし、それは誤りじゃ。たかだか百年の寿命しかもたず七十を過ぎれば身体が不自由になり八十を過ぎれば判断能力の劇的衰えを経験する。それでは苦しむために生きるようなものではないか。「なぜ人間は生きるのか?」冥界に来た哲学者や教祖と呼ばれる者共の誰もが答えを出せなかったぞ。答えは、人間一人一人にかかっているとしか言えぬのか、ドラクール?)
 矛先が、かつての大将軍に向いた。

     

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第一部 第2章ー6 “ドラクール”とサラマンダーの女王

2019-07-22 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 今宵、呼び出されたのは、「吸い取るもの」“ドラクール”ことヴラド・ツェペシュを父に、「燃やし尽くすもの」サラマンダーの女王ローラを母に持つ兄弟たちだった。
 人間界の出としては比類なき出世を遂げたかつての大将軍と冥界の業火をあやつる火蜥蜴の女王が並び立っていた。かつて歩を進めるたびに足下から吹き出すオーラで百匹の魔物をたじろがせ、爛々と光る双眼の一睨みで千匹の魔物を打ち震えさせたと言われるドラクールは鮮やかなビロードのマントを着こなしていた。だが、すっぽりかぶった頭巾のせいで表情は読めない。
 ドラクールと並ぶ時には妻ローラは美しい女性の姿をとるがサラマンダーの女王の証である真紅の長髪は燃え立つ炎のように逆立っている。彼女とドラクールとの結婚に関しては冥界では多くの反対があった。名門の娘がよりによって人間界から来た男を選ばなくても、とささやかれたものだった。
 批判を封殺したのは、ドラクールの圧倒的な力量だった。なにしろ、かつて侵略者に「ワラキアの串刺し公」と畏れられながら民には英雄として慕われたドラクールのこと、悪事に命を懸ける意気地は持たないくせに人間の弱みにつけ込むしか能のない悪事中毒患者たちなど敵ではなかった。
 冥界を支配することは、同時に精神世界を支配することを意味する。ドラクールとローラが、冥主親衛隊を指揮するようになったのはプルートゥにも幸いだった。それまで形だけ従っていた魔族たちの謀反の危機に悩まされることがなくなったのだ。
 二人の前で中心におさまるのは真紅のマントに身をつつむ長女マクミラ。
普段なら他人をひざまずかせても自らひざまずくなどありえない最高位の神官が、冥主にうやうやしく頭を垂れる。「鍵を開くもの」マクミラが何を考えているかは、誰にもわからない。だが、比類無き予知能力を持ち冥界の祭祀を取り仕切る権限を持つ彼女に刃向かおうというものなどいなかった。生まれながらにして盲目の双眼でいったい何を見るのか。
 右にはマクミラの双子の妹で白銀のマントに身をつつむ「鍵を守るもの」ミスティラがいた。サラマンダーの血が薄い彼女にも弱い予知能力があるが、偉大な姉に萎縮してなかなか本領を発揮できない。出産時に姉が炎を引き受けてくれたために無事だった瞳が、炎に照り映えて美しい。心やさしい性格が獣たちに好かれて、吸血コウモリや黒猫、ジャッカル、八咫烏(やたがらす)などの使い魔(ファミリア)たちに囲まれている。
 左には、長男で親衛隊の軍師、「操るもの」アストロラーベがいた。漆黒のマントと軍服に身をつつんだ偉丈夫は古今東西の魔術に長けている。彼の使う半透明の長ヤリには貫き通せぬものはないと噂されていた。暴君風の父親に似ない目深にかぶった帽子に隠されて普段は見えない青白い顔は一目で女性の心を奪う陰があった。かつてパウムシンガの長女アフロンディーヌをめとるという噂があったが、彼女が宮中に入って一生を過ごすことを決めてからは自分も生涯独り身の決心を固めたと言われる。
 左端にいるのが、次男で「荒ぶるもの」大将軍スカルラーベだった。冥界きっての暴れん坊で女性の受けは最悪に近い。だがいったん味方にすればこれほど心強い存在もない。一振りで千の魔物の首をはねとばす大鎌を背負った彼は、はげ頭に筋骨隆々とした体躯をドクロでできた鎧につつむ。兄弟の中ではサラマンダーの血を最も色濃く受け継いで、怒りだせば七日七晩インフェルノを吐き続けると言われる。
(おひさしゅうございます、プルートゥ様)
 月の女王アルテミスさえ嫉妬したと言われる美女マクミラが微笑を浮かべた。だが、その思念は氷の刃がつきつけられたように受け取ったものの背筋をぞっとさせる。

          

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第一部 第2章−5 冥界の審判

2019-07-19 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 耳をすませば、生前の行為を悔いる亡者の絶え間ない嘆きが聞こえる。
 ここは肉を持つ存在の訪れを拒み、精神体の存在の訪れのみが許される場所。マグマ層とつながる地中深くに存在する四次元空間タンタロスだった。畏怖する人間たちが「富めるもの」というお追従で読んでいた名が、神々の間でも使われるようになった冥主プルートゥの支配する世界である。
 年間を通じて明かりのまったく射さないこの空間に、今日も憎悪の川(スティクス)の流れに乗って新たな魂が渡し守カロンの舟で運ばれてくる。
 生前の殺人を悔いる極悪非道な強盗、愛をもてあそんだプレイボーイとプレイガール、権力地獄でもがき続ける政治屋。彼らは、悲嘆の川(アケロン)、号泣の川(コキュトス)を渡り、忘却の川(レテ)を渡るときに現世の記憶を失い、火炎の川(ピュリプレゲトン)を渡り、最後は冥界の業火で苦しみ続ける。
 高くそびえ立つくろがねの門の頂にはダンテが『神曲』に紹介した文字が刻まれている。

 われを通る者は苦悩の市(まち)にいたる 
 われを通る者は永遠の苦患にいたる
 われを通る者は絶望の民のもとにいたる
 正義が崇高なわが建設者を動かし
 われを神の権力と最高の叡智と
 そして最上の愛の象徴とした
 永久は別としてわれより以前に
 創られたものなくわれは永久に存在する
 われを入るものは一切の希望を捨てよ

 ほとんどの魂は、この文字を見ただけで肝を冷やして震えながらミダス王の裁きを受ける。だが、自らやって来て門を入ろうとするものは究極の恐怖と対面することになる。
 三つ首の魔犬「監視するもの」ケルベロスである。一番目の過去をむさぼる首は、人の魂が逃げ出さぬよう宮殿の方向を睨みつけている。二番目の現在をむさぼる首は外の方向を睨み、人間の魂以外はたとえ神であっても許可なく立ち入らせまいと睨みつけている。最後の未来をくらう首は、不心得者が現れたときのために備えて休んでいた。好きこのんでタンタロスに乗り込む者などないと思われるが、長い歴史の中にはヘラクレスのような強者もいたし、今後、新たなヘラクレスが現れぬとも限らない。いったいこれまで幾人の魂がここで責め苛まれてきたことか。
 心の闇が深いほど亡者たちの落ちる地獄も深く、苦しむ時間も長くなる。すべてが己の魂の牢獄だと気づいて解出するまで、ある者は数万年の長きにわたり、またあるものは永久永劫に苦しむ。
 亡者たちの執着はエネルギーとして送られ、貴金属に対する執着は貴金属として、宝石に対する執着は宝石として、容姿の美しさへの執着は容姿の美しさとして実体化し、プルートゥ宮殿奥に鎮座する宝物殿にしまい込まれる。これらは何かに使われたり、持ち出されることもなく、いまや数え切れないほどの量になっている。
 王座の椅子の四方には高々とインフェルノが吹き出しており、火砕流が止めどもなく流れる大広間ではサラマンダーたちが炎の中でうごめいていた。
(我が足下にひざまずくがよい)青白い髪を逆立たせたプルートゥの思念が冥界中に響きわたった。

     

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第一部 第2章−4 歴史の正体

2019-07-15 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

(それは、いったい・・・・・・)ペルセリアスが顔を上げて思念を送った。
(暗黒星団の襲来には人間たちが「歴史」と呼ぶものが働いておる。「歴史」は神々の誕生よりもずっと昔からこの宇宙の理(ことわり)を作り続けてきた。「歴史」のエネルギーとは恐ろしいものじゃ。一度、動き出した歯車を変えることは最高神が束になったとしても出来はしない)
(それはいったい?)シリウスがうめくような思念を発した。
(「歴史」とはあまりに大きすぎて誰も見たことがないが、黄金数0.618の形状を持つ巨大円錐の無限回転が正体じゃ。今回、我が犠牲となって暗黒星団との闘いを避けたとしても同じ運命の修復を「歴史」は試みる。我の予測では、次は暗黒面のパワーは人間たちの心の内に直接に働きかけることでこの惑星の壊滅を図るはず)
(人間たちが暗黒面のパワーにとらわれた時、神々は何が出来るのですか?)シリウスが思念を送った。
(そうなれば、我らに出来ることは何もない。すべての人間が暗黒面のパワーにとらわれれば、この世の地獄が地上に出現するであろう。だが、人間たちの心はあまりに弱すぎる。そこで我は万が一に備えて一つの波乱要因を残しておいた)
(波乱要因ですか?)アンタレスが不思議がった。
(アポロノミカンこそ、人間たちにとって最初にして最後の希望となるはず。同時に、神々にとっても諸刃の刃。なぜならアポロノミカンを解読した人間は神にも等しい能力を手に入れる。その能力を善用するならば人間の歴史はコスモスを目指す方向へ一変する。逆に、その能力を悪用すれば人間どころか地球の歴史は瞬く間にカオスへ向かい終焉を迎える。アポロノミカンが一度書かれてしまえば、持ち主によってどう使われるかはもう神々にも手出しは出来ぬ)
(アポロニミカンとは、アスクレピオス様が命をけずってまでしたためているものですね?)押し黙っていたコーネリアスが思念を伝えた。
(お主に隠し事は出来ぬのう。アスクレピオスは医術を極めたが、技を使って死すべきものを救い過ぎてプルートゥ様の不興を買った。もはや神界にアスクレピオスの居場所はない。神導書アポロノミカンの執筆はアスクレピオスの最後の仕事。アポロノミカンが明かす秘密はすべてをゲームに変えてしまう。神々と人のすべてがかかったゲームにな)
(アポロン様、お名残惜しゅうございます)
(悲しむでない。老いさらばえた姿で最高神の地位に就くより美しいまま燃えさかる太陽と合体してこそアポロンの美学にかなうというもの。皆のもの、集え、「旅するもの」の下へ。星へ困難な道を(Ad astra per aspera.))
 それがアポロンの遺言だった。

     

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第一部 第2章−3 アポロン最後の神託

2019-07-12 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 アポロニアの息子たちは招集令状を受け取った時、ただならぬ運命を予感して、祖父アポロンとの別れを思い出した。予言の神でもあったアポロンは、最後の場面において彼らが人間界に送り込まれる運命についてもすでに語っていた。
 自由奔放な性格と輝く美貌で男女を問わず神々の憧れと嫉妬の対象となってきたアポロン。禍々しい暗黒のオーラにつつまれた星団が太陽系に近づいた時、神界でも対応を巡って議論が絶えなかった。このままでは太陽は暗黒星団に飲み込まれてしまうであろうとはっきりした時、彼はあっさり我が身を犠牲にして太陽の力を増大して、暗黒のオーラをはじき飛ばすことを選択した。
 ユピテルが光の化身であれば、アポロンの灼熱の化身であった。三最高神を除けば、神界でも最高の権威と実力を兼ね備えていた彼は常に黄金色に輝くマントをまとっていた。
(シリウス、アンタレス、ペルセリアス、コーネリアスよ。我は太陽系を守るため太陽と合体する。さもなくば、この空間に居住する生物すべての精神は魔界とつながってしまう。だが、もし我が身を犠牲にするなら太陽惑星の生物はさらに六十億の時を永らえよう)
(アポロン様、暗黒星団と一戦交えてみてはいかがでしょう? 我らは天界の三軍の長。光と雷と天使の軍団を率いて戦えば、勝利は必ずや我らの手に)シリウスが思念を伝えた。「輝けるもの」は思念も比類なき輝きを放っていた。
(暗黒星団を指揮する者たちは、かつてユピテル様が遥か昔に打ち滅ばしたものどもの子孫。恐れるには足りませぬ)アンタレスも抗戦論に傾いている。
(私も同意見です。こうしたときのために天使軍団は厳しい訓練を行ってきたのでありませんか)ペルセリアスも続いた。
(コーネリアスよ、お主はいかに考える?)
(己自身を知れですな)
 一体、何のつもりかとアポロン以外の三人が怪訝そうな表情を浮かべる。
(その通り。「己自身を知れ」、デルフォイのアポロン神殿に刻まれた言葉を思い出すがよい。果たして己自身を知るほど難しいことがあろうか。お主たちは功成り名遂ぐ我が自慢の孫たちじゃ。だが立場やメンツにとらわれてはおらぬか。それぞれが百万の部下を従えているうちに自らを過信するようになってはおらぬか。冷静に考えれば一人の神が犠牲になることで皆を救えるのなら、多くの犠牲者を出してまで戦うよりもよいのは明らか)
 三人は、自らを恥じる気持ちでいっぱいになった。
 それでもシリウスが思念を伝えた。(思慮が足りませんでした。ただ、将来の最高神の座が約束されたアポロン様が犠牲になると思うと・・・・・・)
(お主たちが、功名心から徹底抗戦を唱えたのでないのはわかっておる。我はよろこんで太陽惑星と合体するのじゃ。我はあまりにも永き時を神として過ごしすぎた。この倦怠から逃れてガイアのようにひとつの惑星になれると思えば、初めて神と呼ばれる存在になった時以来の興奮を感じる)
(まだまだ、わたしたちは考えが足りませんでした)アンタレスが伝えた。
(よい、よい。それこそ若さというものじゃ。だが、今回の暗黒星団の危機を乗り越えたとしても四人がいつか力を合わせて戦わねばならぬ日が必ず来る。それも遠からずに・・・・・・)

     

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第一部 第2章−2 神導書アポロノミカン

2019-07-08 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 一同に緊張が走る。
 アポロノミカンと聞いて平静でいられる神などいないが、アポロンの血を引くものたちにとっては殊更の意味があった。
(暗黒星団来襲の折り、太陽と合体して我らを救ったアポロン様がたわむれに書いたとも、我が兄アスクレピオスが人類目覚めの時に備えて残したとも言われる生命の神秘を解き明かす神導書でございますな)アポロニアが伝えた。
(アポロノミカンを解読したものは、人の誕生、成長、進化、遺伝、老化の秘密のすべてを知る。それが早過ぎるか、来るべき時が来たのかは誰にもわからぬ。だが、もはや決定はなされた。お主の息子たちのうち、誰をマーメイドの娘の援軍に差し向けるがよいか?)
(難しい選択です。プルートゥ様は、おそらくマクミラを送り込むと思われます)
(最高位の神官をか?)
(プルートゥ様なら、最もかわいいものの苦しむ姿こそ見たいはず)アポロニアが確信を込めた思念を伝えた。
(まわりくどい言い方をせずとも、ユピテル様のお考えは決まっておいででは?)思念を送ってきたコーネリアスを皆が見た。
(ほう、お主には儂の考えがわかっておるのか?)
(コーネリアス、無礼ではないか)アポロニアがたしなめる。
(まあ、よい。お主は、儂がどう考えておると言うのだ?)
(ユピテル様が関わる限りは、これはゲームでなく戦争でございましょう)
(その通りじゃ。儂はこれを戦争と考えておった)
 ユピテルは、大胆にして思慮深く、無手勝流のようで用意周到なコーネリアスが気に入っていた。だが、己の考えをここまで読む鋭さに、背筋の寒くなるものも感じていた。
(今日は召集令状を我々にお渡しになるおつもりと承知しております。それならば最高の勝率が期待できるようにすべきでは?)
 さすがは数学の神でもあったコーネリアスであった。
(最高の勝率と言うが、お主はどの程度の勝算があると考えるか?)
(わかりませぬ)
(なんと、お主らしくもない。勝算がないということか?)
(勝算がまったくないというわけではありませぬ。ただ、確率は勘定の内に入らぬほど頼りないものかと存じます。人間の知恵とはしょせん「無知の愚」。救いようがありませぬ)
(「無知の知」ならばソクラテスとか申す愚か者が言ったのを知っているが、「無知の愚」とはなんじゃ?)
(「わたしは、自分がなにも知らないのを知っている」など自己矛盾の至極。せいぜいが出来の悪い冗談。何も知らないと開き直っている者に何を知ることが出来ましょう。まともに考えるなら「わたしには、自分がなにも知らないのがわからない」となるはず。そんな人間との共闘に勝算など成り立つはずがありませぬ。プルートゥ様がおっしゃるように状況はすでに決定的。しかし・・・・・・)
(しかし、何じゃ?)
(我ら四兄弟すべてを人間界に送りこめば、あるいは・・・・・・)
(四人すべてをか?)
(戦争を始めたならば勝つまで続けるのが条理。中途半端はいけませぬ)
(アポロンは中道を説き、「度を過ごすなかれ」と言ったのではなかったか?)
(祖父が口では中道を説きながら、愛に関して誰よりも度を過ごしていたのを知らぬ神は天界にいないはずでは?)
 皆が、アポロンのプレイボーイ振りを受け継いだペルセリアスを見た。
(よかろう、お主たち全員を送りこもうではないか。しかし、ルールは守らねばならぬ。時が来るまで、お主たちの能力は閉じこめる。あくまでお主たちの仕事はよき人間たちを手助けしてガイアを救うこと。お主たちは夜空に輝く星座として時を過ごした後、流れ星として降臨するがよい。星へ困難な道を(Ad astra per aspera.)。四人とも用意はよいか?)
 せっかちなユピテルは別れの機会さえ与えずに、それぞれを一条の光として四方に飛ばしてしまわれた。
 光に変化して宇宙に飛び出していく彼らは一様に、よいか、一度始めた戦は必ず勝たねばならぬ、というユピテルからの思念を受け取ったような気がしていた。

     

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第一部 第2章−1 天界の召集令状

2019-07-05 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 遠く映るその影が太陽の黒点として知られる四次元空間エリュシオン。
 そこにユピテルの支配するオリンポス神殿がある。
 もしもネプチュヌスやプルートゥが人間界の支配を望んだとしても、エリュシオンの支配などはけっして望まない。ここは「光の眷属」でなければ瞬時に蒸発してしまいかねない光と灼熱の空間。
 海神界や冥界から婚姻により移り住んだ神々と神の座の末席をけがすことを許されたごく少数の住人がいるだけの場所。例外は、タンタロス空間での贖罪を済ませた人間の魂が忘却の川レテの水を飲んでから転生するまでの限られた間に滞在するのみ。
 いつもならのんびり飛び回る神殿の極楽鳥が緊張に包まれている。
 リーダーの錦鶏鳥と銀鶏鳥もただならぬ気配を感じて宿り木から離れようとしない。
 大広間では「天翔るもの」ユピテルが怒りのオーラを発散していた。こんな時にうっかり近づこうものならユピテルを熟知した神官でも生の保障はない。黄金の光につつまれた全身から四方八方に発せられる雷鳴と稲妻こそユピテルを最高神の頂点に立つものたらしめている秘密。
 たとえ神々でも、ユピテルの電撃をまともに受ければ粉々に飛び散りその存在は永久に失われる。海主ネプチュヌスは水を支配し、冥主プルートゥは火を支配する。
 だが水は高熱を苦手とし、火は流水や氷を苦手にする。ネプチュヌスとプルートゥがそれぞれの弱点をかかえているのに対し、ユピテルの雷撃は業火をなぎ倒し流水を蹴散らす万能の兵器だった。
 ユピテルが、会議の開始を伝えた。
(皆の者、面をあげよ)
 中央に位置するのが親衛隊長で「継ぐもの」アポロニアだった。父の「輝けるもの」アポロンから美貌を、母の「森にすむもの」ケイトから勇敢さを受け継ぎ、神界最強の女神と言われる。自慢の金髪が軍服姿に映える。ケイトの血筋を引くものたちは、かつて人間界でスキュティアの地にアマゾネス王国を築いたと言われるが、真偽のほどは確かめようもない。
 デルファイ神殿に住む、各々が百万の兵を率いる三軍の長を務める息子たちも顔を揃える。アポロニアが父アポロンに代わり天界の守護を任されるようになってから長い時が過ぎていたが、息子たちが勢揃いするたび母として彼女は誇らしい気持ちになる。
 長男の光の軍団長で「光り輝くもの」シリウスは輝くばかりの毛並みの美しい銀狼。第一次神界大戦でレインボー・スクラッチと呼ばれる鋭い爪から繰り出される技で百万を越える冥界のギデオンを引き裂いたことは、いまだに語り草になっている。
 次男の雷の軍団長で「対抗するもの」アンタレスは全身にハリネズミのような毛におおわれた雷獣。ボール・ライトニングという技を持ち半径1キロの敵を全滅させるほどの電撃を発することが出来る。のっそりと図体が大きいため、ユーモラスな雰囲気を漂わせる。
 三男の天使長で「率いるもの」ペルセリアスは金色の鷲。兄弟の中でも一番の伊達男で明晰な頭脳はアポロンの血を色濃く受け継ぐ。流れ星の速さで宙を翔け、天界広しといえどもユピテル以外にはこれほどのスピードを持つものはいない。
 末っ子で真紅の龍の「舞うもの」コーネリアスだけは組織嫌いで、率いる部下も従う上役もいない。天邪鬼ゆえに自由にさせておけとユピテルからお墨付きをもらったのをよいことに、修業にばかり精を出している。
(いよいよ三神界によるゲームが始まった。アポロニアよ、まずお主の考えを聞かせてもらおう。今回の件にはアポロノミカンが関わっておるのじゃ)

          

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第一部 序章と第1章のバックナンバー

2019-07-01 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人
 
 財部剣人です! おかげさまでブログ開設3388日で、トータル閲覧数60万6307PV(一日平均178回!)、トータル訪問者数22万3637UU(一日平均66人!)という素晴らしい数字を達成できました。本当に感謝しかありません。今再配信中の「第一部 神々がダイスを振る刻」は、以前配信したものを幻冬舎から出版された原稿に修正して、さらに一部加筆修正しております。今後、第二部の再配信と第三部の完結に向けてがんばっていきますので、どうか乞うご期待!

「マーメイド クロニクルズ」第一部神々がダイスを振る刻篇あらすじ

 深い海の底。海主ネプチュヌスの城では、地球を汚し滅亡させかねない人類絶滅を主張する天主ユピテルと、不干渉を主張する冥主プルートゥの議論が続いていた。今にも議論を打ち切って、神界大戦を始めかねない二人を調停するために、ネプチュヌスは「神々のゲーム」を提案する。マーメイドの娘ナオミがよき人 間たちを助けて、地球の運命を救えればよし。悪しき人間たちが勝つようなら、人類は絶滅させられ、すべてはカオスに戻る。しかし、プルートゥの追加提案によって、悪しき人間たちの側にはドラキュラの娘で冥界の神官マクミラがつき、ナオミの助太刀には天使たちがつくことになる。人間界に送り込まれたナオミ は、一人の人間として成長していく内、使命を果たすための仲間たちと出会う。一方、盲目の美少女マクミラは、天才科学者の魔道斎人と手を組みゾンビー・ソルジャー計画を進める。ナオミが通うカンザス州聖ローレンス大学の深夜のキャンパスで、ついに双方が雌雄を決する闘いが始まる。

海神界関係者
ネプチュヌス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 海主。「揺るがすもの」
トリトン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ネプチュヌスの息子。「助くるもの」
シンガパウム ・・・・・・・・・・ 親衛隊長のマーライオン。「忠義をつくすもの」
ユーカ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 第一次神界大戦で死んだシンガパウムの妻
アフロンディーヌ ・・・・・・ シンガパウムの長女で最高位の巫女のマーメイド
アレギザンダー ・・・・・・・・・・ 同次女でユピテルの玄孫ムーの妻のマーメイド
ジュリア ・・・・・・・・ 同三女でネプチュヌスの玄孫レムリアの妻のマーメイド
サラ ・・・・・・・・・・ 同四女でプルートゥの玄孫アトランチスの妻のマーメイド
ノーマ ・・・・・・ 同五女で人間界に行ったが、不幸な一生を送ったマーメイド
ナオミ ・・・・・・・ 同末娘で人間界へ送り込まれるマーメイド。「旅立つもの」
トーミ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ナオミの祖母で齢数千年のマーメイド。
ケネス ・・・・・・・・・ 元ネイビー・シールズ隊員。人間界でのナオミの育ての父
夏海 ・・・・・・・・・・・・ 人間界でのナオミの育ての母。その後、ニューヨークに
ケイティ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ナオミのハワイ時代からの幼なじみ
ナンシー ・・・・・・・・・・・・・・・・ 聖ローレンス大学コミュニケーション学部教授

天界関係者
ユピテル ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「天翔るもの」で天主
アスクレピオス ・・・・・・・ 太陽神アポロンの兄。アポロノミカンを書き下ろす
アポロニア ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ アポロンの娘で親衛隊長。「継ぐもの」
ケイト ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ アポロンの未亡人。「森にすむもの」
シリウス ・・・・・・・・・・・・・・ アポロニアの長男で光の軍団長。「光り輝くもの」
               で天界では美しい銀狼。人間界ではチャック
アンタレス ・・・・・・・ 同次男で雷の軍団長。「対抗するもの」で天界では雷獣。
                            人間界ではビル
ペルセリアス ・・・・・・・ 同三男で天使長。「率いるもの」で天界では金色の鷲。
                         人間界ではクリストフ
コーネリアス ・・・・・・・・・・・・・ 同末っ子で「舞うもの」。天界では真紅の龍。
   人間界では孔明

冥界関係者
プルートゥ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「裁くもの」で冥主
ケルベロス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3つ首の魔犬。「監視するもの」で
  キルベロス、ルルベロス、カルベロスの父
ヴラド・“ドラクール”・ツェペシュ ・・ 親衛隊の大将軍。「吸い取るもの」で
       人間時代は、「串刺し公」とおそれられたワラキア地方の支配者
ローラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・“ドラクール”の妻で、サラマンダーの女王。
「燃やし尽くすもの」
アストロラーベ ・・・・・・・・・・・・・・ ヴラドとローラの長男で、親衛隊の軍師。
                            「あやつるもの」
スカルラーベ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同次男で、親衛隊の将軍。「荒ぶるもの」
マクミラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同長女で、人間界に送り込まれる冥界最高位の
神官でヴァンパイア。「鍵を開くもの」
ミスティラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同次女で、冥界の神官。「鍵を守るもの」
ジェフエリー・ヌーヴェルヴァーグ・シニア ・・・パラケルススの世を忍ぶ仮の姿
ジェフエリー(ジェフ)・ヌーヴェルヴァーグ・ジュニア … マクミラの育ての父

「第一部序章 わたしの名はナオミ」

「第一部第1章−1 神々のディベート」
「第一部第1章−2 ゲームの始まり」
「第一部第1章−3 シンガパウムの娘たち」
「第一部第1章−4 末娘ナオミ」
「第一部第1章−5 父と娘」
「第一部第1章−6 シンガパウムの別れの言葉」
「第一部第1章−7 老マーメイド、トーミ」
「第一部第1章−8 ナオミが旅立つ時」

  

「第一部 神々がダイスを振る刻」をお読みになりたい方へ

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