「それだけか?」
「どういう意味だ?」
「自分でも、気づいておらぬか。第3のペルソナが育っておるのに」
「ふざけるな。怖がっているのでなければ、降りてくるがよい。目にもの見せてやるわ」
魔女たちが顔を見合わせた。
まあ、いいだろうとドルガが他の魔女たちに目配せする。リギスだけは、空中浮遊しての精神攻撃が得意だけに、不満そうな顔をしている。
「見せられるものなら、見せてもらおう。たかが人間に、どの程度のことができるか」
ドルガが言うが早いか、軽やかに四人が地上に降り立つ。
彼女たちの本性を知らなければ、天使の降臨かと勘違いしたかも知れない。それほど四人は美しかった。
ドルガは、威厳あふれる顔つきで、その「死の羽」はふれる者すべての魂を引き込む羽ばたきを持っていた。
メギリヌの白面は、気高い外面とサディストの内面を持っており、くるくる変わる性格も欠点とはなっておらず、誰でも思わず惚れ込んでしまう。
ライムは、美しかった頃の叔母メデゥーサにうり二つで、変身前の蛇のようにうねる髪と透明度の高い湖のような両眼は見る者を虜にした。
リギスは、芸術家だけあって鮮やかなオレンジと緑の着流しを生きに着こなしており、四人の中では一番人なつっこそうに見えた。
「降りてきた勇気は、ほめてやろう。見るがよい。旧式のゾンビーソルジャー軍団を越える我がミリタリー・アーティフィシャル・インテリジェンスMAI軍団を! カンザスでは遅れを取ったが、究極の戦闘能力を見るがよい。カモン・ナウ、レイモンド、サムソン、ゴーレム!」
呼びかけに応じて、MAI化されたゾンビー・ソルジャーたちが入り口から飛び出した。21世紀に入るとカリフォルニア大学バークレーによって、コンピュータと組み合わせた下半身用パワーユニットが試作されるが、あくまでそれは重量のある荷物を運ぶことが目的である。
だが、MAI軍団の目的は敵の殲滅であった。カンザスの闘いと異なり、あまりの素早さに肉眼では三人の動きを捉えることすらできない。
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夕闇ただよう上空から、四人の魔女たちは不老不死研究を行うゾンビーランドの様子をうかがっていた。
ミシガン山中の建物は、ブラム・ストーカーの小説から抜け出したドラキュラ城のような不気味さをたたえていた。敬愛する父の「伝説」に、娘のマクミラが無意識の内にしたがっていたのかも知れない。
軍事研究を行うノーマンズランドは、ゾンビーランドに隣接している。警備員の姿はないが、見る者が見ればハイテク監視装置が完備されているとわかった。
精神世界研究をおこなうナイトメアランドは、二つの建物に隠されていたため様子が分かりにくかった。最後の建物アポロノミカンランドは、さらに奥に鎮座しており、最も厳重な管理体制下におかれていた。
「警戒厳重な建物じゃな。爆撃して様子を見てみるか?」人間界に来て肉を持ったドルガが、まだ慣れない声で言う。
「中にいる奴はよほどの冷血漢とみえる。人間とは思えないほど冷たい、だが暴力的なオーラを感じる」メギリヌが、やはり声に出して答える。
「外からの攻撃には、ドルガ様の能力がよさそうじゃ」ライムが言う。
「扉が開かれれば、私が全員を眠らせるでありんす」リギスが同意する。
ドルガが、翼の羽ばたきを強めていく。そのたびに起きる竜巻も、大きくなっていく。ドルガの目が輝いた瞬間、翼から自ら意志を持ったかのように荒れ狂う竜巻がゾンビーランドを襲った。
バリ、バリ、バリ・・・
ドリルのような音を立てて竜巻が爆発すると、正面の扉が吹っ飛んで異次元空間に飛んでいってしまう。これが冥界最強技の一つとおそれられたドルガのファイナル・フロンティアであった。
跡形もなく消え失せた扉がどこにいくかは、ドルガ自身にも分からない。
一つだけ分かっているのは、扉がもう二度とこの世界に戻ってくることはないということだ。
「さすがドルガ様」メギリヌが言う。「腕はちっともにぶってはおられぬ」
「いや」ドルガが答える。「まだまだ、我の本領にはほど遠い」
その時、ゾンビーランドからドクトール・マッドが姿を現した。
「誰じゃ、派手に花火を上げるのは?」上空の魔女たちを睥睨する。「事と次第によってはただではおかぬぞ」
「アポロノミカンを見た人間が、ここにもいたでありんしたか。しかも、禁断の知識をものにしているとは。お前さん、名はなんと申すでありんす?」リギスが答える。
「いったい、いつの話じゃ? 禁断の扉など、とっくの昔に開かれておる。聞かれて名乗るもおこがましいが、最初に生を受けた名が魔道斉人。だが奴が引っ込んで以来、ドクトール・マッドが儂の名じゃ」
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財部剣人です! 現在、第二部を再配信中ですが、第一部もよろしければお楽しみください。
「マーメイド クロニクルズ」第一部 神々がダイスを振る刻篇あらすじ
深い海の底。海主ネプチュヌスの城では、地球を汚し滅亡させかねない人類絶滅を主張する天主ユピテルと、不干渉を主張する冥主プルートゥの議論が続いていた。今にも議論を打ち切って、神界大戦を始めかねない二人を調停するために、ネプチュヌスは「神々のゲーム」を提案する。マーメイドの娘ナオミがよき人 間たちを助けて、地球の運命を救えればよし。悪しき人間たちが勝つようなら、人類は絶滅させられ、すべてはカオスに戻る。しかし、プルートゥの追加提案によって、悪しき人間たちの側にはドラキュラの娘で冥界の神官マクミラがつき、ナオミの助太刀には天使たちがつくことになる。人間界に送り込まれたナオミ は、一人の人間として成長していく内、使命を果たすための仲間たちと出会う。一方、盲目の美少女マクミラは、天才科学者の魔道斎人と手を組みゾンビー・ソルジャー計画を進める。ナオミが通うカンザス州聖ローレンス大学の深夜のキャンパスで、ついに双方が雌雄を決する闘いが始まる。
海神界関係者
ネプチュヌス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 海主。「揺るがすもの」
トリトン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ネプチュヌスの息子。「助くるもの」
シンガパウム ・・・・・・・・・・ 親衛隊長のマーライオン。「忠義をつくすもの」
ユーカ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 第一次神界大戦で死んだシンガパウムの妻
アフロンディーヌ ・・・・・・ シンガパウムの長女で最高位の巫女のマーメイド
アレギザンダー ・・・・・・・・・・ 同次女でユピテルの玄孫ムーの妻のマーメイド
ジュリア ・・・・・・・・ 同三女でネプチュヌスの玄孫レムリアの妻のマーメイド
サラ ・・・・・・・・・・ 同四女でプルートゥの玄孫アトランチスの妻のマーメイド
ノーマ ・・・・・・ 同五女で人間界に行ったが、不幸な一生を送ったマーメイド
ナオミ ・・・・・・・ 同末娘で人間界へ送り込まれるマーメイド。「旅立つもの」
トーミ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ナオミの祖母で齢数千年のマーメイド。
ケネス ・・・・・・・・・ 元ネイビー・シールズ隊員。人間界でのナオミの育ての父
夏海 ・・・・・・・・・・・・ 人間界でのナオミの育ての母。その後、ニューヨークに
ケイティ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ナオミのハワイ時代からの幼なじみ
ナンシー ・・・・・・・・・・・・・・・・ 聖ローレンス大学コミュニケーション学部教授
天界関係者
ユピテル ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「天翔るもの」で天主
アスクレピオス ・・・・・・・ 太陽神アポロンの兄。アポロノミカンを書き下ろす
アポロニア ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ アポロンの娘で親衛隊長。「継ぐもの」
ケイト ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ アポロンの未亡人。「森にすむもの」
シリウス ・・・・・・・・・・・・・・ アポロニアの長男で光の軍団長。「光り輝くもの」
で天界では美しい銀狼。人間界ではチャック
アンタレス ・・・・・・・ 同次男で雷の軍団長。「対抗するもの」で天界では雷獣。
人間界ではビル
ペルセリアス ・・・・・・・ 同三男で天使長。「率いるもの」で天界では金色の鷲。
人間界ではクリストフ
コーネリアス ・・・・・・・・・・・・・ 同末っ子で「舞うもの」。天界では真紅の龍。
人間界では孔明
冥界関係者
プルートゥ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「裁くもの」で冥主
ケルベロス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3つ首の魔犬。「監視するもの」で
キルベロス、ルルベロス、カルベロスの父
ヴラド・“ドラクール”・ツェペシュ ・・ 親衛隊の大将軍。「吸い取るもの」で
人間時代は、「串刺し公」とおそれられたワラキア地方の支配者
ローラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・“ドラクール”の妻で、サラマンダーの女王。
「燃やし尽くすもの」
アストロラーベ ・・・・・・・・・・・・・・ ヴラドとローラの長男で、親衛隊の軍師。
「あやつるもの」
スカルラーベ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同次男で、親衛隊の将軍。「荒ぶるもの」
マクミラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同長女で、人間界に送り込まれる冥界最高位の
神官でヴァンパイア。「鍵を開くもの」
ミスティラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同次女で、冥界の神官。「鍵を守るもの」
ジェフエリー・ヌーヴェルヴァーグ・シニア ・・・パラケルススの世を忍ぶ仮の姿
ジェフエリー(ジェフ)・ヌーヴェルヴァーグ・ジュニア … マクミラの育ての父
「第一部序章 わたしの名はナオミ」
「第一部第1章−1 神々のディベート」
「第一部第1章−2 ゲームの始まり」
「第一部第1章−3 シンガパウムの娘たち」
「第一部第1章−4 末娘ナオミ」
「第一部第1章−5 父と娘」
「第一部第1章−6 シンガパウムの別れの言葉」
「第一部第1章−7 老マーメイド、トーミ」
「第一部第1章−8 ナオミが旅立つ時」
「第一部第2章−1 天界の召集令状」
「第一部第2章−2 神導書アポロノミカン」
「第一部第2章−3 アポロン最後の神託」
「第一部第2章−4 歴史の正体」
「第一部第2章−5 冥界の審判」
「第一部第2章−6 "ドラクール"とサラマンダーの女王」
「第一部第2章−7 神官マクミラ」
「第一部第2章−8 人生の目的」
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「第二部 序章」
第二部のストーリー
マーメイドの娘ナオミを軸とする神々のゲームを始めたばかりだというのに、再び最高神たちが集まらざるえない事態が起こった。神官マクミラが人間界に送られた後、反乱者や魔界からの侵入者を閉じこめた冥界の牢獄の結界がゆるんできていた。死の神トッド、悩みの神レイデン、戦いの神カンフ、責任の神シュルドが堕天使と契って生まれた魔女たちは、冥界の秩序を乱した罪でコキュートスに閉じこめられていた。「不肖の娘たち」は、彼女たちを捕らえたマクミラに対する恨みをはらすべく、人間界を目指して脱獄をはかった。天主ユピテルは、ゲームのルール変更を宣言した。冥界から助っ人として人間界に送られるマクミラの兄アストロラーベとスカルラーベ、妹ミスティラは、彼女を救うことができるのか? トラブルに引き寄せられる運命のナオミは、どう関わっていくのか? 第一部で残された謎が、次々明らかになる。
冥界関係者
プルートゥ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「裁くもの」で冥主
ケルベロス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3つ首の魔犬。「監視するもの」でキルベロス、ルルベロス、カルベロスの父
ヴラド・“ドラクール”・ツェペシュ ・・ 親衛隊の大将軍。「吸い取るもの」で人間時代は、「串刺し公」とおそれられたワラキア地方の支配者
ローラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・“ドラクール”の妻で、サラマンダーの女王。「燃やし尽くすもの」
アストロラーベ ・・・・・・・・・・・・・・ ヴラドとローラの長男で、親衛隊の軍師。「あやつるもの」
スカルラーベ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同次男で、親衛隊の将軍。「荒ぶるもの」
マクミラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同長女で、人間界に送り込まれる冥界最高位の神官でヴァンパイア。「鍵を開くもの」
ミスティラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同次女で、冥界の神官。「鍵を守るもの」
ジェフエリー(ジェフ)・ヌーヴェルバーグ・ジュニア … マクミラの育ての父
悪魔姫ドルガ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 死の神トッドの娘で「爆破するもの」。マクミラに恨みを晴らそうとする四人の魔女の一人
氷天使メギリヌ ・・・・・・・・・・・・・・・・ 悩みの神レイデンの娘で「いたぶるもの」。マクミラに恨みを晴らそうとする四人の魔女の一人
蛇姫ライム ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 闘いの神カンフの娘で「酔わすもの」。マクミラに恨みを晴らそうとする四人の魔女の一人
唄姫リギス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 責任の神シュルドの娘で「悩ますもの」。マクミラに恨みを晴らそうとする四人の魔女の一人
海神界関係者
ネプチュヌス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 海主。「揺るがすもの」
トリトン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ネプチュヌスの息子。「助くるもの」
シンガパウム ・・・・・・・・・・ 親衛隊長のマーライオン。「忠義をつくすもの」
アフロディーヌ ・・・・・・・・ シンガパウムの長女で最高位の巫女のマーメイド
ナオミ ・・・・・・・ 同末娘で人間界へ送り込まれるマーメイド。「旅立つもの」
トーミ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ナオミの祖母で齢数千年のマーメイド。
ケネス ・・・・・・・・・ 元ネイビー・シールズ隊員。人間界でのナオミの育ての父
夏海 ・・・・・・・・・・・・ 人間界でのナオミの育ての母。その後、ニューヨークに
ケイティ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ナオミのハワイ時代からの幼なじみ
天界関係者
ユピテル ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「天翔るもの」で天主
アポロニア ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ アポロンの娘で親衛隊長。「継ぐもの」
ケイト ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ アポロンの未亡人。「森にすむもの」
ペルセリアス ・・・・・・・ 同三男で天使長。「率いるもの」で天界では金色の鷲。人間界ではクリストフ
墮天使ダニエル ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ マクミラの「血の儀式」と神導書アポロノミカンによって甦ったクリストフ
コーネリアス ・・・・・・・・・・・・・ 同末っ子で「舞うもの」。天界では真紅の龍。人間界では孔明
「第二部 第1章−1 ビックアップルの都市伝説」
「第二部 第1章−2 深夜のドライブ」
「第二部 第1章−3 子ども扱い」
「第二部 第1章−4 堕天使ダニエル」
「第二部 第1章−5 マクミラの仲間たち」
「第二部 第1章−6 ケネスからの電話」
「第二部 第1章−7 襲撃の目的」
「第二部 第1章−8 MIA」
「第二部 第1章−9 オン・ザ・ジョブ・トレーニング」
「第二部 第2章−1 神々の議論、再び!」
「第二部 第2章−2 四人の魔女たち」
「第二部 第2章−3 プル−トゥの提案」
「第二部 第2章−4 タンタロス・リデンプション」
「第二部 第2章−5 さらばタンタロス」
「第二部 第2章−6 アストロラーベの回想」
「第二部 第2章−7 裁かれるミスティラ」
「第二部 第2章−8 愛とは何か?」
「第二部 第3章−1 スカルラーベの回想」
「第二部 第3章−2 ローラの告白」
「第二部 第3章−3 閻魔帳」
「第二部 第3章−4 異母兄弟姉妹」
「第二部 第3章−5 ルールは変わる」
「第二部 第3章−6 トラブル・シューター」
「第二部 第3章−7 天界の議論」
「第二部 第3章−8 魔神スネール」
「第二部 第3章−9 金色の鷲」
「第二部 第4章−1 ミシガン山中」
「第二部 第4章−2 ポシー・コミタータス」
「第二部 第4章−3 不条理という条理」
「第二部 第4章−4 引き抜き」
「第二部 第4章−5 血の契りの儀式」
「第二部 第4章−6 神導書アポロノミカン」
「第二部 第4章−7 走れマクミラ」
「第二部 第4章−8 堕天使ダニエル生誕」
「第二部 第4章−9 四人の魔女、人間界へ」
「第二部 第5章−1 ナオミの憂鬱」
「第二部 第5章−2 全米ディベート選手権」
「第二部 第5章−3 トーミ」
「第二部 第5章−4 アイ・ディド・ナッシング」
「第二部 第5章−5 保守派とリベラル派の前提条件」
「第二部 第5章−6 保守派の言い分」
「第二部 第5章−7 データのマジック」
「第二部 第5章−8 何が善と悪を決めるのか」
「第二部 第5章−9 ユートピアとエデンの園」
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「革命的な人々は、すべての政治的行動はユートピア的な目標を達成する意図の下に変革されるべきだと信じている。彼らは、世界は不完全な社会的正義によって腐敗していると考えて抽象的な価値観を好むわ。永続性を保つための議論は、それ自体が不合理的であり自己の利益のために産み出されている。他人の意見に耳を傾けることは腐敗を招くだけで、党メンバーでない者には粛正が必要と考えている。歴史的には、無政府主義者がこうした革命的な人々の例ね」
「リベラル派が、そこまで行くことがあるのですね。でも自らを律するために政府がじゃまなら政府を排除するべきだという主義は、まるで小さい政府を信奉する保守派のように聞こえます」
「極端なリベラル派がリベラル派の範囲を突き抜けてしまうと、まるで保守派になってしまうのよ。『逆もまた真なり』で、極端な保守派が保守派の範囲を突き抜けてしまうと、まるでリベラル派になってしまうの」
「いったい、どういうことですか」
「反動主義者は、すべての政治的行動が文書や慣習における価値観の具現化を目指す永続的なものであるべきと信じているわ。彼らは、有史以前に完璧だった世界が、自己的な利益、あるいは法律に対する畏敬の念の欠如やおろかさによって腐敗してしまったという『エデンの園』的な考えから信念を得ているの。変化のための議論は、それ自体が不合理的で世間知らずで、無垢か冷笑的な人々によって産み出されていると見なされる。他人の言葉に耳を貸すことは曲解を生むのに過ぎず、特権を悪用する人々には投獄が必要とさえ考えている。中絶反対の立場から堕胎クリニックに爆弾を投げ込む行為さえも辞さない宗教極右が、こうした例にあたる。ナオミ、・・・・・・」
「どうしたんですか?」
「話も、そろそろ終わりよ。最近のあなたの急速な成長に一番、不安を感じているのは私なの。いいこと、あなたは何か使命を持っている。そのためには、つねに広い視野でしっかり物事を聞き、しっかり見ることが必要だわ。でも、時間がない。今日は、あなたに知られている、数少ないアポロノミカンの予言を伝えるわ」
「アポロノミカンの予言・・・・・・」
「予言が詩の形式から成っていることは知っているわね。
清らかなる魂と
邪なる魂が出会う
百年に一度のブリザードの吹き荒れるクリスマスの夜
四人の魔女と神官の闘いが幕を開ける時
血しぶきの海に獅子が立ち上がり
マーメイドの命を救う・・・・・・
例によって何を言っているのかは、よくわからない。
だけど、長期予報によれば今年は百年に一度のブリザードが吹き荒れるそうよ。
どうか注意して・・・・・こんなことしか言えないけど、またあなたがトラブルに巻きこまれる予感がしているの」
ナオミは、新たなトラブルが自分を待っていることを感じた。
しかし、同時にわき上がってくる闘志を押さえることができなかった。
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「これが善と悪が相対的という根拠よ。善は、時代の要請に合えば善となり、時代がそれを排除しようとすれば悪のレッテルを貼られる。あるいは、善も少数派の支持しか得られなければ間違いというレッテルを貼られる。私は思うの。正しいことは悪魔が言っても正しいし、まちがったことは天使が言ってもまちがってる。でも、人はしばしば『奴は悪魔だ。だから、奴の言うことに全て反対する』とか『俺の側には神がいる。だから、つねに自分の決定は正しい』と考える」
「問題は、どこにあるのですか?」
「そうした判断自体は、誰にでもあることでしかたがない。問題は、たしかに『どこに問題があるか』だわ。視野の狭い、柔軟性に欠けた判断をすることの問題は、最初の決定にしがみついて他の提案を取り入れられなかったり、状況に臨機応変に対応できなかったりすることだわ」
「チョイス・イズ・トラジックですね」
「・・・・・・」
「どうしたんですか?」
「おどろいたわ。そのフレーズを知っているのね。私の師匠ドン・パーソン博士の口癖なのよ。一つのことを選んでしまえば、もう別のことは選べなくなる。だから決定には責任を持たなくてはいけない。その意味で、選択は悲劇的だ」
訊かれなかったので、子供の時に夏海から教わったとは言わなかった。ナオミは、代わりに質問した。「最終的に修正されるなら短期的に多数決によってまちがった決定がなされるのも、しかたがないのでは? 多数決の原則をくつがえすことが、民主主義の世の中で可能でしょうか」
「しかたがないとあきらめるのもいいでしょう。もしも最終的に間違いが修正されるのならばね。でも、2つの点を覚えておいて。一つには、間違いには取り返しのつかないものもある。人種差別に基づいてホロコーストで殺されたユダヤ人たちの命は戻ってこないし、原爆投下によって失われた広島と長崎の一般市民の命も戻ってこない。戦争とは、宣戦布告を開始の合図にして主権国家同士が戦闘員をコマにして行うゲームなの。ただし、戦闘員の命がかかっているとても真剣な目的達成のためのゲーム。同時に、戦闘能力の無い捕虜や、ましてや一般市民は守られなければならない。今もナチ思想を信奉するネオナチも存在するし、原爆にいたっては早期の戦争終結に貢献した英雄だというでっち上げがまかり通っている」ナンシーは続けた。
「もう一つ忘れてならないのは、公的な政策決定の範囲を超えるような保守主義とリベラリズムの存在よ。極端な右寄りは通常の保守から区別されなくてはいけないし、極端な左寄りは通常のリベラリズムから区別されるべきなのよ。これも私の先輩のグッドナイトが言ってるんだけど、公的な政策決定においては、リベラルな前提条件も保守的な前提条件も許容範囲だけど、リベラリズムが革命的段階にまで、あるいは保守主義が反動主義的段階にまでエスカレートした場合、もはや公的な政策決定のプロセスに存在すべき場所はないわ」
「どういう意味ですか?」
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「今は保守派が優勢ね。アンケート調査では、保守派を自認する人が3割強、リベラル派を自認する人が3割弱、中道が3割強と言ったところ。80年代のレーガン革命でアメリカは保守化が進んだし、リベラリズムが輝いていた時代の最後の大統領は60年代のケネディまでさかのぼらなくちゃならない。でもアンケート調査なんてあてにならない。どんな場所で、どんな方法で調査をするかによって、データは変わってくる。たとえば、昼の電話アンケートじゃ、生活に追われている人はつかまるわけがないし、ショッピングモールでアンケートを取ってもどんな客層か想像が付くでしょ。ある程度の余裕があって、車で買い物をすることができる幸せな家庭の人々。だから、アンケートからは生活に追われていたり困窮生活を送っている人は、対象からこぼれ落ちてしまうし、不法移民の人々はアンケートには答えない。もちろん、不法移民を国民に含めるかどうかは疑問の余地があるけど」
「ポイントは何なのですか?」
「ポイントはリベラルな前提条件を持つか、保守的前提条件を持つかによって、異なった政策だけじゃなく異なった国家システムを目指すことになるってこと。アメリカの長期政権は中道化の運命から逃れられずに、どちらかに片寄ることはあまりなかった。でも、どちらの前提条件にも支配的になった時代がある。社会矛盾の変革を指向した革新主義、世界恐慌後のニューディール政策、ジョンソンの『貧困との戦い』などがリベラルな前提条件が支配的になった例で、レーガンの保守革命が保守的な前提条件が支配的だった例よ」
「もしも時代の要請によってリベラリズムと保守主義が交代に出てくるなら、歴史の必然と呼ぶべきではないですか? リベラル派が大きい政府によって福祉を充実させたり少数民族の公民権を保証したり、保守派が小さい政府によって財政均衡を目指したり減税によって人々の購買力や企業の活力を高めるなら、両方が異なった役割を持っていると言えるのでは?」
「そこに気づくとは頭がいい。でも、問題はそれだけじゃないの。おもしろいデータがあるわ。リベラルな政策を指向する民主党支持者と保守的政策を指向する共和支持者の比率を、さっき言ったリベラルを自認する国民3割と保守派を自認する国民3割という比率と比べると、違いがあるの」
「どのくらい違うのですか?」
「ガチガチとゆるやかなを合わせて民主党支持者が約4割強に対して、ガチガチとゆるやかなを合わせて共和党支持者も約4割弱なの。でも20世紀の大統領選を見ると、支持者の少ないはずの共和党の方が優勢に立っている。それは富裕層の投票率よりも貧困層の投票率が劣るためよ。だから、勝とうと思ったら2割強の中間層への訴えかけが欠かせない。中間層を味方につければ、相手に行くはずだった票を減らせるからプラスマイナス倍の差になっていく」
「たしかに、そうですね」
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「その通り。リベラルな人々は、大きな政府という基準で政策評価をする傾向がある。変化の原則に基づいて、言論、思想及び公的自由の保障を期待する。個人の選択、ライフスタイル、解放の目的に対しても、合憲文書の拡大解釈が社会に行き渡り適応することが必要と考えている。たとえば、リベラルな人々が同性愛者の結婚に対する権利を尊重するのは、税制上の優遇や遺産相続に関して不利にならないような配慮が時代の要請であると考えるためよ」
「故なき差別に苦しんでいる同性愛者に、異性愛者と同様の権利が保証されることに何の問題があるんですか?」
「同性婚の対応に関して、保守派は結婚を異性間においてのみ認められた神聖なる儀式と考えて、伝統的なモラルを破滅させるような同性婚は権利ではなく特権であり社会的脅威として捉えているわ」
「シビルユニオンのような正式な結婚に準じた資格を与える妥協で済ますにしても、リベラル派の『大きな政府』という考えに何の問題があるんですか? 大きな政府による恵まれていない人たちへのセイフティネットを提供は必要じゃないですか」
「保守派は自助努力(self-help)の精神を信じているわ。『天は自ら助くる者を助く』を知っているでしょう。逆に言えば、貧しい人たちが貧しいのは、努力不足による自業自得ということになるわ。すでに現行税率が高いと考えている人々は、大きな政府によって自分たち税金が貧しい人やがんばらない人に使われることにがまんならないのよ」ナンシーは続けた。「そうした人たちの信奉する保守的な前提条件下では、信念として『永続性』が最善の方向性として熱望されるの。たとえば、伝統的な家族観といった精神だわ。だけど、変化も時に考慮が必要と考えられる。永続性が好まれる理由は、本来、人間は利他的や善ではないため知識は時代の研鑽と個人的達成の試練を経なければならず、政府は権力の乱用や民間活動へ侵害を防ぐ消極的な役割を担っていると考えるの。目指すべきは小さな政府というわけ」
「今度は、性悪説ですね?」
「その通り。システム制御や問題解決を工学的な方法でおこなう試みはうまく行かずに、かえって法律に対する軽視を引き起こすと信じられているわ。永続性の原則に対して、市民の不服従が発現する状況では、体制内部と外部からの脅威に対する力には力の応対が期待される。政府の過剰な関与を削減する変化だけが、基本的自由を復興するために例外的に容認されるの」
「どちらの立場を取るかによって、同じ政策の評価が真っ二つに意見が分かれるわけですね。国全体では保守派とリベラル派の比率は、どれくらいになるのですか?」
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「あなたは、このままでは敵を甘く見るようになる。あるいは、このまま同じ考え方をする人たちにかこまれていると、いつか反対勢力を見失うようになる」
「どういう意味でしょうか? 私の態度が悪いんでしょうか?」
「誤解しないで。文句を言ってるんじゃない。これまで教えた学生の中には、もっと頭の切れるディベーターやリサーチ能力の高い学生もいた。でも総合力では、あなたは数百人人に一人の才能を持ってるわ。持って生まれたものか、何か理由があって才能の方で伸びようとしているのか。でも早熟な才能は、往々にしてトラブルを呼び寄せる。あなたが、ディベート以上に大切なものを見失うのがコワイの。そんな風にならないためにおぼえておいて。現実はディベートよりも、もう少し複雑なの。たとえば、社会正義とは何か? それはつねに相対的なものよ」
「社会正義とは相対的・・・・・・ですか」
「この国には、保守派とリベラル派の対立がある。どちらの立場を取るかによって、何を目指してどのような政策を取るかは、時にまったくの逆になるの」
「いままで考えたこともありませんでした」
「正直でよろしい。ディベート界にいると往々にしてリベラル派が基準になってしまう。ディベート界は魅力的で愉快な連中であふれてるわ。だけど、政治的に自由な価値観を目指して、ライフスタイルにも寛容な立場がリベラルだとすれば、伝統的な価値観や家族観を重んじて要求の厳しいのが保守なの」
「もう少しわかりやすく説明していただけないでしょうか」
「そうね。保守派とリベラル派の対立は、アメリカ社会という時計の振り子のようなものよ。どちらかに一度ゆれても必ずゆりもどしがあって、逆の方向にゆれていく」
「なんとなくわかりますが、もう少し説明してくれますか?」
「カンザス大学の先輩トーマス・グッドナイトは、アメリカ政治はリベラルと保守的前提条件の対立の歴史であると言っているわ。政策決定の場では、こうした前提条件は重要な役割を演じるの。リベラルな前提条件下では、『変化』は不可避で望ましいと考えられる。だが、永続性も時に考慮が必要と考えられる。人間は、本来、悪や利己的でないけど、知識が増大したり状況が変化したり、より効果的に新しい環境への順応性を持てるという理由で変化が好まれるの。危機的状況においては、政府には国民生活への積極的関与と指導が期待される。何事も試してみるまで結果はわからない以上、変化しないことは政府の正統性を疑われることになる。ここまでわかる?」
「人間は、元来、悪ではないと考える。つまり、性善説に立っているんですね」
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「いったい何のこと?」
「君に、来年度のディベート奨学金が支給されることになったんだよ!」
「本当ですか!」
アメリカのディベート名門大学では、フットボールやバスケットボールのように大学の威信がかかっている。対抗試合で優秀な成績をおさめる学生には、授業料免除の奨学金が授与されることがあるし、有望な高校生にはリクルートがかかり大学同士の取り合いになることさえあった。ゴードン自身も1年時から奨学金をもらっており、同時に学年トップクラスの成績を取る秀才であった。
「君はナンシーに感謝しなくちゃいけないよ」
「どういうことですか?」
「まだ聞いてなかったのか。奨学生選考会議で、彼女が君を熱烈に推薦してくれたらしい。ハワイから出て来て一人でがんばってる君の努力に報いないって法はないだろう、とかなり熱弁を振るったみたいだ」
そうか。金銭に困っているわけではないが、けっして余裕があるわけでないことをナンシーはわかってくれていたのか。
ぐっとこみあげてくるものがあった。
次の日の朝。
ナオミは、マウスピークス教授のオフィスのあるビルまで飛び跳ねるように向かった。いつも朝8時半には三階のオフィスに来て、むずかしい顔をしてパソコンをのぞいる彼女にお礼を言うために。
エレベーターに乗るのももどかしく、階段を駆け上がってドアをノックした。「マウスピークス先生、ありがとうございます!」
「ナンシーと呼んで。初めて会った時、階段を駆け上がっちゃあぶないって言わなかったかしら。でも、ありがとうって、いったいなんのこと?」
「ゴードンから聞きました。あなたの熱弁のおかげで来年度ディベート奨学金がもらえることになったって」
ナオミは、次のセリフを人生で何度も思い起こすことになった。
「私は何もしてない。もしも何かした人がいたとしたら、あなた自身よ」
一瞬、ナオミは涙が出そうになった。
だが、祖母トーミから、マーメイドは簡単に泣くもんじゃないと言われたことを思い出してがまんした。
「せっかく来たんだから、コーヒーでも飲んでいきなさい。それくらいの時間はあるでしょう? ここ2年間のパフォーマンスはすばらしかったわ。コミュニケーション学部の教員たちも、本当に感心してる。あなたをリクルートした私としては鼻高々ってところね」
「私なんて・・・・・・すばらしいパートナーとりっぱな監督とアシスタントコーチたちに恵まれたおかげです」
「あなたならどんな名門校に行ったとしても頭角を現したと思う。でも、ケイティやLUCGの仲間(St. Lawrence University Campus Guardiansの略、聖ローレンス大学キャンパス警備隊の意味。第一部第6章参照)との出会いは、特別な意味があったわね」
「はい、そう思います」
「ディベートに関しては、予想以上にうまくやってる。このまま順調にバランス感覚を養っていって。でも正直、あなたは伸びすぎている」
「伸びすぎ・・・・・・ですか?」
ナオミは、だけど成長に伸びすぎなどあるのだろうかといぶかしがった。
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