「ねえ、クリストフのことを忘れてるわ。彼は、本当にクリストフなの?」
皆がダニエルの方を見ると、墮天使は苦しそうなうめき声を上げていた。
「ウッ、ウッ、ウッ、オレはいったい誰なんだ、クリストフ? そんな名の時も、あったような気がする」
「覚えてないの? チャック、シャナハン、それに孔明のことも? ケイティはすぐにあなたがわかったわよ」
「ケイティ……。俺を慕っていたケイティ。それじゃ君は……ナ、ナオミ?」
「じゃあ、本物! 生きてたのね。でも、あのお調子者でプレーボーイだったクリストフの雰囲気が変わっちゃった。まるで……」
「まるで堕天使のようにか」マクミラが答える。
「なぜ、クリストフが堕天使になってるの?」
アストロラーベが答える。「お前が人間として知っているクリストフは元々が、天使長ペルセリアスだったのだ。人間界に来て、マクミラの血の契りの儀式によって堕天使ダニエルに生まれ変わった。今は、精神世界にきたばかりで、3つの人格がまざりあって混乱しているのだろう。カンザスの闘いでは、死にかけていたのが、命をなんとかとりとめたのだから恨む筋合いではあるまい」
「いいの。生きていてくれさえすれば、どんなに変わっていても」一瞬、瞳が潤んだが、マーメイドはやたらに泣くもんじゃないという祖母の教えを思い出した。そのため、ナオミは泣き笑いの表情になった。
「何がおかしい?」マクミラが、尋ねる。
「私は愛する相手にはめぐまれない。だけど、どこに行っても導くものと助けてくれるものには不自由しない。そうは知ってたけど、まさかマクミラ、あなたにまで助けてもらうとは」
「勘違いしないで。クリストフを助けたのは、彼を味方にすればあなたの側の勢力をそいだ上に、わたしの側の戦力を強化できる。一石二鳥だったからだわ。それに今回は、手助けするのはあなたでわたしじゃない」
「それを言うなら、トラブルに引き寄せられるのが私の運命。礼にはおよばない。そして、あなたがクリストフを救ったように、私も夏海を救ってみせる」
ドルガが言う。「夏海とかいう娘は、我とすでに一体化しておる。救われるかどうかという話なら、気高い我と合体したおかげで人間としてはもう生きずにすむのだ。これ以上の救いはあるまい」
「なんてことを! マクミラへの怨みだけでそんなことを」
参謀役のリギスが議論に加わる。「ドルガ様、我らが目的はマクミラへの恨みをはらすこと以上だったはず?」
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「第二部 序章」
「第二部 第1章−1 ビックアップルの都市伝説」
「第二部 第1章−2 深夜のドライブ」
「第二部 第1章−3 子ども扱い」
「第二部 第1章−4 堕天使ダニエル」
「第二部 第1章−5 マクミラの仲間たち」
「第二部 第1章−6 ケネスからの電話」
「第二部 第1章−7 襲撃の目的」
「第二部 第1章−8 MIA」
「第二部 第1章−9 オン・ザ・ジョブ・トレーニング」
「第二部 第2章−1 神々の議論、再び!」
「第二部 第2章−2 四人の魔女たち」
「第二部 第2章−3 プル−トゥの提案」
「第二部 第2章−4 タンタロス・リデンプション」
「第二部 第2章−5 さらばタンタロス」
「第二部 第2章−6 アストロラーベの回想」
「第二部 第2章−7 裁かれるミスティラ」
「第二部 第2章−8 愛とは何か?」
「第二部 第3章−1 スカルラーベの回想」
「第二部 第3章−2 ローラの告白」
「第二部 第3章−3 閻魔帳」
「第二部 第3章−4 異母兄弟姉妹」
「第二部 第3章−5 ルールは変わる」
「第二部 第3章−6 トラブル・シューター」
「第二部 第3章−7 天界の議論」
「第二部 第3章−8 魔神スネール」
「第二部 第3章−9 金色の鷲」
「第二部 第4章−1 ミシガン山中」
「第二部 第4章−2 ポシー・コミタータス」
「第二部 第4章−3 不条理という条理」
「第二部 第4章−4 引き抜き」
「第二部 第4章−5 血の契りの儀式」
「第二部 第4章−6 神導書アポロノミカン」
「第二部 第4章−7 走れマクミラ」
「第二部 第4章−8 堕天使ダニエル生誕」
「第二部 第4章−9 四人の魔女、人間界へ」
「第二部 第5章−1 ナオミの憂鬱」
「第二部 第5章−2 全米ディベート選手権」
「第二部 第5章−3 トーミ」
「第二部 第5章−4 アイ・ディド・ナッシング」
「第二部 第5章−5 保守派とリベラル派の前提条件」
「第二部 第5章−6 保守派の言い分」
「第二部 第5章−7 データのマジック」
「第二部 第5章−8 何が善と悪を決めるのか」
「第二部 第5章−9 ユートピアとエデンの園」
「第二部 第6章−1 魔女軍団、ゾンビ−ランド襲来!」
「第二部 第6章−2 ミリタリー・アーティフィシャル・インテリジェンス(MAI)」
「第二部 第6章−3 リギスの唄」
「第二部 第6章−4 トリックスターのさかさまジョージ」
「第二部 第6章−5 マクミラ不眠不休で学習する」
「第二部 第6章−6 ジェフの語るパフォーマンス研究」
「第二部 第6章−7 支配する側とされる側」
「第二部 第6章−8 プルートゥ、再降臨」
「第二部 第6章−9 アストロラーベ、スカルラーベ、ミスティラ」
「第二部 第6章ー10 さかさまジョージからのファックス」
「第二部 第7章ー1 イヤー・オブ・ブリザード」
「第二部 第7章ー2 3年目のシーズン」
「第二部 第7章ー3 決勝ラウンド」
「第二部 第7章ー4 再会」
「第二部 第7章ー5 もうひとつの再会」
「第二部 第7章ー6 夏海と魔神スネール」
「第二部 第7章ー7 夏海の願い」
「第二部 第7章ー8 夏海とケネス」
「第二部 第7章ー9 男と女の勘違い」
「第二部 第8章ー1 魔女たちの二十四時」
「第二部 第8章ー2 レッスン会場の魔女たち」
「第二部 第8章ー3 ベリーダンスの歴史」
「第二部 第8章ー4 トミー、託児所を抜け出す」
「第二部 第8章ー5 ドルガとトミー」
「第二部 第8章ー6 キャストたち」
「第二部 第8章ー7 絡み合う運命」
「第二部 第8章ー8 格差社会−−上位1%とその他99%」
「第二部 第8章ー9 政治とは何か?」
「第二部 第8章ー10 民主主義という悲劇」
「第二部 第9章ー1 パフォーマンス開演迫る」
「第二部 第9章ー2 パフォーマンス・フェスティバル開幕!」
「第二部 第9章ー3 太陽神と月の女神登場!」
「第二部 第9章ー4 奇妙な剣舞」
「第二部 第9章ー5 何かが変だ?」
「第二部 第9章ー6 回り舞台」
「第二部 第9章ー7 魔女たちの正体」
「第二部 第9章ー8 マクミラたちの作戦」
「第二部 第9章ー9 健忘症の堕天使」
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精神力の弱いものは弱いなりに、精神力の強いものは強いなりに、精神世界では、すべてのものが自分のイメージする姿を取ることができる。
精神世界の中央広場には、真紅のマントに身をつつんだマクミラがいた。マントの中には二本の真っ赤な鞭を隠し持っている。すぐ脇に、白銀のマントに身をつつむミスティラがいた。右には、漆黒のマントと軍服に身をつつんだアストロラーベがいた。貫き通せぬものはないと噂される半透明の槍を抱えている。左には、一振りで千の魔物の首をはねとばす大鎌を背中に背負ったスカルラーベが、はげ頭に筋骨隆々とした体躯をドクロでできた鎧につつんでいた。
ナオミも、カンザスの闘い以来、海神界時代の真珠の戦闘服に身を包んでいる。
ケネスは、上半身の服がはだけてメーライオンのタトゥーがむき出しになっているが、自分が変化したイメージを持っていないために人間の姿のママになっている。ジェフも、マクミラから血の洗練を受けていたせいで精神世界に来る資格を得たようだった。
だが、場違いと思われる人間が二人人まざっていた。
サソリの仮面をかぶったままで逆立ちしたさかさまジョージは、小脇にアポロノミカンを抱えていた。
「何だい、みんな、その目つきは? こんないかれた世界はボクにこそふさわしい。自分たちがふさわしくて、他人がふさわしくないなんて、いったい誰がいつどこで決めたのさ?」
ケケケケ、と高笑いを上げる。
あろうことか、会場に来ていた夏海の息子トミーまで来ており、何が起こったのか理解できずにがたがた震えている。ドルガが、母親の愛情あふれる夏海の声で語りかける。
「坊や、これは夢の中の出来事なのよ。すべて終われば、あなたはベッドの中で目覚めているわ」
トミーは、気丈にうなずいた。ドルガの精神にも、夏海の肉体が影響をおよぼしているのかもしれなかった。
マクミラが、そっと目配せするとキル、カル、ルルがトミーのそばで慰めるようにクンクンと鳴きだした。ついに、これで役者が揃った。
今度はドルガが、迫力にあふれた地声でアストロラーベに話しかける。
「冥界の貴公子、久し振りじゃ。さすが古今東西の魔術に通じているだけのことはある。だが、わざわざ人間界までやってくるとはなんとも妹思いなことよ」
「悪魔姫、お主こそ大丈夫なのか? いつもなら見目麗しい姿が、その様子では人間界に来てからだいぶ長く人間に取り憑かずにいたらしい。羽や爪の先が、だいぶ崩れているぞ。お主は、これまで闘った中で最高の敵だった。よもや私をがっかりさせるようなことはあるまいな?」
「心配無用。我らが実力はいささかも衰えてはおらぬ」
状況がまったくわからずにいらだったナオミが、話に割り込む。
「ちょっと、私を仲間はずれにして。いったい何が起こっているの? 夏海がまるで全く別人になっちゃったのはどういうわけ」
「我が名はドルガ」
「いったい、何!?」
マクミラが答える。「あなたは、海神界の完全な記憶を持っているわけじゃなかったわね。まずはご挨拶からね。お久しぶり。ちょっとは成長した?」
「大きなお世話よ! 挨拶なんてしてる場合じゃないわ」
アストロラーベが言う。「ナオミよ。お前の姉アフロンディーヌのいいなずけだったアストロラーベだ。覚えているか?」
「そんな人がいたような気がするけど・・・・・・」
「とんだ挨拶だな。まあ、よかろう。わかりやすく説明する。冥界最高位の神官マクミラが、人間界に来て以来、冥界の結界がゆるんでしまい極寒地獄コキュートスから捕らえられた魔女四人が脱獄したのだ。そこにいるのが、『爆破するもの』で悪魔姫ドルガ、『いたぶるもの』で氷天使メギリヌ、『酔わすもの』で蛇姫ライム、『悩ますもの』で唄姫リギス。四人は、マクミラに復讐を誓っている。妹を救うために、兄である我々アストロラーベとスカルラーベ、妹のミスティラが冥主様によって送り込まれたのだ。お主と父上殿も、アポロノミカンによってさだめられた運命の一部。すでにゲームのルールを変えることが、最高神会議によって決定しているのだ」
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会場にいたすべての人間が、ストップモーションになったかのように動きを止めた。
次の瞬間、ケネス、ナオミはグニャリとゆがんでいく時空の裂け目に、冥界所縁のものたちと一緒に吸い込まれていった。
これこそがマクミラとダニエルが、何ヶ月もかけて練った作戦だった。アポロノミカンの予言を分析した結果、魔女たちがクリスマス・フェスティバルを狙って来ること、キャストの四人のベリーダンサーに取り憑くこと、それをふせぐことは不可能であることまでは予測がついた。
作戦を進展させたのは、アストロラーベだった。
今回のゲームに人間を巻きこむことは許されない、冥界、海神界、天界だけで片をつけるべき筋合いである、そして、それが魔女たちに対して勝機を最大限化すると主張した。もとよりマクミラとダニエル、アストロラーベに反対意見があるはずもなかった。
しかし、アストロラーベが、冥界三大魔術の一つ時空変容ミラージュによって闘いの場を精神世界に移すと言ったときには、マクミラは強く反対した。
この儀式は、冥界にも現在では使えるものがほとんどいなかった。巨大なエネルギーを無理矢理に止めるため、これまで数々の魔法使いの命を奪って来た危険な技であったからである。
しかし、マクミラが押し切られたのには、二つの理由があった。
ひとつには、アストロラーベの冷徹な戦力分析のせいだった。
人間界に来て20年、マクミラがようやく取り戻した力だけで魔女と闘えば、赤子の手をひねるようにやられてしまう。仲間と共に、精神世界に移動して全員が本来の実力を出して初めてなんとか闘いになると予想された。
第二に、マクミラがミシガン山中に立てた第3の建物ナイトメアランドでおこなってきた研究成果だった。アストロラーベが異次元空間同士とつなげても、666分間ならなんとか大きな危険は冒さずにすむという見通しがあったからだった。
いったん入り込んでみると精神世界は、サルバドール・ダリの溶けた時計で有名な絵画以上の不条理さだった。
地は溶けて流れ、天は渦巻き、海には噴火する山脈から流れ出る溶岩が絶え間なく流れ込んでいた。つい先ほどまで青かった背景は、瞬時にして黄色く変わったかと思えば、次の瞬間には真っ赤に変わった。しかし、アストロラーベの魔力によって、溶けた背景が形を取り始めると、中央には宇宙ロケットのような高い塔がそびえ立ち、中央のスペースには神々の銅像が彫り込まれた回廊が出現した。
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「ダブル・ヴェール」(“Double veil”)が流れ出して、マーメイド役の夏海にとりついたドルガが、中央に現れた。金色のフォルスターネックとスパンコールブラとマーメイドスカートが、本物の人魚のような雰囲気を醸し出している。ドルガは、扇子の先に薄手の布がついたファンベールを右手に持っており、ひらひらと炎のような動きをさせる。
その美しさに気を取られた次の瞬間、観客は驚愕した。ドルガが、ターンを繰り返すと悪魔姫の本性を現したからだ。彼女は、巨大な翼竜の羽を持っており、羽ばたきのたびに小さい竜巻が起こる。
今度は、氷天使メギリヌも本性を現して、美しい16枚の黒い羽を広げる。外面の気高さと内面のサディストは、大魔王サタンになってしまったかつての天使長ルシファーの両面を表していた。
次に、蛇姫ライムが、本性を現して母エウリュアレ譲りの青銅の腕と黄金の翼を左右に広げる。怒りに身をまかせた、青銅の顔にイノシシの牙と髪のすべてが蛇になって口から長い舌が垂れ下がった醜い姿には変身しない。その姿には、仲間でさえ血も凍る恐怖によって石になってしまうが、まだ美しかった頃の叔母メデゥーサにうり二つの姿を見せている。
最後に、唄姫リギスが本性を現して、優雅にコウモリのような羽を動かす。
観客は、恐怖を感じ震え上がっているが、まだ演出だと思って席についている。
「待つがよい。魔女たちよ、思いっきりやりあえる闘いの場を用意してやろう」アストロラーベが、声をあげた。「いざ、時空変容ミラージュの儀式を始めん。この日、この時、この場に集りしすべてのものよ。もしも我らと前世よりのなんらかの縁あるならば、共に精神世界へ赴きアポロノミカンに予言された闘いに加わらんことを願う。もしも汝らになんの縁もなかりせば、この場にとどまりすべてを忘れるがよい」
アストロラーベが、左右の手のひらを下に向ける。「吹き出す蒼き炎よ、この場のすべてを覆い尽くすがよい! 吹き出す蒼き炎よ、選ばれしものにふさわしい闘いの時と場所を与えんことを祈らん! 吹き出す蒼き炎よ、このふさわしきものどもに名誉と祝福を与えん!」手の平から吹き出す蒼い炎は、自らの意志を持つように会場を覆っていた。だが、その見た目の激しさとは裏腹に、まったく熱さを感じさせなかった。
バルコニー席から見ていたナオミは、最初、舞台が動き出したのかと思った。
しかし、動いていたのは舞台ではなく観客席の方だった。回転するスピードはどんどん早まっていった。
アストロラーベのセリフは、まだ続いている。
大いなる時よ、しばしその歩みを止めよ
大いなる時よ、しばしの眠りに就き
大いなる時よ、我らの行いを静かにながめるがよい
大いなる場よ、しばしその動きを止めよ
大いなる場よ、しばしの眠りに就き
大いなる場よ、我らに精神世界の闘いを許すがよい
ドルガ、メギリヌ、ライム、リギス、アストロラーベ、スカルラーベ、マクミラ、ミスティラ、そしてすべてのこの場に居合わせし神界に所縁あるものたちよ
いざ、我とともに精神世界へゆかん!
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フェスティバルは、中盤の第四幕「夕焼けに映える真紅の海は、軍神ベローナの勝利の雄叫びの刻」にさしかかった。都の支配をねらう蜃気楼の魔神が現れて、サソリを通じて魔女たちをそそのかして太陽の化身たちに争いを仕掛けるというストーリーだった。
「ヤー・バアヒィヤ」(“Yah Bahiyya”)の不気味な調べが始まりサソリの仮面がかぶった役者が、ステージに踊り出た。なぜか小脇に何か本のようなものが入った特殊ガラスケースを持っている。
役者が、甲高い子供のような声で叫ぶ。
ウヒヒヒヒ、ついに時が来たぞ!
ピョンと逆立ちすると、台本とはまったく違った歌を歌いだす。
いつの間にか曲が、「リバース」(“Rebirth“)に変わっている。
すべてを燃やし尽くす蒼き炎が
すべてを覆い尽くす氷に変わり
猛々しき白骨が愛に包まれて石に変わり
冥界の神官が一人の人間の女に変わる時
巨大な合わせ鏡が割れて
太古の蛇がよみがえり
新たなる終わりが始まりを告げて
すべての神々のゲームのルールが変わる
さあ、新しいゲームの始まりだ!
サソリの仮面をかぶった役者が宣言する。まだ出番ではなかった冥界からの助っ人クラリス役マクミラが、ハスキーボイスで尋ねる。
「蜃気楼の魔人よ、何を考えている?」
「何も考えてない。ただ、その時々にしたいことをするだけ。ケケケケ、ボクが手に持っているものが何かわかる? このケースを開けてしまえば、この会場中におもしろいことが起こるよ」
「まさか! アポロノミカンを持ち出しているのか?」
「クックックッ、そのまさかだよ。おねえちゃんと直接、話すのは初めてだね」マスクをはずした顔は、メイクアップでもしたようなピエロ顔でニヤニヤ笑い。髪がザンバラになって、下に垂れている。「ボクの名前は、さかさまジョージ。リギスねえちゃんがつけてくれた渾名は、サーカス団で育てられた悪魔の子、遊園地に住みついた魔法使い、人にまざってレスリングに興じるゴブリンだよ」
「マッドの奴、元々狂っていたが、とうとうおかしな奴に乗っ取られたか」
「ちょっとちがう。進化したと言ってほしいね。弱虫魔道やいじけるしか能のないマッドとちがって、ボクには知恵がある。悪知恵だってね。もうマクミラねえちゃんを思って、苦しむこともなくなるんだ。魔女たちとボクは取引した。おねえちゃんたちがマクミラねえちゃんを誰のものでもなくしてくれれば、ボクがアポロノミカンをおねえちゃんたちのために使いこなしてあげる。さあ、ドルガねえちゃん、登場〜!」
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舞台は、第三幕「波しぶきに輝く白色の海は、天かける最高神ユピテルの輝きの刻」に進んでいく。
ダニエルが、再び歌い出す。
おお、白い海の波しぶきを見るがよい
最高神ユピテルの輝きの刻が来た
愛こそ、この喜びのときにふさわしい
愛こそ、この世でもっとも貴きもの
だが、愛こそ、この世でもっとも不可思議なもの
試みずには、知ることはけっしてできぬもの
愛は、論理や倫理にはけっして当てはまらぬ
愛は、喜怒哀楽のどれにも似て、どれとも非なる
だが、すばらしきがゆえに破滅にみちびく
愛は、すべてを奪うものが、奪うことでなにかを与える
愛は、苦しめるものが、苦しめることで歓喜を与える
愛は、この世でもっとも貴きもの
だが、貴きがゆえにはかなくうつろいやすい。
愛は、愛し合うものがいるときは誰もその価値を知らず
失って初めて、どれほど大事であったかを知る
次に、魔女たちと太陽の化身が最高神ユピテルに捧げる剣舞に進んだ。彼らの住む都が、海と太陽の恵みを受けて繁栄するための祈りの剣舞であった。「アナ・ウェル・レイリ」(“Ana Wel Leil”)が始まると、いきなリギスが、イシスウィングをコロナ役ダニエルの方に羽ばたかせる。扇状の翼には、切っ先鋭い十数枚のナイフが仕込んであり、とっさにかわす。そのままの位置にいたならば、身体が上下生き別れになるところである。だが、コロナはこの程度か、といわんばかりに微笑んでいる。
ライムが、シミターを太陽神役のアストロラーベにいきなり振りかざす。本来イミテーションの湾曲した剣だが、触れればただではすまない切れ味である。だが、アストロラーベもさるもの、腰の剣を抜いて何食わぬ顔で受け止める。
メギリヌが真鍮入りで3キロもあるアサヤを、スカルラーベの頭上にかざした。冥界の将軍だけあってスカルラーベも、腰の剣で難なく受け止めて、表情一つ変えない。
ダニエルとアストロラーベ、スカルラーベの三人が、目配せをする。
ここまでは折り込み済みと、楽しんでいる雰囲気さえただよわせている。
ほとんどの観客は、何も知らずに迫力満点の演出だとよろこんでいる。
観客の中で、何かがおかしいとナオミとケネスだけが気づいた。
「おい」小声でケネスが、話しかける。「今の雰囲気はただごとじゃない。殺気にあふれていたぞ」
「重さを感じさせないけど、剣もスティックも尋常じゃない感じ」
「お前も気づいたか。さすがは俺の娘だ。大部分の観客は何もわかっちゃない。もう少し様子を見るが、気を抜くな」
「わかったわ」
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