またたび

どこかに住んでいる太っちょのオジサンが見るためのブログ

震災から八ヶ月

2011-11-11 08:07:05 | 震災関係
震災から八ヶ月が過ぎました。
朝のニュースを見る限りでは『震災から八ヶ月』という報道はされていませんでした。
これが恐れていた「風化」ということなのでしょうか。

被災地の現在の様子をテレビ等々の報道でみることはなくなりました。
ガレキの映像などをもう見たくないという声も聞こえてきます。
人それぞれの価値観なので否定も肯定もしませんが、それに対して
日に日に私の中でモヤついた気持ちが大きくなり始めています。

果たして、このままでいいのだろうか。
数年後もこのままでいいのだろうか。

私は正直迷っています。

私は気仙沼生まれの気仙沼育ち。
思い入れのある場所は被害が大きい。
18年間住んでいた実家は跡形もなくなった。
気仙沼にいる家族は周りの支えがあって、何とか立ち上がることが出来たけれども、
気仙沼が復興したというわけではありません。

生まれ育ててくれた故郷に貢献したいという気持ちが
日に日に高まってきているのが現状です。

ある人は話してくれました。
「今の仕事を辞めて被災地でボランティアをしたいと相談されたことがあって、そんときに言ったことはその考えは絶対に間違っていないし、私だってボランティアで復興へ向けて協力したい気持ちはある。それも大切なことだけど、私はこう思っている。復興する道で重要なのは景気、経済が活発になることだと思うんだ。今の仕事を続けることが社会の歯車になっていることであって、その歯車を停滞させてはいけないとも考えているんだ。仕事を続けていることでも復興への手助けになっているとも捉えるが出来るんじゃないかな。」

今の仕事が楽しくて成長を感じていて「オレの進化が止まらねぇー」といった具合で
残業が全然苦にならず、しかも周りに恵まれているのですが、
モヤモヤ感がぬぐい去ることはできません。
果たして、このままでいいのだろうか。
数年後もこのままでいいのだろうか。
頭から離れません。

「完全に風化してしまう前に」
決断が迫られているような焦燥感で溢れています。
迷いの中から後悔がない選択をしたいと思います。



つらつらと駄文申し訳ございませんでした。



今日はFACEBOOKとツイッターには連動させませんでした。


八ヶ月過ぎた今日、テレビなどの報道で
「ここまで復興した」それに対して「ここは何も変わらずにいる」などのありのままの姿が見たいです。

家のガレキから発見した青春のドラムです。
またこの幸町に住めるように。