1959年から1984年までに、9万数千人の人々が、北朝鮮に渡ったのだが、これには、さまざまの問題があった、北朝鮮はいい国だとはやしたてたニッポンのマスコミの無責任さ、だから、彼らは、このケースに触れたがらない。
なにしろ「地上の楽園」とまで記した新聞があったくらいだ、
「新潟から船に乗れば エスカレーター式に『完全就職・生活保障』の理想社会に到着できる」
これを書いたのは、朝日新聞ではなく、他の新聞だった。
日本の新聞、このトラウマを克服できていないのかもしれない、もちろん、その現実は、タイヘンなもので、9万数千人のうち、どのくらいの人々が生き残れたか、なかには、その年の冬を越せなかった者もいたようだ。