菩提を弔う女院、終焉の地-大原西陵-

2012-12-25 23:51:44 | 歴史あるトコ-京都

祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

おごれる人も久しからず

唯春の夜の夢のごとし

たけき者も遂にはほろびぬ

偏に風の前の塵に同じ


有名な「平家物語」の冒頭の一説です。

 

日曜日、NHKの大河ドラマ「平清盛」が最終回を迎えました。

色々ありましたが、打ち切りにもならず、無事終了です。

 

 

元暦2(1185)年3月24日、平氏は壇ノ浦の戦で滅亡しました。

幼帝・安徳天皇は二位尼(平時子)に抱かれ入水(諸説あります)。

安徳天皇の母、建礼門院徳子も後に続きます。

しかし、源氏方の渡辺昵(むつる)に引き上げられ、生き延びました。


徳子は洛西・吉田を経て、大原・寂光院に移ります。

後白河院の大原行幸などを受け、

平家一門と安徳天皇の菩提を弔い、大原の地で終生過ごしました。


大原・寂光院は、諸説ありますが、聖徳太子が創建したともいわれいます。

2000年5月9日放火され、本尊も焼失してしまいますが、2005年再建されました。


この寂光院の近くに建礼門院徳子の墓があります。

 

多くの観光客が参拝に訪れています。




一度、行ってみて。

 

 



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