亡き次男に捧げる冒険小説です。
===============
一五
愛馬・烈弩馬龍は一定の速度を守り、東に進んだ。騎乗するハーラにはなんの当てもなかったが、街道を進めるだけ進もうと思っていた。新都には何度も訪れたことがあったので、《聖騎士》の力があれば如何様にも食べていけると、その程度の考えであった。
どんなに頑張っても50キロメートルも進めば馬は限界を迎える。初日の晩はまだ西マータの領内だった。追手は来ないだろうとたかを括っていた。それだけの余力が我が家にはない、そう踏んだのである。領地の防御を固めるくらいの戦力はまだ有していた。逆に言えば、それ以上のことには手を割けないということだ。優秀な家臣たちだ。《年降る緑色竜》の反撃に備えるため最良を尽くしていることだろう。ハーラの分析は正しく、その晩は静かなものだった。深夜に見た悪夢を除けば。
迫り来る《緑色竜》は女子供を一飲みにして行く。怯えて腰を抜かしたハーラの前で、《緑色竜》は嫌味たらしく腰を下ろす。ギラギラと光る縦長の瞳孔が一際恐ろしかった。顔を引き攣らせるハーラに鼻を近付けると、酸っぱい匂いの鼻息をかけてきた。《緑色竜》特有の猛毒ブレスがわずかに漏れ出て、ハーラは激しく咳き込む。自分の咳の苦しみでハーラは目を覚ました。ハーラは無力さに腹が立ち、地面を強かに打ち据えると、また眠りについた。
次の日の逃避行で南マータに入れた。新都まではまだまだ掛かるが、故郷を遠く離れた安堵感が清々しかった。自分に頼るだけ頼って何の力も貸してくれない母と弟たちのことは忘れるように努めた。その晩も悪夢を見た。長い《竜》の舌先がハーラの顔面を舐め回す。恐怖に竦(すく)むハーラに逃れる術はなかった。《竜》の唾液にも毒の成分が含まれるのか、舐められた先から皮膚が赤く爛れて行く。痒い!痛い!ハーラは苦痛に顔を歪めた。《竜》には抗えないと諦めていると、ズシンズシンと遠くから響く音が聞こえた。顔を上げると、朝日が見えた。いつの間にかハーラは目を覚ましていたのだ。
2日目の夢も悪夢ではあったが、目が覚める瞬間は恐怖が消えていた。あの夢は何を暗示しているのだろう、そんな答えの出ない考えに囚われながら3日目も馬を飛ばした。烈弩馬龍の健脚のおかげで東マータに入ることができた。しかし3日もの逃避行はハーラの心身を削るものであった。愛馬の疲れもあり、ハーラは早めの休みを取った。故郷から遠く離れたため、初めて宿屋で眠ることにした。2日ぶりのベッドは心地よく、天使に抱かれるような感覚のままハーラは深い眠りに落ちていった。
ズシンズシンと近付いた巨大な《竜》に押し除けられて《年降る緑色竜》が逃げ出した。偉そうに踏ん反り返っていた《年降る竜》がすごすごと逃げ去る姿は痛快であった。しかし目の前にはさらに凶悪な《竜》がいる。《年降る竜》を遥かに凌駕する大きさの《竜》はやはり邪悪な瞳を歪めてハーラを見下ろした。
「こんなものか?」
挑発的な声をかけると巨大な《竜》は後ろ足で立ち上がった。まるで小山のようにそびえ立つ威容にハーラは声が出なかった。暫く《竜》はハーラを観察していたが、
「戯れだ。」
と言い放つと、ぽいと光の玉を投げてよこした。それを受け取ったところでハーラは目を覚ました。ハーラは無意識にスイマール家の印籠を握っていた。握った手に《織》が集まり、《魔術師》の力が発現していた。ハーラは《生得魔術師》に覚醒したのだった。
学んだこともない呪文が頭の奥底から湧き出てくる。その気持ち悪さが受け入れ難く、魔法の使用を躊躇っていた。そのため昨晩の戦いでハーラが《生得魔術師》の力を行使することはなかったのだ。だが弟分たちの見せた《竜の奇跡》の力は自分も欲するところであり、剣に猛毒を宿すという《竜の奇跡》は甘んじて受け入れることができた。《竜の奇跡》も《生得魔術師》の力の一部かもしれないと思うと、自分のこの新しい《クラス》(生き方・在り方とも訳せる)を受け入れようとハーラの考えは変わった。
ハーラは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「《聖騎士》が魔法にかぶれるなどはあってはならないと自分で勝手に決めていた。でも今はそんなことを言っている場合じゃない。使える力は何でも使って、テーリの願いを叶えてやりたい。どうだテーリ。僕の《生得魔術師》の力は役に立つか?」
ハーラが話している間、終始黙って頷くばかりのテーリであったが、二人に目を合わせると不適な笑顔を浮かべた。
「勝算の目処が立ったよ!」
【第2話 一六に続く】
次回更新 令和7年2月23日日曜日
===============
テーリ単身の迷宮探索。ハテナ義兄弟初めてのダンジョン・アタックの始まりだ!
冒険者3levelになったナーレ・ボルバケト
クラス:僧兵2level/吟遊詩人1level
・気を練った戦いができるようになった。
・打撃の嵐や風のステップに習熟した。
・基本的な移動速度が増した。
・使用した気を回復する秘術を覚えた。