5
すぐに両親が駆けつけてきた。
「大丈夫、守」母親が守の手をとり言った。
「大丈夫です、いま安定剤で落ち着いています……」医者が言った。
「そうよかった」父親が言った、「守何があったんだ。学校ではお前が疑われている。お
前が上田里志という6年生を脅し、5万円巻き上げた事になっている、中学生にたのんで
。そんなことはないよな」
「……そ、それは、逆だよ」守は舌がもつれながら話した、「ちが……あいつが全部で5
万円僕にしはらえって。そのうち1万円は、前の日に僕を殴ったぶんだって言ってた。だ
から残りの4万と足して5万だ……そんで、すれ違ったとき仲間に足を引っ掛けられ僕こ
ろんだんだ……」
「それを誰か見ていなかったか」
「わからない……だれか……」
「おとうさん、それぐらいにしといてください」看護婦が言った、「脈が不安定になって
います」
「お、おじさんが……橋の下のオジサンが……」
それだけ言うと守は眠ってしまった。
「看護婦さん、大丈夫ですか」母親が言った。
「睡眠薬をすこし処方してありますので、効いてきたのでしょう」
「よかった、ただ眠っただけね、意識を失ったのかと思った」
「私が付き添っています、あなた帰って。で、あした担任の先生に言っといてくんない。
重松先生は生徒思いのいい先生よ」
『何がいい先生だ』父親はむっとした、「わかった、橋の下のオジサンの事も言っておく
」
6
次の朝、父親は自分で調理し、食べた。会社には、有給で休む事にし、その旨電話した
。朝学校へ向かって歩き始めたが、川を渡るとき、ふと息子の言葉を思い出し、橋の下を
覗いてみた。焼け焦げたにおいがし、3、4人の刑事らしい人が忙しそうに動きまわって
いた。
「刑事さん、この人です」中学生らしい子供が守の父親を指差して叫んだ。刑事たちは、
父親を取り囲み、中の一人が言った、
「ゆうべの9時ごろ何処にいました?」
「……びょ、病院です……」
「それを証明してくれる人はいますか?」
「あ、ちょっとまって」守の父親は病院の時計を思い出した、「病院を出た時刻は8時5
0分ごろでした」
「じゃ、それから9時半ごろまでのアリバイを証明できますか」
「いや、そのまま家に帰り、ビールを飲みながらテレビを見ていたら眠ってしまいました
」
「なるほどね、アリバイはないわけだ」
「たしか、音楽番組を見ていました。内容も話せます」
「そんなもの証拠になりますか、出演していた歌手がテレビの中からあなたを見ていれば
別ですがね」隣の若い刑事が言った。みんなは薄笑いした。
「任意同行願います」
「まったく、あなたがたの言っている事は意味不明です、私は学校へ行く用事があります
。息子に言われて……」
「ええ、息子に言われてこんな事をしたんですか、ひどい」
刑事はすぐに携帯で電話した。
「新井さんですか、守君の父親が息子に言われて犯行に及んだみたいです。任意動向を申
し出たんですが、学校に行ってからにしてくれって言ってます」
「だめだめ、そんな危険な人物を学校にやったら何をしでかすかわからない。緊急逮捕だ
」
「わかりました、8時30分危険人物として逮捕する!」
「ま、待ってください、逮捕礼状もなしに逮捕できないでしょう」
「ポケットの中を調べてみろ!」
若い刑事が父親をねじ伏せると、道路にうつぶせに押さえ込み、馬乗りになり、ポケッ
トをまさぐった。
「こんなものがありました!」
それは小さなドライバーだった。
「まったく、あきれたもんだ、これだけでも逮捕できる。どうして、こんなものを持って
いるんだ」
「そ、それは、……」父親は、瞬間、どうして入っているものか緊張のあまり、答えが出
てこなかった。
それからパトカーで警察署に連行され、きびしい取調べを受けた。
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