結婚して子どもができるまでは、12月という月は氷のように冷たく、棘のように心を突き刺した。12月は父と母の命月であり、私の誕生月でもあった。
一人っきりのクリスマスソングは喜びの欠片も無く、輝くショーウインドウには無縁で、貧しく街を吹き抜ける木枯らしが現実だったから。
こんな月に生まれたことが二倍の痛みだったけれど、生きるために平気な顔をして、ボロボロの心に鍵をかけていた。
今もし、その頃の私に戻って言葉を掛けるなら「生きてくれてありがとう」だけ。
本当はイエスさまに命を守られて、生かされていたのだけれど・・。
今は、そんなきらびやかさとは無縁な田舎町で、ひっそりと11月と同じように12月を生きている。
子や孫まで給わって彼らを喜び、12月生まれの次男とはクリスマスと誕生日を一つにして、ちょっと祝うこともある。
父母や夫の写真を穏やかに見て、家族を楽しみ、神と家族の愛に覆われて遠い日々を思い出す。
イエスさまが用意してくださっていた場所は、今、感謝を満たす器のようになっている。
八十歳を迎える。若い日々には今にも消えそうだった命が、父母の命の倍以上も生きたことに驚きあきれている。