帰って来てから、別にコンサートへ行った友人から新聞が送られてきました。
送るから内容教えてと。
Sさんのススメで私も2種類ほど新聞を持ち帰りましたが、これが一番記事が大きいかも。
ということで新聞訳してみました。
以下訳。
godもファンも幸せだった涙の150分
(写真)12日午後ソウルの蚕室総合運動場サブ競技場のステージで踊るgod
関節と体力は以前とは同じではないが‘国民グループ’の再結成という実話はずっしりと重かった。
左側からキムテウ、デニーアン、ユンゲサン、ソンホヨン、パクジュニョン
結成15周年を迎え再結成コンサート
1万5千個の風船は依然空色だったが、風船の下の少女は変わっていた。
12日夕方ソウルの蚕室総合運動場サブ競技場で開かれた、男性グループ‘god’の
15周年再結成コンサートが涙の海に変わるのに数分はかからなかった。
午後8時16分、ステージ両側に掛けられた大型の時計の針が逆に回り始めるなり客席が湧き始めた。
少しして幕が上がったステージにはキムテウ、デニーアン、パクジュニョンは勿論、
昨年自殺を図り暗い時間を送ったソンホヨン、2004年俳優を夢見てgodを脱退したユンゲサンもいた。
godは2時間30分の間、20曲を消化しながらステージの上で辛そうな顔も見せた。
2004年ユンゲサン脱退後10年ぶりに完全体で帰ってきた
空色風船15000個ぎっしり
歌とラップは全盛期そのまま
‘フライデーナイト’、‘観察’ 、‘哀愁’の群舞が終わり疲労困憊し座り込んだりもした。
歌やラップは全盛期の様だった。
1999年デビューしたgodは韓国のアイドルグループの系譜の独特な位置にいた。
アイドル第1世代の‘H.O.T.’、‘ジェクスキス’、‘神話’の次に登場したアイドル韓流を起こした
‘東方神起’(2004年デビュー)以前まで男性グループ時代の架け橋の役割をした。
‘お母さんへ’、‘嘘’、‘道’など感性的な曲で老若男女を引き込み、‘国民歌手’ではなく
‘国民グループ’という造語を作り出した。
バラエティ番組‘godの育児日記’を通し‘お姉さんファン’‘叔母さんファン’時代を起こし、
‘アイドルグループを売るならリアリティ番組を撮れ’というヒット公式も作った。
デビュー当時10代だった末っ子キムテウは2人の娘の父になった。
2004年ユンゲサン脱退後2005年4人組で7集を出し、その年12月別れのコンサートをした
godは公演後半にメンバー5人がみんな集まったという意味で‘g5d’という新しい文字を作り出した。
ユンゲサンがビデオレターを通しメンバーとファンみんなに感謝を伝え
「今日はとても幸せな、ただの‘普通の日’(godの歌のタイトル)と言うとメンバーと
ファンすべてがしばらくの間、涙を止められなかった。
今回の再結成には音楽企画社を作り、歌手と製作者の道を歩むキムテウの努力が大きく作用した。
最近出した8集の共同プロデューサーも務めたキムテウは公演後記者と会い、
「変わらないファンたちの熱気が兄貴たちを説得したが、一番大きな力になった」
と言いながら
「8月まで全国ツアーを終えた後、また各自の活動をすることになるが、godとしての
公演とアルバム活動のため、話し合いをしている」と話した。
最近、向精神性医薬品‘ゾルピデム’を無断服用していた容疑で検察の捜査を受けたソンホヨンは事務所を通し、
「昨年の事故(恋人死亡の後自殺を図る)以降、それ以上睡眠薬(ゾルピデム)を服用していなかった。
最近薬物検査でも明確に判明した」と伝えた。
京畿河南から来た、イヨギョンさん(28)は
「godのデビューの時、小学生だったけどいつの間にか社会人になった。子供の頃は、
少し行き過ぎた歌詞がまた別の意味で近くなった」
と言いながら
「最近のアイドルグループも素敵だけど、godの歌詞や歌が与えてくれる情緒的な響きは特別だ」と話した。
‘88年 ボンジョヴィ’と‘99年 god’
アメリカ・ニュージャージーで生まれたヴォーカリスト ジョン・ボン・ジョヴィ(52)が
率いたグループ ボンジョヴィの1988年のアルバム‘ニュージャージー’(写真)…。
韓国式に言うならバンド‘チョンソ’の‘京畿道’のアルバムのようだ。
俗っぽい言葉で88年度, すなわち 1988年にはこんな古典的な名づけも通じた。
小学校運動場で ‘手に手を取り合って’を歌い童心を育てたその年にクィーンズライクの
‘オペレーション: マインドクライム’, メタリカの ‘ … And Justice for All ’,
ガンズ・アンド・ローゼズの ‘GN'Rライズ’ のようなカッコイイなアルバムがあふれた。
へビーメタルの夕暮れを予言するようにジェーンズ・アディクションの ‘ナッシングス・ショッキング
’(何も衝撃的ではない)が出たのもG-DRAGON が生まれたこの年の事だ。
とにかくまさにこの京畿道, いや ‘ニュージャージー’ のアルバムは ‘Lay Your Hands on Me’
‘Bad Medicine’ ‘Born to Be My Baby’と続く初めの3曲からクリーンナップトリオのように聞き手を強打する。
ポップメタルの詩編だ。
‘You give love a bad name’ ‘Livin' on a Prayer’が入った, 86アジア景気の年に出た
‘Slippery When Wet’のアルバムとボンジョヴィの二大出世作だ。
昨日は99年度(1999年)にデビューしたアイドル godの 15周年再結成コンサートを見た。
当時は少し格好よく聞こえた god メンバーたちの昔ながらのラップを聞きながら
ボンジョヴィとギタリスト・リーチサムボラの昔のステージマナーが思い浮かんだ。
ネック(首)が2~3ずつ下がった電子ギターを両方へ振ったり、マイクスタンドをぐるぐる
回して観客を沸かせた時代。
そんな誇張されたアクションにファンがどれだけ真摯な熱狂を送るのかは ‘(I'll Be There For You’
のミュージックビデオの 4分 28秒ほどで女性観客が頭を掻きむしる場面を見れば実感することができる。
最近ボンジョヴィの歴史的な作品 ‘ニュージャージー’が音質補正を経てまた発売された。
デラックスバージョンアルバムの2番目のCDには当時録音したが正式アルバムに入らなかった13曲が
さらに追加されたが大して良くない。
正規収録曲の編曲とミキシング, マスタリングにどれだけ多くの精力を注いだ力作なのかが逆説的に分かる。
11日, ‘66’や‘77’に近い伝説的なミュージシャンであるドラマー兼プロデューサー
トミー・ラモーン(ラモンス)とジャズベーシスト チャーリー・ヘイデンが相次いで死んだ。
賭博でそうである様に, 同じ数字二つは常に何か期待感を持たせるが…。
長い時間が経た後、僕らはどんな ‘00’‘11’ の音楽を記憶するのか。