Kaposvár は、Somogy (ショモジ)県の県庁所在地で人口68,000人は、国内13番目の
中堅都市である。 この地域には紀元前400年頃より、すでにケルト人が住んでおり、1009年
に “Kapos” という名称で Pécs の司教区のひとつであった。
1555年には、オスマン・トルコに131年間占領され、1686年に開放された。
古い歴史のある町ではあるが、残念ながら、何故か興味深い古刹(教会)は少ない。
<百二十五番札所; Senna (センナ) カルビン派教会 >
この村には、当初ルター派の信者達が住んでいたが、徐々にカルビン派が多くなり、1626年頃より
一緒になり、1600年代に教会が出来たようだ。 その後、1785年にバロック様式で建てられたのは
はっきり記録に残っている。 1787年より、この教会の売りである Z. Soós Istvén (Kaposvér の絵師)
による絵板(パネル)を使って飾り始めた。
1948年より教会も含めた野外ミュージアムとして公開している。 新鮮な空気が美味しい。
祭壇は内陣の真ん中にある。 説教台
教会東側信者席 南門
天井の絵板(パネル)
羊も戯れ、周りに古民家が数軒、中世の生活や道具を公開している。
<百二十六番札所; Szenyér (セニェール) ローマ・カトリック教会>
教会は、13世紀にロマネスク様式で建てられ、のちに1754年にバロック様式で再建された。
塔は最初から無かった。 但し、内部には美しいフレスコ画が残っているらしいが、残念ながら
拝観の機会に恵まれず、次回の出直しを期する。
東側からの眺め。 南門
墓地の中に佇む。
<百二十七番札所; Somogyvámos Toronyrom (ショモジヴァーモシュ) 塔遺跡>
中世の教会が、平原に見棄てられたかのように佇んでいる。 これは、13世紀末期にゴシック様式
で建てられた。 塔は下段層が四角、上段層が八角形で典型的な中世の形状(窓の形状からゴシック
か?) 内陣西側の壁と東側の祭壇部分がわずかに残っているのみである。
南側からの眺め 祭壇部分
西側からの眺め 西側の壁面
塔 塔内部
<百二十八番札所; Törökoppány (トゥルコッパーニ) ローマ・カトリック教会>
教会は、1490年にゴシック様式で建てられ、1799年には祭壇部分の内陣が追加された。
オスマン・トルコの占領時代には、この地域の信者達の教会として使われた。 幸いにトルコ軍
からの抑圧も攻撃もなく、しばしば、バロック様式で改良や改修を重ね、今日に至る。
Somogy エリアで最も価値ある中世の教会のひとつに数えられている。
庭に佇む聖人の像と
オスマン・トルコ軍参謀・詩人Gül Baba の像(この村が大切にされた事が判ったような)
内陣祭壇側 内陣入口側
ロココ様式の祭壇 広大な平原
これで、「Kaposvár (カポシュヴァール)の教会」はお終いです。
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