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気ままな雑記帳です。話題はあれこれ&あっちこっち、空を飛びます。別ブログ「時代屋小歌(音楽編)(旅編)」も、よろしく。

忘れ去った自作曲のゆくえ

2012年01月18日 | 音楽活動

大学の頃から、私は浮かんだメロディをカセットテープにメモのように録音しておくようになった。

メモテープに録音したメロディは、1曲の1コーラス分ちゃんとあるメロディもあれば、メロディの断片しかない場合も多かった。

録音できるウォークマンが出来てからは、いつメロディが浮かんでも対応できるように、録音できるウォークマンを絶えず持ち歩くようになった。

特にバンドを組んでる時は、不可欠だった。

 

そういう「メモ」という作業をやるようになる前はどうしていたかというと。

さすがに小学校時代は、作った曲はあまり多くないし、少ない曲をいつも大事そうに風呂に入った時に歌ってたりしてたので、録音しなくても覚えていた。

で、ギターを弾くようになった中学時代は、ギターがきっかけとなって、曲を乱作し始めた。

その乱作ぶりのピークは高校時代だったかもしれない。

ともかく作りまくった。多い時は1日に5曲くらい作ったかもしれない。

ならば、その乱作してた時代に、作った曲をメモしないで、どうやって覚えていたのだろう。

完成した曲で、当時の自分の基準の中で納得したものは、カセットに入れて「カセットアルバム」にしていた。

だがその「カセットアルバム」に漏れる曲も数多くあった。

その「漏れた」曲は、当時の自分の基準の中であってさえ「あまり納得してない曲」だったので、はっきりいって「どうでもいいような曲」であり、忘れ去っていってもおかしくなかった。

だが・・・案外忘れなかったのだ。

作った自作曲が「自分の分身」であるのなら、それらの「どうでもいいような曲」もまた自分の分身だったので、メモしなくても覚えていられた。

あ、もちろん歌詞ノートを見ないとフルでは歌えなかったけどね(笑)。

 

ところが、大学に入ってメモテープを作るようになると、メモ録音し忘れた曲は、忘れるようになっていった。

それでも、歌詞だけでも残されていれば、当時の歌詞ノートを見れば、思いだせるかもしれない。

もしくは、ギターフレーズを覚えていれば、そのフレーズを弾くことで思いだせると思う。

だが、歌詞もない、ギターフレーズもこれというものがない・・・そんな曲は、さすがに忘れてしまった。

 

最近、年に1回くらい、今も手元にある「昔のメモテープ」を聞き返すことがある。

もっとも、メモテープは相当な数があり、中には紛失したメモテープもあるので、これまでのメモテープが全て残っているわけではない。

でも、現存してる「これまで自分がメモ録音してきた、「作曲メモテープ」をランダムに手に取り、年に1回くらい聴くと、色んな気持ちになる。

 

「あ、そういや、こういうメロディ作ったなあ」とか思うと少し懐かしく。

「そうか、こんなメロディも作ったのか」と思うと、少し意外。

「これは、のちにしっかりした曲に仕上がったな」と思うと、その「原型ぶり」に面白く。

「これは、いつか完成させようと思いながら、結局まだ完成できないままだな」と思うと、少し落胆。

「このメロディは忘れてたけど、埋もれさせるには惜しいな」と思うと、新たな意欲を持ち。

「浮かんだ時は良いメロディだと思ったが、こうして時間がたって、冷静に聴くと、つまらないメロディだなあ。なんでこんなのを良いと思ったんだろう」と感じると、苦笑し。

 

こういうメモ録音を聴いてて、「当たり」なのは、

「お、これは今作ってる曲の構成要素に使えるぞ」と思う時。

作ってる最中の曲をどう展開させるかで迷ってる時などに、過去のメモテープの中の「埋もれてる曲の断片」が使えそうだと感じた時など、こうした「メモテープ」の存在意義を感じるのだ。

もしくは、昔浮かんだメロディの断片は、そのまま使うには、今の自分の感覚でも「少し違う」と思える部分もあるので、ある程度の修正はするけれど。

浮かぶメロディの傾向ってのは、時期によって微妙に違ったりする。

それは、その時その時で、聴いてる音楽や気にいってる音楽の違いによるものであったりもするので、昔の「メロディの断片」は、今の自分では浮かびそうもなかったりすることも多い。

そんな時に、今作りかけの曲に、新たな展開を加えたい時に役に立ったりする。

 

まあ、こういう例はそんな多くはないけどね。

一番いいのは、あっという間に出来上がり、しかもあまり修正もいらないまま完成まで辿り着ける曲だとは思う。

 

 

 話を戻すが、メモテープという手段を使うようになってからは、なんらかの形で残していない自作曲は、忘れてしまうことが多くなった。

メモテープを使ってない時代では、「自分が忘れたら、この曲はこの世から跡形もなくなくなってしまう。だから覚えておく。」という気持ちがあったんだと思う。

でも、メモテープを使うようになってからは、自分が忘れても、メモテープを聴けばまたいくらでも思い出せる・・・そんな気持ちがでてきたので、作った曲に対する「自分の頭の中に絶えず保存しておく必要性」がなくなったのだと思う。

 

 

忘れ去られた自作曲・・・・考えてみれば気の毒な存在かもしれない。

 

親に捨てられた子供・・・に似てるかもしれない。

 

 

なお、写真は、高校時代に全曲弾き語りで作ったカセットアルバムの中の1本。

確か、このオリジナルカセットアルバム(?)は、中学から作り始めたオリジナルカセットアルバムの第5作目だった・・・と思う。

今思うと、本当にろくな曲が入っていない(笑)。

タイトルだけは「ロビンフッドの青い瞳」などという、仰々しいタイトルがつけられているが・・(汗)。

ジャケットは、色鉛筆で、ぶっつけ本番で描いたもの。


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