時間の外  ~since 2006~

気ままな雑記帳です。話題はあれこれ&あっちこっち、空を飛びます。別ブログ「時代屋小歌(音楽編)(旅編)」も、よろしく。

詩なコミック

2011年12月21日 | 漫画・アニメ、そして特撮

コミックを読んでて、1コマに、あるいはページそのものに、詩を感じることがある。

コミックだから、そこに描かれているのは、間違いなく「画」なのだが、読んでるとその画が「詩」に思えてくる・・そんな感じ。

そういうことは、さほど多くはない・・・というより、めったにないだけに、余計に印象に残る。

私が読んできたコミックの中で、「詩」と思えた実例としては・・・

とりあえず、すぐに思いだせるのは「巨人の星」の終盤あたりの数ページ。

それと、「あしたのジョー」の、あの伝説的なラスト1コマ。

あれらは、読んでて、描かれてるのは「画」でも、内容的には「詩」だった。少なくても私にとっては。

ジョーの場合は、ピンポイント的に「ラスト1コマ」と指定できるから、思いだせる人は多いだろう。

巨人の星の場合は、ラストが近付くにつれ、各回の1ページ1ページが、どんどん「詩」になっていった。

衝撃的だったし、インパクトも大で、心に深く染み込んできた。

他には、石ノ森章太郎先生の「リュウの道」の終盤もそうだったように思うし、水木しげる先生の貸し本時代のいくつかのコマも。

つげ義春先生の作品なんて、「詩」を感じさせる作品の宝庫だ。「初茸がり」「ねじ式」、その他多数。

 

主な特徴としては、登場人物のセリフがなかったり、極端に少なくなっていた点。

コマ割りも斬新で、もはやそこには通常の「コマ割り」という概念を逸脱していた。

どちらかというと、1枚絵のイラストを見せられてる感じ。

余分なセリフや説明は不要で、ただ画の内容、コマ割り演出、背景処理、構図で、読者に訴えかけてきていた。

そこには、描き手の強い思い入れがあり、読者にビシビシ伝わってくるものがあった。

まさに、コミックの力・・・というものを感じた。

アートの域に達していたようにも思うし、と同時に・・やはり「詩」だったのだ。

ああいう「詩」を感じさせてくれるコミックには、そう頻繁にはお目にかかれないと思う。

今、「詩」を感じさせてくれるコミックって、どれぐらいあるだろう。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ピンポイント的なテーマ企画 | トップ | クリスマスソング  by ギ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

漫画・アニメ、そして特撮」カテゴリの最新記事