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気ままな雑記帳です。話題はあれこれ&あっちこっち、空を飛びます。別ブログ「時代屋小歌(音楽編)(旅編)」も、よろしく。

「銭ズラ!」 ・・銭ゲバ。

2009年02月10日 | 漫画・アニメ、そして特撮

まさか、銭ゲバがドラマ化される日がくるとは、夢にも思ってなかったズラ。

よくこういう作品をテレビドラマ化したものだ。
作品のファンだった者としては拍手をおくりたい。
ドラマの方は見れたり見れなかったりしているので、詳しくは触れられない。
原作が描かれた当時とは時代も違うし、映像化の難しさもあるはずなので、ドラマ化するにあたってアレンジはされているようだ。

ここでは私は、原作の「銭ゲバ」のほうに触れてみたい。
とはいっても、原作を最後に読んだのは、もうけっこう前だ。
なので、細かい部分は忘れてしまってる部分はあると思う。
とりあえず、自分の中に残っている「原作版・銭ゲバ」で書いてゆく。


思えば・・、この作品を初めて読んだ時は、衝撃だった。
なにより、この主人公・蒲郡風太郎のキャラが強烈。
とんでもない極悪人であり、どうしようもなく救われないヤツであり、また可愛そうな人間でもある。

悪いヤツだが憎めない・・そんなキャラは漫画にはたくさんいるが、この主人公はそんな生易しいキャラではない。
こんなヤツがそばにいたら、たまったもんではない。

漫画を読んでると、登場人物には感情移入してしまうものであるが、この蒲郡風太郎は、その行動や考え方がエスカレートしていくにつれ、ついていけない部分は多くなった。
でも、こういうヤツが、今後どうなっていくんだろう・・という関心度は高くなっていった。
距離を感じながらも、気になってしかたないヤツであった。見届けたい・・そんな気にさせられるヤツだった。



正直、この蒲郡風太郎の考え方の根源にあるものは理解できる。
だからこそ、私はこの作品に入っていけたのだろう。
思えば、世の中にあふれる奇麗事や嘘の、なんと多いことか。
奇麗事の理想やカッコ良さなんて、口に出して言うぶんには気持ちいいかもしれないが、それで渡っていけるような世の中ではない。

自分がクリーンでいたとしても、相手がダーティで手段を選ばないのであれば、クリーンさは時に歯が立たない。
世の中、誰もがクリーンであれば、奇麗事で物事は進んでいくのかもしれないが、実際にはそうではない。
へたしたら、クリーンさはバカにされたり、利用されたりもする。
相反する利害をかかえる同士だと、特にそうだ。

だからこそ、「銭ゲバ」を読んだ時、その手段や行動には目をそむけたくなっても、その考え方には痛快感みたいなものも感じてしまった。
危険な痛快感ではあるけどね。

世の中の人が、日頃、理性や法律や立場などで規則上押さえ付けてながらも、心のどこかに感じてる矛盾や不満、本音などを、この風太郎は押さえ付けずに表に出し、感情のままに行動する。手段も選ばず。

ただただ、銭・・・金のために。
金がないばかりに、どんな思いを彼は味わって来たか。
ならば、金を貯めて、金に勝ってやろう。
ある意味、それは「金への復讐」のようでもある。


風太郎は、人の心に巣食うダーティな部分を、そのまま出してしまうヤツなのだ。
読んでると、心の闇の部分をえぐられるような気になる。

やれるものなら、こうしたい・・・と共感する部分があるからこそ、また自分が感情のままに行動したら一体どうなっていくんだろう・・と気になったりするからこそ、この風太郎は「気になる存在」になったのだろう。

また、「こうなってはいけないから、自重しよう」とか「エスカレートすると、こうなりかねないから、抑えよう」とか、教訓にもできたのだろう。

そういう意味じゃ、風太郎は、人間の心の「闇の分身」であり、負のヒーローであろう。
リアル世界で、いったん負の道に迷い込むと、そのままますます「深い、負の世界」に落ちていってしまいかねないのは、世の犯罪事件を見てても明らか。


ようするに・・・誰もが、風太郎になってしまう要素はある。
誰もが、心のどこかに風太郎を抱えているのだ。


だからこそ・・非常に「気になる」キャラである。

読んでると、読者の心の闇の部分をえぐってくるような作品。
そして、それを突きつけて、さらに問いかけて来るような作品。
それが「銭ゲバ」という漫画だった。


普通の人が隠したくなるような、心の中にある邪悪な部分、闇の部分を抜き出して、しかもそれをクローズアップして、エスカレートさせて見せてくるもんだから、この作品を苦手とする人もいたし、受け付けない人もいた。
社会的に問題作にもされた。
タブーのような作品でもあった。

それが、今・・映像化されるとはね・・。感慨深いものがある。

「勝ち組」だの「負け組」だの。格差が広がるばかりの風潮だの。
何が「勝ち」で、何が「負け」なのか。
なぜ格差が開くばかりなのか。
どうせなら、そんな現代に、大きな一石を投じてくれ、風太郎よ。




蛇足だが、この作品を読んでる時、私が非常に興味を持ったのは、このストーリー運びや風太郎の心理や行動もさることながら、各コマに描かれることの多かった「疾風の背景」である。

風太郎などの人物のアップになった時、その背景に、突風のような絵が描かれることが多かった。
ピューピューと、突風が吹き荒れているような感じ。
キャラの心理状態や、置かれた状況や境遇を、あの突風は表していたのだろう。


これが非常に効果的で、作品全体の演出効果も高めていたように思う。
「銭ゲバ」の世界観を盛り上げ、1つの作風として、演出として一級品だったと思う。


この漫画を読んでるリアルタイム時、私は漫画家志望で,自ら漫画を描いていた。
キャラの顔がアップになった時、よくこの「銭ゲバ」の「突風の背景」をマネしたものだった。それはたいがい、人間の行動やセリフが辛辣だったり,厳しいシーンだった。

「銭ゲバ」には私は・・・漫画を描く時、影響を受けてたということだ。


この作品を描いてた時の、ジョージ秋山先生は凄かった。
「銭ゲバ」は衝撃の問題作だったが、「銭ゲバ」に勝るとも劣らない「衝撃の問題作」が先生にはあった。

それは・・・「アシュラ」という作品である。
「アシュラ」が掲載された少年マガジンは、「アシュラ」のあまりにもショッキングな展開の回が掲載された時、発売禁止になったような気がするのだが、私の記憶違いだろうか。

それは・・・大阪万博の頃だったと思う。


「銭ゲバ」が映像化されたのなら・・「アシュラ」も映像化してほしい気もするが、さすがに「アシュラ」は今でも映像化するのは難しいかなあ。
PTAあたりから、クレームがきそうではある。今も。


日本の漫画史上、異彩を放つ強烈なキャラ、風太郎。
決して許されることのない、負のヒーロー、風太郎。
本来、敵役であり、悪のボスでもある主人公、風太郎。
社会を生きて行くにおいて、マネをしてはいけない風太郎。
本来、嫌われるキャラなのに、どこか切なく、可愛そうな風太郎。
破滅への導火線に、いつも火がついてる危険性があった風太郎。
タブーという別名の存在感を持った、風太郎。
読者に鋭く問いかけてくる、風太郎。
読者の心を試す、風太郎。

銭ゲバ、蒲郡風太郎。

銭ズラ!


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