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金長たぬき公園周辺をランニングする仲間のちょっと道草、つぶやき、ささやき・・・

超短編小説「摩天楼を走る女」

2008年11月07日 | 読みきり短編小説
この日のために、随分前から準備をしてきたつもりだ。
走ることはもちろんだけど、仕事でも家庭でも、いつも以上に手を掛け、
心を尽くしてこなしてきた。
気持ちよく遠い地に送り出してもらうためには、下準備が必要なのだ。

そして遂に、ここに立っている。
4万人分の1となり、これから42.195kmに向かう。
実は私には共に走る彼がいる。
彼とは、東京でもローザンヌでも一緒だった。
もう直ぐスタート。彼とまた走れることをかみしめる一瞬。

午前10時20分、号砲。
目の前の景色が、スローモーションの映像のように、
自分を取り残して過ぎていく錯覚を覚える。
ふっと我に戻り、ゆっくりと足を運び走り出した。

とりあえずの目標は、8マイル手前。
会ったことのない知人が待っているはず。
知人の写真のプリントアウトは持っている。さて、会えるんだろうか。
ブルックリンの沿道には黒人の観衆が、空間を空けることなく陣取っている。
足は軽い。「大丈夫、このまま行けば1時間10分程度でその場所にたどり着ける。」と彼のささやきが聞こえる。

ずっと右側の沿道の人の波を、知人を探しながら走った。
離れず走る彼が「1時間12分過ぎた」と教えてくれる。
それから数分、いきなり“徳島大学TJP”のロゴが人をかき分けるように目に飛び込んできた。
わずかA4サイズの紙に書かれた文字なのに、輝いて見えた。
そして、そこに写真でしか知らない知人がいた。
握り締めていた写真のコピーをかざした。
それが、彼らに出会うために走ってきた私の“証明”であるかのように。
それに反応するように、ハグのシャワーを受けた。

しばし留まりたい気持ちと裏腹に、
一緒に走る彼に先を促され、またレースに戻った。
知人との出会いで温かくなったこころが、
その後の永い道のりを走り続ける機動力となって引っ張ってくれた。

摩天楼の町、大都会NYを一緒に走りぬいて彼とゴールしたとき、
安堵感と共に満ち足りた思いで心は張り裂けそうだった。

走ることを止めると彼とのつきあいも無くなってしまう。
しかし、それが現実となることはない。
どこで走ってもレースは感動的で、
私は走ることが止められないのだろうとレースの度に実感する。
もちろん、彼が一番それを知っているのだと思う。

彼の名は、Garmin Forrunner.
最高のパートナーである。

この物語は実際にあったかもしれない話をモデルに
創作したフィクションであり、登場人物は架空です。
はい。本日もお後がよろしいようで・・・

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