6年前の今頃、私はいろんな病気にかかっていました。好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の治療をしているうちに、ステロイドの副作用で、股関節を骨折し手術、そのあと、リハビリ中に、エコノミック症候群になり手術を受けました。
その手術のために、血液の流れを抑えていたので、軽い脳梗塞を起こしました。病院にいて、その症状を検診の医師が見つけて、すぐに処置をしてくれたので、あまり変わらない状態ですみました。
言葉のリハビリを受けても、大丈夫、普通に言葉がしゃべれます、といわれましたが、私としては、その後、言葉の選択範囲がとても少なく、昔のように、文章が書けないといつも苦労しています。
そのあとは、歩けるようになるためのリハビリをしました。それは長くつらい毎日でしたが、歩けなくてはどうしようもないと、本当に頑張った日々でした。
寝たきりだった私が、3か月くらいの入院リハビリで、何とか歩けるようになったのでしたから、とても頑張ったと思います。
その頃は、左の足首に装具を付けて歩いていました。もちろんステッキをついて。その装具も今は外れています。ステッキだけは安全のためについていますが。
退院して、母と暮らし始めました。しょっちゅう転んで、痛い思いをし、怖い思いもしたのですが、今は、転ぶこともほとんどなくなりました。
ステッキをついて、足はちょっと開き加減で、だいぶよちよち歩きですが、私がそれほどいろいろな病気をしたようには、見えないだろうと思います。
今も薬漬けで、体調もよくないのですが、おしゃれが好きなので、洋服などは考えて選びます。花柄や明るい色のワンピースなどが多いです。
6年前のころは、いつまで生きられるか、といつも思っていました。新年を迎えて、ああ生きてきたなーと思い、6月になると、今年も半年生きられた、と思ったものです。
もうあまり命がないとしたら、できるだけ嫌なことはスルーして、自分の楽しめることをやろうと思いました。
今も続いているのは、本を毎日寝る前に読むこと、夕食がすむと、ブルーレイかDVDを観ることです。それ以外に、薔薇の世話も少しできるようになりました。
でも、私が病気のように見えないということは、事情を知らない周りが、私を命があと少ししかない人のようには見てくれず、いろいろな要求をするようになったのです。
体調も悪いし、体力もないし、人と付き合うことは、とても難しいことなのですが、それでも、人は、無理やり要求してきます。
今、私は自分が今すぐに命がなくなるとは思いません。でも、健康な人よりは、自分の人生を考えたいし、やらなくてはならないこともあるし、やりたくないことはたくさんあるのです。
命の長さが漠然としなくなり、もう命はある程度決まっているのだろうと思います。それでも、残り少ない命の私にも、たくさんのいろいろなことが起こります。人は、生きている限り、いろいろなことがいっぱい、いやでも起こるものですね。