てんてこまい子育ての記憶(旧 わたしと家族の日々)

一人で三人分にぎやかと言われてきた息子も、もう高3。

【大学受験】受験地の下見に行ってきました

2024-10-02 | 高3
息子と二人で、大学受験の下見を名目にした旅行
に行ってきました。

受験の時に泊まる予定のホテルに泊まり、
受験当日と同じ時間帯で電車に乗り、
予定するルートで大学まで行ってみる
ということをしました。


というのも、大昔、
私と私の弟は、受験の時、
手痛い失敗をしているのです。

まず、私の弟。
中学受験で初めて満員電車に乗り、
気分が悪くなり、
もうろうとした中で受験し、
見事失敗しました。

そして私。
大学受験の時、同じ大学を受ける友人と二人で
受験ルートの下見をしたのですが、
何も考えず昼間行ったため、
受験当日は景色が全く違い、
完全に迷ってしまったんです。

そう、忘れもしない、京都駅地下街。
下見で通った時は
人通りが多く、
目印となるにぎやかなお店がいっぱいで、
迷わずスイスイ行けました。

これで当日もばっちり!
と思っていたのですが、
当日の朝、地下街に足を踏み入れると、
店、全部閉まっています。
無人のシャッター街の巨大迷路。
恐怖です。

今なら地図アプリを使うだろうけれど、
当時、携帯などあるわけもなく、
土地勘の無い友達と二人で
「ここはどこーー?!」と迷いまくり、
結局、見事遅刻して、
最初の科目(英語だった)の終わり頃に到着したという。
(当然、落ちましたよ、ええ。)

同じ時間帯での下見、大事!



・・・という親世代の失敗を糧にして、
受験当日と同じ時間とルートで大学まで行き
不具合が無いか確認することを目的に、
息子と二人、東京へ。

ホテルから大学までは乗換1回。

まず、ホテルから駅までは10mくらい。
迷いようがなく、雨でも雪でも安心。
で、最初の路線は
ラッシュ時だというのに
余裕で座れる程度の混み具合で、
これまた一安心。

しかし、乗換後は
絶対に「これぞ満員電車!」であろう路線。
果たして乗れるんだろうか?という心配も。

ほんの2駅(徒歩20分)なので
慣れない満員電車に乗るよりは、
もしかして歩いた方が良いのでは…?!
と考え、
今回、歩いてみました。

経路を見ると割と単純だし、
ほぼ平坦な道だし、きっと大丈夫!
と気楽に歩きだしたのですが・・・・


見事に迷いました。

30~40分くらい歩いたかな。
着くころにはヘトヘト。


私だけじゃなく、
息子も見事な方向音痴だということが
はっきりと分かりました。
本人は違うと言い張るけど、
いや、どう考えても!!!


駅から大学までは、
閑静な高級住宅地でした。
つまり、目印となるものがほとんど無いんです。

そして、道は、
洛中のようなきれいな碁盤の目ではなく、
微妙に斜めに交差していたりする。

単純な道順と思っていたのが、
実は間違えやすく、間違いに気づきにくい
トリッキーな経路だったという。

googleさんに案内して頂いていたのに、
おかしいなあ。

これは危ない。
当日もきっと迷う。
迷子になっている場合じゃない日に迷う。

どんなに激混みでも、電車に乗った方が良いかも。
もし雨や雪なら電車一択ですしね。



・・・でも、息子は、
「別ルートで歩けばいけると思う!」
と無駄にポジティブなことを言っております。
(なんでそう思うのか、意味不明)

まあ、それで失敗して、
それが理由で試験に落ちても
それが彼の人生なので何も言いません。
(ほーら、言わんこっちゃない、と心の中で思っとく)

親子で似たような失敗をするなんて
笑い話にしかならないけど。
「似た者親子だねぇ~」
と笑う用意をしておこう(ため息…)



ちなみに、今回、
私とは別行動で息子が動いていた時、
レンタル自転車で目的地とは逆方向に走り、
散々大回りして目的地に着くころには
電動自転車の充電が切れたらしいです。

そして、空港で待ち合わせた時は
息子は45分も遅刻し、
私がチェックインも荷物預けも全部やっといて、
ようやく保安検査場をギリギリ通過したのでした。

見通しが甘く、方向音痴で、
都会の電車に慣れていないくせに
妙にポジティブ
「一人で何でもできる、どこでもいける」
と考える子って厄介…

普段は何だかんだ言って
どうにかなるんだろうけど、
受験の、どうにもならないときに
やらかしたりしませんように。
ちょっとくらい慎重になってほしい(切実)
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パリオリンピック開会式

2024-08-01 | 日記
テレビ無しネットのみの生活を
20年弱続けておりますが、
全く不便を感じることなく
オリンピックを楽しめるようになり、
ありがたいことです。
時代の変化を感じます。

さて、オリンピック開会式。
その国らしさが見えて、面白いですよね。

パリオリンピック開会式は、
振り切った攻めの感じが
爽快でした。

好き嫌いは分かれそうですけど、
たとえ嫌いと言われても、
ふん、あらそう、じゃあ見なければいい
と鼻であしらわれそう。
芸術家はそれくらい強気でなくては、という感じ?(笑)

ある意味、不親切でしたよね。
意味がありそうだけど
こっちの知識不足で分からない部分の解説が
あまり無かった。
かゆいところは放置、みたいな。

あれはNHKアナウンサーが悪いのではなく、
たぶん、フランスが発信した
各国プレス向けの説明が
簡潔最小限だったんだろうな、
と想像しています。


でも、「??」や「?!」のあれこれは
随所に散りばめられた一級の芸術に圧倒されて、
ちょっとした不満など雲散霧消、
さすがフランス、と感動するしかありませんでした。

歌とダンス。

あれはもう、ひれ伏すしかありませんね。
素晴らしかった。


私よりももっと芸術方面に疎い夫は、
「え?そこ、分からなかったの?」
「ええっ?!それ、知らないんだ」
と改めて驚くような感想を漏らしていて、
それが分からないんじゃ面白さ半減かもね、
と思ったのですが、
そんなことを思っている私とて
より多くを知る人から見れば
どんぐりの背比べでありましょう。

それでも、夫も私も、
歌やダンスには感動していましたから、
それこそが芸術の力ですよね。

(ちなみに夫は、各国パレードの方に
興味があるようでした。
楽しみ方はそれぞれですね。)


回収されなかった「??」は、
後々、分かる人が発信してくれる情報を読み
ああ、なるほどそうだったのか!と振り返り、
結局、2度3度楽しめていたりします。


受験生だからオリンピック見ない、
ということにしている息子には、
長い開会式の見どころをピックアップして
紹介しました。


それにしても。

パリオペのエトワール、
実際にはもっと長く踊っていたでしょうに、
あれ、もっとしっかり見たかったなーーー!!
チラ見せで終わるなんて、もったいない。

あと、全身青塗り裸のディオニソス(衝撃的だった)
(それ以外も、ランウェイのシーンは
攻めが強かったですね)の歌う「nu」、
あの歌の歌詞の翻訳を知りたい。
そうすればもっと意図が理解できたかもしれないのに、
と己の語学力の無さを残念に思いました。


こうして振り返っていると、
つくづく残念に思うんですよね・・・
東京オリンピックの開会式を。

日本も、やろうと思えば
こういう演出が出来る文化的コンテンツを
豊富に持っているはず。
世界的に認知度の高いゲームキャラ、アニメキャラを
案内役にし、そのキャラの冒険という形で
伝統芸能を含めた
日本の芸術の魅力を見せつけるとか…。

そうそう、入場行進の国名プラカード持ちは
力士にお願いするのはどうでしょう!
あ、浴衣姿で良いので。
浴衣の柄は、各国にふさわしい
特徴のある柄にすれば、話題性もばっちり。

今までは細身で見目麗しい若い女性の役割と
暗黙の了解のように決められていた部分を、
真逆の方向で振り切る先進性。
しかも外国人受け間違いなし!の文化的コンテンツ。
スポーツつながりでもある。
最高じゃない?!

妄想が膨らみます。


競技の方は、ぼちぼちと
行き当たりばったりに見ています。
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『チャイルドヘルプと歩んで』

2024-06-07 | 
最近読んだ本で心に残った本、その2。

★『チャイルドヘルプと歩んで』廣川まさき
 
アメリカ、アリゾナ州フェニックス市にある
チルドレンズ・アドヴォカシー・センター。

被虐待児を保護した直後に必要な対応を
ワンストップで
全部まとめて担う組織です。

民間の児童救済機関チャイルドヘルプ、
州の児童保護機関、
フェニックス市警(児童犯罪捜査部の
一部隊がまるまる入っている)、検察、
FBI(児童虐待が性的搾取や
強制労働などの国際的犯罪と
つながることがあるため)、
医師、心理療法士…

24時間、年中無休です。
いつでも被虐待児を保護できるように。

虐待が通報されれば
すぐに警察が動き、
虐待児童を保護、
センターに連れてきます。

そして間髪入れず虐待の証拠を確保する。

診察室で傷やレイプの検査を行い、
着ていた服は証拠として保管し、
子どもの身体をきれいに洗って
新しい服を着せたあと、
フォレンジック・インタビューを行い
証言を得る。

その間に刑事は緊急出動して
家で証拠を押さえる。

州の児童安全局が
子どもの緊急保護にあたり、
一時保護施設に子どもを導く。
子どもは、そこで過ごしながら
心理的なケアを受ける。
その間、ソーシャルワーカーが
保護後の子どもの養育先を検討する。

予防的な役割を担う
児童虐待のホットラインも
この施設の中にある。

こうした児童虐待に関して必要なことが
幅広く、このセンターに集約されている。


・・・なんて心強い!!
こんな施設が
日本にもあったら良いのに!


------


圧巻だったのは、
冒頭に書かれている
「フォレンジック・インタビュー」の様子です。

「フォレンジック・インタビュー」は、
保護から24時間以内に行われる
証言の聞き取り。
専門のインタビュアーが行います。

インタビューは細心の注意を払って一度だけ。

「記憶の汚染」がなされる前に
必要事項を漏らさず聞き取る
重要な役割です。


当然、実際の現場に立ち入ることは出来ないので、
この本では、
著者が被虐待児役(父親からの
身体的・性的虐待を受けた6歳女児)になった
模擬インタビューの様子が記されています。

模擬とはいえ、
その場に居合わせたような気持になり
心がヒリヒリと痛むものでした。

傷ついた子どもを
これ以上傷つけないよう
細心の注意を払いながら、
子どもの証言を
可能な限り最大限に確保する。

子どもを傷つけた大人に
証拠を突きつけ
責任を取らせるために。

そのためのインタビューが
どのように行われているか、
一端でも知ることができて良かった。


-----


フェニックス市は
アメリカで最も児童虐待の深刻な場所
だったそうです。

ここにチルドレンズ・アドヴォカシー・センターが
設立されたのは20年前。

このセンターのおかげで、
今や「アメリカにおける児童救済の手本」
と言われるほどに虐待件数が減っているそうです。

そして今では
チルドレンズ・アドヴォカシー・センターは
全米に設立されいるということです。
(全米への普及にはFBIが積極的に
動いたらしいのですが、
それだけ家庭内暴力と国際犯罪が
密接につながっている
ということなんでしょうね…)

こういうセンターが
先行事例としてアメリカにあり、
着実に実績を作っているということは、
これから整備をして行く必要がある
日本にとっても
ひとつの希望の光なのではないかと思いました。
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『「国境なき医師団」になろう!』

2024-06-02 | 
最近読んだ本の中で
特に心に残った本を記録しておきます。


★『「国境なき医師団」になろう!』 いとうせいこう

いとうせいこうと言えば、なんといっても「見仏記」。
みうらじゅんのイメージに引っ張られ、
「いとうせいこう」と「国境なき医師団」とのつながりが
とても意外に感じられ、手に取ったのですが
これは本当に読んで良かった!

「国境なき医師団(MSF)」の
医師や看護師にスポットを当てた記事は
何かと見る機会が多いのですが、
これの本はむしろノンメディカル、
つまり
ロジスティシャン(インフラ整備、安全管理など)、
アドミニストレーター(経理、人事)、
プロジェクト責任者、証言活動、
水・衛生管理、建築…等々の
役割を担う人々に焦点を当てています。

たしかに、紛争地や災害地に
医師と薬だけポンと送り込んでも
医療活動はできませんから、
絶対に必要な、重要な仕事です。

知らなかったことばかりです。
「知らない人代表」として取材をし、
現地に行き、それを文章にしてくださった
いとうさんに感謝したい。
それぞれのストーリーが
どれも実に生き生きとしていて
興味深かった。

人材として協力するのは無理としても、
せめて寄付をしたい、
と思いました。

毎年少しずつの寄付もいいけれど、
遺産の贈与も魅力的。
頭に入れておこう。
コメント

戦わなかった女

2024-05-02 | 日記
最近目にした
「進学に関する男女差」に関する記事に、

「女の子には、大学も就職先も
家から通えるところ、
という条件を付ける親は多い。」

ということが書かれていました。


これ、まさに私のことだ、と、
忘れかけていた昔のことを思い出しました。
受験校を決める時、
「浪人や下宿はダメだからね」
と言われたのです。

親からそう言われた時、
高校(私立)、けっこうお金かかったらしいし、
仕方ないな、と思い、
すんなり受け入れました。

うちからは関西圏の主要大学には
(頑張れば)だいたい通えることもあり、
不自由は感じませんでしたし、
特に行きたい大学があった訳でもなかったし。


ところが、です。


3歳年下の弟は、
中学受験も高校受験も連敗、
最終手段であった全寮制の私立学校に
なんとか進学ました。

当然、私にかかった学費より、高い。

なのに、大学受験になると
またもや失敗を重ね、
浪人し、
たっくさんの大学を受けまくり、
結局、遠方の大学に入学しました。

後から聞いた感じでは、
行きたくて行く大学ではなく、
後ろ向きな理由で流れ着いた大学のようでした。


え、そんなんで浪人も下宿もOK?
いい加減な弟のやりたい放題を、なぜ許す?
と思いましたよ。


もっとも
その時、私は既に大学4年生でしたし、
弟の状況を哀れには思えど
羨むことは無かったので、
「なんで弟だけ?」と
文句を言うことは無かったのですが、
今思うと
問題はそこでは無いんですよね。



私には閉ざしていた選択肢を、
弟には与えた。
理由は、私が女で、弟が男だから。
それだけ。
それが問題なんです。



当時、親は、
「女だから」「男だから」とは言わず、
その場その場で
もっともらしい理由をつけていたけれど、
それは後付けに過ぎなくて。

私の能力や目標がどうであろうと、
女である以上、
「浪人NG、自宅通学」の条件は
付されていたでしょう。


対して、男である弟のことは
能力が及ばず失敗続きだったから
「仕方なく」
浪人も下宿も許したのだと親は言っていましたが、
もし、彼の能力が高ければ
「だからこそ」許した
と言ったことでしょう。

なんとでも言える。
合理的な理由なんて、無い。
差別なんて、そんなもんです。

ああ、悔しい。
なんで気付かなかったんだ!


----


思い返せば、当時、
進学に関して、
公立高校に行った友達から聞く話は
ひどいもんでした。

「女子はどうせ学歴を活かす仕事にはつけない。
お前がK大に受かったら、
定員枠を一つ無駄に奪うことになる。
K大は男子に譲るべきだ。
とか
「女子なら医学科ではなく看護に行け
とかね。
親が味方になってくれたら良いけど、
そうとも限らない。

私の時代は、まだ、
そういうあからさまな差別を
平気でふりかざす大人が
ゴロゴロいました。


第二次ベビーブーマーの受験は
ただでさえ過酷だったのに、
加えて、女だけ
(人によってはかなりハードな)
男女差別という障害物を乗り越えねばならず、
そうしてようやく
受験という男女混合競争の
スタートラインに立てる、みたいな。


ついでに言うと、
そこまでして戦わなかった女(←私)は、

「自分で選んだ道でしょ?
文句言うな」

「努力すれば道は開けたのに、
それだけの能力や根性が
お前には無かったんだから仕方ない」

などと言われることになるのです。


-----


朝ドラ「虎に翼」、
毎回、いろいろ刺さりながら見ています。


毒饅頭事件検証のシーンで、
よねさんが
「戦わない女」への怒りを吐露しました。

ぐさっ。うっ…
それ、まさに私だわ。

と胸に手を当てたその時、
寅ちゃんが
「戦わない女、戦えない女を愚かだと言うな」
と続けました。

はっとして胸が熱くなりました。
ありがとう。
なんて良い脚本だ!

ありがちなのは
そこで差異のある女同士の対立に
持ちこむパターンだけど、
そんな論点ずらし
乗っかってはいけない。
差別的構造を温存したい既得権益側(男)に
都合が良いだけ。
ちゃんと修正してくれて、スッとした!


進学の時も、結婚に伴う改姓の時も、
その他いろいろ、
結局、私は
不満を持ちつつも戦わなかった女
なのだけれど、
でもね、
その時飲み込んだ負の感情、
負の感情を
飲み込まざるを得なかった悔しさ
は消えない。

だからこそ、
そうした様々な事柄にに対して
歴史上戦ってきた人、
今、戦っている人、
これから戦おうとしている人のことは
心から尊敬するし、
全力で応援したい。

私の、せめてものプロテストです。
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