気ままに人生送れたら¥$

  趣味の単車、写真、キャンプを楽しんで
   人に助けられながら、何とかかんとか¥$なくとも、 感謝!!!感謝!!!

ソフテイルで五條まで卵を買いに。

2024年01月30日 13時46分29秒 | ドライブ

1月28日 日曜日 晴曇
チョット暖かいのでソフテイルで五條まで卵を買いに行きました。
普通のタマゴが安くなっているのでどうかな?と思い行きました。
10:50発~k13~恋野農免道路~k137~栄山寺橋~k39~たまごのたけむら~R24~橋本・農免道路~大阪泉州14:30.
走行:134㎞
何時もの様にk64の雄ノ山峠でカーブを走り本日の体調を見ます。
気温11度 今日も一時停止の指導取り締まりをしています。

スピード取り締まりのある所。日曜日で道が空いているのかな~ 正月の反動で出かける人が少ないのでしょう。

k13 紀の川フルーツライン直近の吉野川。頭首工(とうしゅうこう):水門、堰のことだそうです。

12:20 栄山寺橋にあるタマゴの自販機に到着。

10個350円ですが、もう売り切れています。卵のパック作業所に行きます

看板が新しくなったような気がします。

白タマゴ10個370円、赤タマゴ300円です。

赤タマゴ10個を2パック買いました。

栄山寺に行ったことがないので駐車場へ。

ここは、栄山寺緑地公園の駐車場でした。山に上がると展望台があるようですが、登る体力がありませんので登ったことにしました。

 吉野川の北岸にたたずむ榮山寺は、養老3年 (719) 藤原武智麻呂が創建したと伝える、藤原 南家ゆかりの寺です。
境内の八角堂(国宝)は、天平宝字年間 (757~764) 武智 麻呂の子の仲麻呂が父母の追善善 供養のために建立したとされ、 内陣には神仙世界や仏像などが極 彩色で描かれていました。
 中世には南朝の長慶天皇の 行宮であったといわれます (国史跡)。
  栄山寺八角堂(国宝)・八角堂内陣装飾画 (重要文化財)
 また、北方の山頂には 藤原武智麿墓 西方 900m に宇智川磨崖碑があり、 い ずれも国史跡です。
 鐘楼に納められている梵鐘は、 高さ157.4cm × 口直径89cmの 青銅製で、 平安時代の作 (国宝)。
 京都神護寺、 宇治平等院の鐘と共 に平安三絶の鐘と称されます。 (現在は鳴らすことはできません。)
 前を流れる吉野川は、 その昔この寺で読書をして いた空海(弘法大師) が、 川の瀬音があまりに大き いので、流れに石を投げ、 呪法をもって音を鎮めた ことから、別名、 音無川と呼ばれるようになったと 言い伝えます。

栄山寺に行くことにしましたが、何となく歩くだけで疲れてお参りする気になれません。こじんまりした山門。ここで駐車場へUターン。
白い建物は鐘楼。扉は閉まっています。

駐車場方向の見返し。

カヌーを担いだ人が歩いています。

吉野川からここの階段を上がってこられたようで水滴の跡があります。
空海(弘法大師) が、 川の瀬音があまりに大き いので、流れに石を投げ、 呪法をもって音を鎮めた ことから、別名、 音無川。

道路からの栄山寺境内。左に本堂、木の陰に御霊神社。

本堂

駐車場から栄山寺八角堂が見えました。次回参拝します。キット。

R24 橋本市に入りましたがここもガラガラ。

紀の川北側の農免道路で帰ります。

タマゴのたけむらさんのタマゴ値下がりしていませんでした。
しかし,黄みの色が濃くてスーパーの卵とハッキリ違います。業務スーパーは、182円(税込み)です。
寒くない(電熱グローブは必要。)上に道が空いていてのんびりと走れたので最高のツーリングでした。

終わり


ソフテイルで本年初ツーリング~R370、矢立峠。

2024年01月18日 13時26分14秒 | ドライブ

1月17日 水曜日 快晴
今日は、暖かいというのでソフテイルの初ツーリングで九度山町・R370~矢立峠~R480~紀の川フルーツラインを走りました。
走行:106㎞
11:50発と暖かくなってからです。

12:55 道の駅紀の川万葉の里 大分工事が進んでいます。

橋本方面 護岸のブロックがたくさん積み上げられています。3月までの工事です。

和歌山方面 何時もの様にのんびりした時間が流れています。お昼時で大型車が一杯駐車しています。

食堂もお客さんがそこそこ入っています。

本日のお買い物。ブロッコリー、ネーブル150円。100円はもう昔の話。

R370 ここもまだ工事中です。

大分できていますが工事はしていません。





工事が完成すれば走り易くなります。

こんな風に安全に走れます。

矢立峠から降りて花坂。日が当たり気温13℃と少し暖かいです。

快晴 R480から紀の川フルーツラインに入った所。
曇も一つない快晴です。



対向は車ばかり。

前にも後ろからも単車、車は一台も来ませんでした。降り口近くの連続カーブ。新竜門橋を渡り給油します。

京奈和道紀の川ICは工事をしていません。京奈和道は手抜き工事で開通が遅れた過去があります。

明日から4日間ほど雨模様です。いい走りになりました。
ソフテイルも総走行20,400㎞でエンジンの調子が変わり良く回ります。ニュートラルにも入れやすくなりました。

終わり


3ヶ日の初詣。

2024年01月03日 14時31分18秒 | ドライブ

元旦~3日 晴、曇
年の初めに今年も良い年でありますように、心清らかな気持ちでお参りしました。
元旦:近くの波太神社
参道に、やぐら新調を記念しての御神燈。

参拝の第一波の後で空いています。ゴミが落ちていません。



静かに手を合わせます。



おみくじと絵馬の授与所

2日:如意山厄除観音寺(にょいざんやくよけかんのんじ)通称:長田観音
例年の屋台が今年も並んでいます。

早い時間で空いています。

ゆっくり静かに参拝。

梵鐘楼の横に新しいお堂

撮影:3年前。お堂が新築され移転しました。

今年の境内。お堂が有りません。



3日:根来寺
9:17 本日は無料で境内に入れます。ここの駐車場からが一番近い。
本来は、ここからお参りします。階段に弱い!

山門からの境内。



9:19 空いています。静かに手を合わせます。



おみくじ、破魔矢、お守り授与所。達磨のおみくじ500円。

今年の初詣はこれで終了。
良い年になります。
今年も走ります。
車、単車の年初メーター
スペーシア                トライク                 ソフテイル 
  
VOX                  ビーノ
 
安全運転で行きます。
今年は、神社仏閣、見どころを巡りでゆっくり走りです。
生きてるだけで丸儲け! 感謝!感謝!

終わり
追加:中国の安売りが、「袋入り」で届きました。手袋、ジックテープは使えます。合計4077円。

 


上岩出神社一の鳥居へ。

2023年12月25日 13時11分40秒 | ドライブ

12月24日 日曜日 晴曇
寒いので冬眠していましたが、体がなまりますのでビーノで一寸だけ走りました。
前回、上岩出神社の一の鳥居があることを知りませんでしたのでまず鳥居に寄り、道の駅万葉の里へ。
走行:60㎞。
鳥居があります。

道路拡張で移動したのでしょうか。揺拝所の様な感じです。

板碑には上岩出神社と記されています。



古さが伝わる家が並んでいます。

天明八年(1788年、235年前)?月吉日 建之は裏側に記されているのを見ますが、正面あります。

きちんと手入れがされています。

大正十一年正月(1922年、101年前)に移転したのでしょうか。

10:05 道の駅紀の川万葉の里 何時もの様に静かです。

工事が始まっています。グループが2組。

野外忘年会。キャンプの方もおられます。



正月用にみかんを3パック。320円。会計を済ました時に、外から餅箱をレジに持ってこられ紅白のお餅をいただきました。来年も良い事がありそう。

抗がん剤の副反応で手の皮がむけています。
ガソリンを入れに寄ると、洗車と灯油購入の列。

阪和道 和歌山と大阪の県境の高架部分で以前から工事をしています。
だんだん大掛かりになってきています。

小さな(小)山がなくなりました。

10:58 阪和道 阪南IC前のラーメン店に単車の集団。間もなく開店。今年のツーリング食べ納兼忘年会?

一寸寒かったのですが気分はすっきり。今日が走り納めかな~
26日が今年の抗がん剤の打ち納め。

終わり


道の駅紀の川万葉の里の帰り、上岩出神社(白山神社)に寄りました。

2023年12月22日 07時24分05秒 | ドライブ

12月20日 水曜日 晴曇
柿がなくなったので、道の駅紀の川万葉の里にVOXで走りました。
13:50発~ℍ62~k7~R24・道の駅紀の川万葉の里(柿は終わっていました。ミカンを購入。)~k7~道・上岩出神社~16:10帰宅。
走行:60㎞。
(Google参照)上岩出神社周辺

気温9℃ ちょっと寒いです。帰りはもっと寒かったです。

道の駅紀の川万葉の里 柿は、3パックだけで少し柔らかい状態。もうカキの収穫は終わったようです。畑にもありません。

正月みかん?で超小ぶり。しかし、超甘味と少しの酸味で美味しい~!!!これで150円、安~い!
20数年前に来た上岩出神社。周囲が整備されて、田んぼがなくなっています。

上岩出神社 こんなに立派だったかな~
見返し 田んぼの中を走った様な気がするのですが。道路や周囲が変わっています。ガードレールなんか無かった~

二の鳥居 一の鳥居はk7から曲がった所にあります。(知りませんでした。次回寄ります。)

見返し 大正2年建之(これをたてる)百年以上です。
横から きれいに清掃されています。

神社の由来(拝殿にも由来文が有りました。)

神社の由来(未校正)
さんのまで親しまれてい昔から「白山さん」 集めてきた神社であり、 として 村七か(北大(山田) の氏神神社の初まりとして 覚上人が山のの業の方に 根来の繁栄疑いなからん」 という白山大神のご神託を受け、 加質石川白山比咩神社より分霊して「巽の宮」と称し、社領二百石を奉納したと記録に残されています。
伝承によれば、大宝元年(七〇一年)行者(役小角)により社が設けられ、「蔵王権現」としてこの地に鎮座したとのことです。
境内社の中には「蔵王社」の名が残されています。
長承二年(一一三三年)白山比咩神社を勧請した時の御祭神は、しらやまひめのみこと白山比咩命 (菊理比咩命) イザナギノ命イザナミノ命でありました。
天正十三年(一五八五年) 根来寺焼とともに焼失しましたが、御神鏡が灰燼の中より出現し、早速小社を営みその霊応がますます崇められたとい うことです。
文禄三年(一五九四年) 興山(木食・応其) 上人により再建されたのが現本殿です。爾来四百年の風雪に耐え、氏 子崇敬者の皆様の信仰生活の中心と して今なお私たちの前に厳存、こんもりとる森の中に鎮まり座しておられます。
明治四十二年、上岩出神社と改称、一村一社という政府命令により各地区で祀られていた三十余社が合祀され、ご祭神も二十四柱となりました。
昭和四十一年県文化財の指定を受 け、お屋根替え、彩色保存工事により、 桃山時代建立 (一五九四年)の壮麗な 姿(三間社流造)が再現され、現在に至っていま。
主たる建造物 (校正しました。)
本殿 (木造檜皮葺) 灯籠(各時代)
拝殿 (木造瓦葺切妻造)
社務所 (木造瓦葺切妻造)
護国神社 神馬舎(ブロック銅葺)
氏子会館 鳥居(明神造)
御旅所(鳥居、板碑、狛犬)
手水舎

燈籠の笠が反りかえっていません。貫禄があります。階段沿いの木が少なくなっています。

寛政9年。226年前の燈籠です。

猫ちゃんもお参り。後ろからも来ます?

慣れた感じで参道の階段を登って行きます。

私は、足が悪いので、横のスロープからVOXで上がりました。黒猫もいます。

軽トラが1台停まっています。氏子会館などもあります。

参道の階段から。拝殿、本殿、護国神社があります。

脚立と電球の箱。自転車で来られた地元の方がお参り。

神社の説明。明治42年8月33社合祀(ごうし)

護国神社

本殿

上岩出神社板碑(いたび)

市指定文化財 (建造物)(一部未校正)
上岩出神社板碑 (いたび)2基
緑泥片岩の石材を板状に加工し、梵字や供養年月日などを刻んでいる。
向かって右側の板碑には、正平14年 (1359) 11月8日の年月日が、向かって左側の板碑には、正平10年(1361)の年が刻まれている。
社伝によると、 正平10年の板碑は、北朝方の降伏を祈願して建てられたものと伝る。
(「正平」は南朝の元号)
平成2年2月13日 指定
岩出市教育委員会

上岩出神社板碑 「正平」の文字がはっきり見えます。

拝殿 白山大権現、上岩出神社
拝詞(はいし)神職の方が神前で唱える 祝詞 (のりと) を一般人にも読めるよう短く簡単にしたも。略拝詞(りゃくはいし)とは祝詞を簡略化

罪や穢れを取り除いてくださいどうぞ、神様、お守りください幸せにお導きください。の意。
左側 伸語、礼拝の作法(ニ礼ニ拍一礼)

拝殿禰津と本殿。

拝殿横の燈籠。合祀されたので各神社の燈籠が引っ越してきています。

南大池荘 昔の地名。



二の鳥居にあった神社の由来です。

白山( はくさん)・上岩出神社(一部未校正)
上岩出神社は、昔から「白山さん」と呼ばれ、「子安の神」として信仰を集めてきた神あ り、現代も「白山さん」の名で親しまれている 岩村七字 (北大池・東坂本・新田広芝にがみさま南大池水柄・野上野・山田)の氏神様です。
神社の初まりとして、根来開山の覚鑁上人が「われを当山の翼の方に奉祀せば、 根来の繁栄疑いなからん」という白山大神のご神託を受け、加賀国石川群白山比神社を分して「巽の「宮」と称し、 社領二百石を奉納したと記録に残 されています。
伝承によれば、大宝元年(七〇一年)桜小角役行者)により社が設けられ、「蔵王権現」としてこの地に鎮座したとのことです。
境内社の中には「蔵王社」の名が残されています。
永二年(一〇三三年) 白山比咩神社を勧請した時の御祭神は、白山比咩命(しらやまひめのみこと) でありました。
菊理比咩命(くくりひめのみこと) イザナギノ命 、イザナミノ命した。
天正十三年(一五八五年) 根来寺焼亡とともに焼失しましたが、御神鏡が灰燼の中より出現し、早速小社を営みその重応がますます崇めら れたということです。
文禄三年(一五九四年) 興山(木食・応其)上人により再建されたのが現本殿です。
爾来四 百年の風雪に耐え、氏子・崇者の皆様の信仰 生活の中心として今なお私たちの前に厳存、こんもりと繁る森の中に鎮まり座しておられます。
明治四十二年、上岩出神社と改称、 一村一社という政府命令により各地区で祀られてい三十余社が合祀され、 ご祭神も二十四柱となりま昭和四十一年県文化財の指定を受け、お屋根 替え、彩色保存工事により、桃山時代建立 (一五九四年)の壮麗な姿 (三間社流造) が再現 され、現在に至っています。
合祀されていますので祭神様が多いです。22柱あります。

上岩出神社祭神記(校正)
由緒
神社は第七十四
代鳥羽天皇御守
長承二年十月十三日
加賀国石川郡白山姬神
社を御分靈奉祀す。
天正十三年兵火に罹りしも
神鏡少しも破損せず、村人
小社を造営して鎮座し承る。
文錄三年正月十一日社設
を再建す。
明治四十三年一月十一日
白山神社と称せしを
上岩出神社と改称す。
昭和四十四年七月十四日
県文化財に指定さる。
長承年間より明治四十二年
までは、毎年 祭年六月丑の日に
祭礼を行いしも 明治四十三
 年以降 每年十月とする。
本神社境内 二干四百坪
正月の準備をされていた方が、この灯籠が一番古い(1592年)と教えて下さいました。笠石が反り反っていないのが特徴で、一基しかないそうです。もう一基は判らないそうです。

本殿を中に入って写真を撮っても良いとおっしゃっていただいたので喜んで本殿前まで入りました。猫がお食事中。午後3時30分。3時のおやつ?

振り返ると、境内にも猫の3時のおやつ。野良ちゃんだそうで毎日世話をされているそうです。それで、階段下で出会った野良ちゃんが慣れた足取りで階段を登って行った事が判りました。地域の方の人情がうかがわれます。

野良ちゃんの餌箱の横を通り本殿へ。

本殿前にも野良ちゃんがお座り。そして本殿の階段を登っていきました。

野良ちゃんは、狛猫でしたか。

本殿から拝殿方向。

本殿:三間社流造

それぞれに扉があります。





昭和四十一年県文化財の指定を受け、お屋根 替え、彩色保存工事。











龍の絵



本殿も猫ちゃんのケージなどがあり大切にされているのが判ります。
猫宮司!!!
今日はいい日になりました。
それから、カードの不正所用の件での請求はしないというメールが来ました。

これも日ごろの信心があったればこそ。今季の冬は、近場の神社仏閣巡りをします。
生きてるだけで丸儲け! 感謝!感謝!

終わり