Black Oasis制作モルタル小屋

RPGツクールによるフリゲ制作者・フリゲ実況者ナルミが綴る諸々の記。

THE RID.-Final Mission-をVer2.55にアップしました!

2023年05月14日 | ゲーム制作

 

 

 

THE RID.-Final Mission-をVer2.55にアップしました!

(ふりーむ!のページに飛びます)

 

今回のアップデートで、マテリアルユニット返還の仕様を変更し、

ユニットと同時に元のパーツも返還されるようにしました。

 

また、使用したRGSS3をまるっと変更したおかげで、

以前のバージョンのセーブデータでエラーが出る不具合も解消出来ました!

以前のバージョンをDLしてくださった方々には、ご面倒をおかけしてしまいました……。

 

 

また、先日のスーパーゲ制デーにて……

 

 

 

ゲーム内の「おまけ」で条件を満たすと流れる

主題歌「Final Mission」のプロモーションビデオを1コーラスだけ解禁しました。

ちなみに、YouTubeにも上げております。

 

 

 

ツイートにもある通り、フルコーラスをご覧になりたい場合は

おまけ部分のエキシビションマッチで主人公4人に勝利し、デバッグルームで作者(の記憶)に話しかけてください。

 

 

よしなに。

 

 

 

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さて、ここからは最近僕がふと思ったことをひとつ……

 

「表現の自由」とはよく耳にする言葉だが、

その表現は、一体どこまで許されるものなんだろう……?

 

 

 

実は僕は、刑事ドラマやサスペンスドラマの類が大嫌いである。

 

 

だいぶ以前に、僕が夕飯の時に父親が居間で

決まって刑事もののドラマを観ていた。

BSでその時間帯に刑事ドラマが放送されるチャンネルがあって、

父は刑事ドラマが気に入っていたんだろう

 

食事をとる台所は居間の隣で、そこからテレビが筒抜けの状態だった。

僕はいつも嫌々その刑事ドラマを観ながら夕飯をとっていたのだが、

ある時、ドラマで犯人が病院の患者と看護師を人質にして

刑事たちと銃声と悲鳴・怒号が飛び交う中争う凄惨なシーンが流れ、

僕は、なんでこんな場面を観ながら食事しなきゃならんのか

完全にキレてテーブルをブッ叩き、暗くなった空もお構いなしに外に出た。

その後怒りが収まるまで、30~40分ほど自宅近辺の集落をうろつきまわった。

 

判りやすく説明するために端的な例を出したが、それくらい嫌いなのだ。

 

 

 

ちなみに余談だけど、アンガーマネジメントで言う

「怒りは6秒でピークを迎える」は、個人的にどうも嘘くさいな、と。

上述の夕飯時の刑事ドラマにしたって、怒りが収まるまで10分以上はかかったし、

仕事中に過去の腹立たしいことやイライラすることを思い出すことがあって、

翌日には忘れて治まるかなと思いきや、さらにその怒りが増幅されて蘇ってくることも多々あったから……。

 

 

ただ、父親を始めとした多くの人間が刑事ドラマやサスペンスドラマを好んで観ているのは理解しているし、

自分が嫌いだからと言って、そのコンテンツがこの世から無くなってしまえばいいなんて気は毛頭起こらない。

僕が好きなコンテンツが嫌いだと言う人も、世の中には多く居るのだから。

 

 

自分が嫌いな、または不快だと思うものを見たなら

それがテレビならチャンネルを変えるか電源を切ればいい。

本や新聞なら読むのを止めればいい。

看板やポスターなら視線を逸らせばいい。

ネットならURLを変えればいい。

SNS上なら、ブロックやミュートの機能を使えばいい。

実に簡単なことだ。

 

 

ところが、そんな簡単なこともしようとしない、またはしても感情が収まらない人が居て、

自分たちが気に入らない、不快だと思うコンテンツを、

「無くせ無くせ」と世界中から見ることの出来るSNS上や、果てには公共の場で叫んでまわる人たちを見かける。

 

 

そういう人を見るたんびに僕は、

誰かの幸せを奪うことでしか満足が出来ない

一生幸せになれそうにない人を見ているようで

なんだかとても悲しい気分になる。

その人たちが幸せを感じられることって何だろう?

美味しいものを食べている時と、好きな芸能人やキャラを眺めてる時ぐらいだろうか……?

 

 

 

刑事もの、サスペンスもので起こる殺人や暴力なんて、

我々の暮らす現実には起こって欲しくない、起こってはならないものだ。

 

それは、ゲームや漫画、アニメも同じことで、

たとえばRPGで剣や魔法で魔物を倒すことなんて、現実では起こりえない。

一時流行った異世界転生にしたって、あり得ない話だ。

ホラー映画で幽霊やゾンビが人間に襲い掛かってくることも、現実に起こって欲しくは無いだろう。

 

 

その、起こって欲しくない・起こってはならないことの、最も判りやすく極端な例が「戦争」だろう。

起こしてはならないことだと言うのを、国をつかさどる政治家たちは皆分かっているから、

国会で議論し、外交を通じて各国の「国の意思」を確認する。

 

僕は戦争を経験していないから、その悲惨さを身をもって理解はしていない。

日本は戦争に敗れて、戦争の悲惨さ・むごたらしさを出来るだけ教えないようにしたらしい。

でも、その教育を受け育った「戦争を知らない」世代とその子孫たちが、果たしてずっと戦争を起こさずに生きて行くんだろうか?

戦争のことを理解していない世代が、戦争が如何に危険かと言う事を理解せぬまま

核だ兵器だと動画や配信でコメントしている様子を見ると、どうにも首を傾げてしまう。

 

 

 

あり得ない、あって欲しくない、あってはならないことを

我々人間は創作と言う形で表現する。人間たちが生み出した立派な文化だ。

 

だけど、あまりにもエグい、またはグロくて精神的にトラウマになる表現や

あまりにも卑猥で目のやり場に困るような表現もあって

人は、表現に規制をかけた。

 

 

規制は国によってその度合いが異なっていて、

日本は世界中では規制が緩い方だと言う。

それでも、近年は昔に較べて規制はいささか厳しくなってきているようだ。

 

 

表現に何処まで規制をかければ良いのか、その境界線はまだまだ見て来ないし、

人によって基準はまちまちだろう。

永遠に答えの出ない問いかも知れないが、

結局のところは、その時代や時勢に見合ったバランスで変わってゆくもののような気がする……。

 

 

 

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