アリ@チャピ堂 お気楽本のブログ

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本の本シリーズ その1 「謎の蔵書票」

2010-07-19 16:57:58 | 本の本
『謎の蔵書票』走りながらどれだけ喋り続けられるのか?


「謎の蔵書票」 ロス・キング著、田村義進訳、早川書房、2000年4月

ヨーロッパでは歴史小説が流行っているという話を聞いたような気がする。
『五輪の薔薇』という小説も読んでみたいが、二冊まとめて買って読みきれるだろうか、面白いと云われているが高い買い物になりそうで手が出なかった。ブックオフで半額になっていたら買おうと思っているのだが、この『謎の蔵書票』を読むと、結構読めそうな気もしてきた。中学、高校で習った歴史の知識程度でも、物語が面白ければ時代背景や史実への理解が浅くとも読めてしまうものだ。ロジャー・ベーコンとフランシス・ベーコンって兄弟だったかな、と、ますます脳髄が石灰化していく輩でも楽しめてしまう。そして何より、歴史という暗号はそれだけでミステリーなのだ。

 ヨーロッパの歴史はキリスト教、ユダヤ教、そしてそれぞれの異端を抜きには語れない。その中で、カバラ、グノーシス派、ヘルメス文書、薔薇十字と世界史の授業では十分には教えられない怪しげな流れが、実は地下水脈としてに西欧精神世界を縦横に走り、中世から近代への理性の勝利と思える発展に抜き差しならぬ影響を与えている。フランス革命の自由、平等、博愛の旗印がフリーメーソンのものだという程度のことは、裏話程度に聞きかじっているが、じゃあフリーメーソンとは何なのか。秘密結社となれば、それはそれは怪しい人たちの集団に思えるが、実はほんとにそうだったという語り口が歴史小説の面白みであり醍醐味なのかも知れない。

 この本の主人公は十七世紀中葉のロンドンに店を構える書店主で、謎の貴婦人から幻の本の探索を依頼される。そして、遡ること四十年、幻となった本の出自を想起させる、陥落する城砦からの逃避行がもう一つの物語として平行して語られる。シャーロック・ホームズの住んでいたロンドンより二〇〇年以上遡ることになるが、作者(それに訳者)はごく自然に読者をタイムトリップさせる。この点では、日本人だろうがイギリス人だろうが本当にその時代に居たわけではないのだから、現代の小説より少しハンディが少ないようにも思うが、やや足の悪いインチボルドが悪路を馬車でいけば、長旅にお尻が痛くなるような描写のうまさがある。

 中世の面目躍如たる錬金術、科学の母であって、科学とは無縁の術の始原たる書籍の探索は、オカルト的展開を想起させながら、経験主義、実証主義的な学問の光明が歴史の流れに大きな変化をもたらす、その胎動をうまく伝えている。ミステリー仕立てなのに結末のことを云ってはいけないという禁を破ってしまうようだが、終結に向けたあまりにもダイナミックな展開の中で、多くのことを語らせすぎている。平たく云えば、走りながらそんなに長々喋り続けられんだろうという、最後の最後にプロットのためにリアリティが欠けてしまうところがとても残念でしかたない。逆にいえば、それほどさもありなんという描写が、いい加減な現代小説よりもよほどリアリティを持って、その時代を生きているように読ませる良書であるということか。

 最後に蛇足だが、ルビは、例えば「主(あるじ)」とか「店(たな)」といったように読み間違いそうなものに振ってあるようなのだが、「流行(はや)り」に振るのだったら「書肆」(しょし)とか「猖獗」(しょうけつ)などの言葉にもルビを振ってもいいんじゃないかと思う。本好きにも無知蒙昧な輩はいるので。さて、この本のエッセンスが現代に謎として流出し、記号として再構成された本、それが『フーコーの振り子』である。


読んでみてね~

*この諸表は2000年に「ペガソス新聞」などというコピー印刷(20部ぐらいしか作らないので)の私家版読書新聞に掲載したもの
犬のブログに比べて、読んでもらえるかどうか別にして、これは楽だ!!

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