阿武山(あぶさん)と栗本軒貞国の狂歌とサンフレ昔話

コロナ禍は去りぬいやまだ言ひ合ふを
ホッホッ笑ふアオバズクかも

by小林じゃ

狂歌家の風(7) 五寸釘

2018-11-02 20:10:56 | 栗本軒貞国

栗本軒貞国詠「狂歌家の風」(1801年刊)、今日は恋の部から一首、

 

     寄文字恋 

 必とかいた誓紙を反古にした男の心にうつ五寸釘 


 題は「文字に寄する恋」ということで、これは悩む必要もないわかりやすい歌のように思われる。ひとつちょっと可能性の問題だけど、誓紙を「せいし」と音読みしたら必は「かならず」だろうけど、逆に必を音読みして誓紙を訓読みはないと言い切れるか。でも声に出して読んだ時に前者の方がわかりやすいし問題にならないかな。狂歌家の風には誓紙が出てくる恋の歌がもう一首ある。

 

     初恋 

 はつかしとくはへそめたる其指の血をは誓紙にいつかそゝかん

 

 これは初恋という題をみてもまだ誓紙を交わす仲ではないようだ。ネットで誓紙という言葉の意味を調べると、ウィキの熊野牛王符の項に「江戸時代になると遊女が客との間で熊野誓紙を取り交わし、擬似的な結婚をすることが流行したという。」とある。貞国の二首は遊女を念頭に置いた歌ではないと思うが、国会図書館デジタルコレクションで誓紙を検索すると、確かに遊里での場面が出てくる。十返舎一九「あんぽん丹」戀は癖物語の初まり。誓紙は律義一篇の昔男から引用してみよう。


 「是より病付(やみつき)となり、こそこそと通ふにつけて。濱なぎも、丹吉の實儀あるに愛相惚(めであひほれ)となり、互に鼻の下をあるたけ延して、末は夫婦と誓紙を取かはし、猶念入れて丹吉。濱なぎの親のかたへ渡り合(あひ)。少々の樽代金を遣(やり)。勤の年限済たる上は。丹吉婦妻に送るべきよしの一札を取置。」


しかしながら、丹吉はその日が来る前に病に倒れてしまう、という展開。ここでは遊里だからといって特別な事ではなく普通の恋愛の中で誓紙を交わしたかのように描かれている。次は井原西鶴 「好色一代男」十七歲 誓紙のうるし判を見てみよう。


 「夜も明(あく)れば互に別れ、恋にのこる所ありて、重て宿によびよせ、近江にさらしの縫しるしなどさせてかはいがられ、にくからず、かための誓紙、うるし判のくちぬまでとぞ、いのりける」


うるし判は「江戸時代、奈良晒 (ならざらし) などの布に押した、「極」の字の検査済み印。消えないように漆を使った。」と説明したものがあり、この話の舞台が奈良ということで、うるし判の入った結びの文となったようだ。この話は近江という遊女が世之介を気に入って誓紙という展開のようだ。これが遊女と客とが誓紙を交わす典型なのかどうか、あまりこの手の話を読んでないのでもうちょっと調べてみたい。誓紙の文面も男女間のものはあまり出てこない。うるし判の朽ちぬまで、と誓紙に書いたのだろうか。

 三十年前、京都で過ごした学生時代、飲んだあと友人たちと終電で鞍馬に行って山中をうろうろしていた時に、丑の刻参りではないかと思われる物音を聞いた。怖くて一瞬で酔いがさめて回れ右した。音だけで震えあがってしまったのだから、今回も丑の刻参りや五寸釘についてあれこれ書くのはやめておこう。

 

【追記1】「狂歌五題集」の恨恋に丑の刻参りに関連する歌二首、

 

  この恋を叶へ給へを今はそのうらみそいのる貴船明神   民女

 

  松に釘うらむ女のなみ四寸うち込んた男おもひしらさん  平野郷 一朝

 

貴船神社が名所というのは聞いたことがある。二首目はわからない事もあるが、怖いからこのままにしておこう。

 

【追記2】「狂歌玉雲集」に熊野誓紙の類歌、

 

       別恋             女 磯江 

  誓文にころしたむくひてみくま野のその子烏が別れ告るか


誓紙に背くと熊野でカラスが死ぬと言われ、また落語の「三枚起請」では、

「起請を書ときには熊野で烏が三羽死ぬと云ふ事だ、罪じや無(ね)えか」

とあり、こちらでは起請を書くだけで烏が死ぬという。伝高杉晋作作の都都逸「三千世界の烏を殺し、ぬしと朝寝がしてみたい」も三枚起請と同じ前提だろう。狂歌玉雲集の歌はどちらかわかりにくいけれど、これも誓文を書いた時点で烏が死にその子烏が、ということだろうか。


【追記3】 狂歌左鞆絵」に起請と後朝の烏という取り合わせで詠んだ歌があった。


  取かはす起請はかみにちかひてもからすはにくききぬきぬの床  石上舍三歳


誓紙と思われる挿絵も入っている。


【追記4】 「吉原十二時」に起請と烏の歌、


  けいせいのかきし起請のうそなれは烏もしなぬ曙のそら  八王子 春樹園丸主


遊女の書いた起請文は嘘だから烏は死なないで曙の空に鳴いているとある。


【追記5】 貞国の歌と同じように必と心の字に注目した歌が「狂歌手毎の花 二編」にあった。


        逢恋        白石園 雑亭 駄鹿

  必の文字のひつかけはつす戸にうらみもはれし心とそなる

 

ここでは必の文字のひっかけ外して恨みも晴れた心になると、貞国の歌とは逆の趣向だろうか。



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