栗本軒貞国詠「狂歌家の風」(1801年刊)、今日は夏の部より二首
潅仏
豆からは産湯の下にたかねとも七あしにしをしめす御仏
躑躅売
竿の先のことつてなれと天竺へとゝける心もちつゝし売
一首目は難しかった。潅仏会に豆というのがいくら調べても出てこなかった。「七あしにしを」も困った。お釈迦様は生まれた直後前後左右、あるいは東西南北に七歩ずつ歩いた後に天上天下唯我独尊ということで、西だけに歩いたのではない。しばらく放置していたが、「豆から」ではなくて「豆がら」かなと気付いて検索したら、お釈迦様とは全く関係ない中国の故事が出てきた。俗に七歩詩と言われるもので、曹操の子、曹植が兄の文帝から七歩あるく間に詩を作らなければ殺すと言われて作った詩、
煮豆燃豆箕 豆を煮るに豆箕(まめがら)を燃やす
豆在釜中泣 豆は釜中に在りて泣く
本是同根生 本是れ同根より生ず
相煎何太急 相煎(に)ることの何ぞ太(はなは)だ急なる
豆がらを燃やして豆を煮る、というところから兄弟や仲間同士が傷つけ合うことのたとえだそうだ。すると下の句は「七あしに詩を」となるのかな。豆がらで産湯をたいた訳ではないけれども七歩あるいて詩を作ったお釈迦様であった、ということだろうか。残った問題は、「西」は無関係かどうか。真宗だから西に歩いた、という話は今のところ見つかっていないけれど何か心に引っかかるものがある。
二首目は、天竺に届ける心持ちつつ、がつつじ売りに続く貞国の軽快な一面が出た歌ではあるけれども、やはり最初わからなかった。つつじ売りが竿持って売り歩くのかと思ったが、江戸の物売りの類の中につつじ売りは登場しない。歌中に天竺とあり、一首目と連続した歌でもあるから潅仏会につつじを売り歩くというのは想像できた。調べていくうちに西日本に天道花(てんどうばな)という風習があり、4月8日の潅仏会の日にツツジ、藤などを竿の先に結んで立てるというものだった。ネットの解説では中国、四国地方とあるが、近畿、若狭、佐渡も出てくる。江戸の物売りには載ってないわけだ。貞柳にも天道花の歌がある。
卯月八日
のこりおほやもちつと棹が長いなら天道さまへとゝくつゝしを
もうちょっと棹が長かったらお天道様にツツジが届くのに心残りだ、と詠んでいる。この卯月八日は薬師様の縁日とお釈迦様の誕生日が民間信仰と融合した風習であったことが、昭和24年「年中行事」の天道花の記述にも見える。私が住んでいる広島市安佐北区でも深川(ふかわ)薬師の縁日に甘茶がふるまわれる。今は土曜日にやっているが私が子供の頃は月遅れの「ごがつようか」と決まっていて薬師さんがある院内地区の子は学校が休みで羨ましかった記憶がある。花まつりというと春のようなイメージだけど、旧暦の卯月、夏の行事だ。
【追記1】「狂歌かゝみやま」にも天道花の歌があり、ツツジについて前述したことに大きな見落としがあることがわかった。
四月八日 宵眠
手にとれはたふさにへはる餅つゝし竿の先にてけふ奉る
餅は何であろうか。今まで読んだ物の中には竿に餅もくくりつけるような記述はなかった。この歌をふまえて前述の貞国の歌を見ると、ツツジの前にやはり「もち」がある。貞柳の歌にも「もちつと」が入っていて、餅は重要な要素のようだ。餅つつじで検索すると、モチツツジという種類のツツジが出てきた。粘毛があり、「たぶさにへばる」手首あるいは腕にひっつくというのは、まさにモチツツジで間違いなさそうだ。確かに庭のツツジは手に粘毛がまとわりつく感じがある。もっともツツジとサツキの見分け方として粘毛の有無を書いたものがあり、すると粘毛があるのはモチツツジに限ったことではなく、狂歌に出てくる餅つつじイコール種類としてのモチツツジなのかどうかはわからない。モチツツジがわかった上で貞国の歌をみると「もちつつ」が前後に掛かっていて、貞柳の歌でも「もちつと」が生きてくる。天道花の説明を読むと竿の先の花はツツジ、藤、山吹、卯の花など書いてあるが、この三首ではモチツツジが重要のようだ。もっと探してみたい。
【追記2】追記1に関連して、天道花ではないが「もちつゝじ」が出てくる狂歌が古今夷曲集にあった。
躑躅 未得
咲く花の顔は上戸(じやうご)の色ながら名は下戸(げこ)のすくもちつゝじ哉
題は躑躅で歌はモチツツジというのは貞国の歌と同じパターンで、酒と餅の対比で歌中では「下戸の好く餅つつじ」となっている。狂歌の素材としては餅がついてる分使い勝手が良いということだろうか。江戸狂歌では五文字にする時は「岩つつじ」が多い。モチツツジの分布は静岡山梨以西とある。天道花もモチツツジも西日本のもののようだ。
【追記3】嬾葉夷曲集に「躑躅うり」が出てくる歌があった。
ほとゝきすを聞て 草丸
深山出て里に一こゑあんまりしややよ聞ならへ躑躅うりをは
ほととぎすの初音の頃とうかがえる。この嬾葉夷曲集には、その前の春の部にも「もちつゝし」を詠んだ歌がある。
瀧下躑躅 渦丸
雛まつりの後ても菱のもちつゝしは色美しとみかさねの瀧
やはりモチツツジは色々応用がきく素材のようだ。
「躑躅花売 初夏ノ頃近キ山家ヨリ来テ売テ四月八日日天ニ供モ是也」