昨日午後から大頭神社に行ってきた。滝や本殿の写真はツイッターにはのせたのだけど、こちらはメモということでごめんなさい。JR山陽本線大野浦駅から徒歩20分ぐらい、露店が並んでにぎやかな秋祭りだった。大頭神社についての石板に四鳥の別れと烏喰祭の記述があった。
「依て大野町大古より別鴉の郷とも云い傳えられ社前の橋を別鴉橋と云ふ」とあり、たしかに朱塗りの橋にそう書いてあった。
御朱印は例大祭仕様のあらかじめ用意された紙だった。しかし私にとっては四羽の神烏がデザインされた御朱印と説明文はかえってありがたいものであった。
ここまでで、大頭神社の御烏喰式は厳島神社とは違ってカラスの字が使われていることが確認できたが、この説明文によると、「四鳥の別れ」はトリの字だが、最後の「四烏(しがらす)しあわす」はカラスと、図書館で鳥か烏か目が痛くなった悪夢がよみがえる展開。しかしよく考えたら最後の四烏はカラスでないと困る文脈だからあまり神経質にならないでおこう。また、これによると四鳥の別れは例大祭の日に行われるとある。しかし、うろうろしてもこの日に行われるという掲示物や痕跡はなかった。やはり最近はやってないのだろうか。
本殿の奥にあった妹背の滝の説明版。
妹背の滝
京都下加茂社家 永恭
雄滝
たちよりてしばしむすばむひまもなし
はげしく散りて落つる滝つ瀬
雌滝
山姫のたぐる糸とはこれならむ
峯よりかけておつる白糸
ネットで検索するとこの妹背の滝を詠んだ栗本軒貞国の歌が出てくるのだけど、出典がわからない。ただ、狂歌家の風に鳥喰祭の歌があり、貞国が大頭神社に来ていたことは間違いなく、その時の歌かもしれない。
ついでに、大野浦駅前にあった歌碑。
「今川貞世(号了俊)が九州探題として任地に下るとき應安四年(一三七一年)九月二十一日當地で詠んだ歌
おおのうらを
これかととえば
やまなしの
かたえのもみじ
色にいでつつ
大野浦の駅名はこの歌からとったものです」
これで、あとはもう一回二回図書館に行けば、狂歌家の風の鳥喰祭を詠んだ歌について書けるかもしれない。お祭りらしい写真が一枚もなかったこと、おわびいたします。