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〜かたることばが歌になる風になる〜

同級生と長電話

玄関入ったところが少し殺風景だったので
父の大きな辰砂(赤い色)の大壺に合うような
鮮やかな玄関マットを敷きました。



私のブログを久々に読んでくれた、横浜に住む同級生が
私の記事の中の「マンション、ベランダ」とかの文言の
戸建の以前の我が家の様子ではない内容に
「えっ、アッコどうしたん? 引っ越したん?」と
ビックリしてメールをくれました。

私は、ついつい友達にはおしゃべりする様に、長いメールを打ってしまいます。
これまでの、土地売却から引っ越しなどの経緯を、なが〜いメールで説明。
彼女からは、自分にはこんな長い文章を打つのはとってもできないと
「長いメール恐れ入ります。会っておしゃべりしたいけどね〜。
電話にしましょうか?」との返信。
昨晩夜彼女と、結局1時間ぐらいおしゃべりしてしまいました。

彼女とは、3年ぐらい前まで時々「音楽ボランティア」で助っ人を頼まれて
大阪市内や千里あたりの介護施設などを、何回か訪問させて頂いて
音高、音大の同級生の中では、濃いお付き合いをしていて
3年前、一人暮らしをされていた大阪のご実家のお母さんが体調を崩されて
施設でお世話になったということで、その施設訪問をすることになり
何十年ぶりぐらいにお母さんと再会しました。
彼女のお母さんは昭和3年生まれ、うちの母は4年生まれ。
このお母さんが55歳の頃、趣味でカメラに凝って、人形浄瑠璃の
劇場での写真作品展を大阪で開かれた時、ギャラリーに行ったことがあったからか
「アッコさんや〜!」と嬉しそうに再会を喜んで下さいました。
それがお会いしたほんとに最後でした。

「アッコさん」と、クラスメイト以外でそんな風に呼んで下さる方は他には無く
なんかとっても嬉しく思ったのですが
私を見るなり「アッコさん」と叫ぶお母さんが、私を覚えていることに
彼女もビックリしたとか。

高校生の頃から、私の顔立ち面立ちが、自分に似ていると言っていて
ご自分の娘の友人の中でも、私を印象深く見ていてくれたようでした。

お母さんがご健在だった3年前まで、東京方面はもちろん
お近くに妹さんがいるとはいえ、お母さんの様子を見るためもあって
彼女は定期的に横浜から来阪して、その度に「音楽ボランティア」で
介護施設のみなさんを楽しませてくれていましたが
お母さんが亡くなられたの機に、ボランティを終えたようです。

ボランティアのことは下記ブログに書いていますので
ご興味ありましたら覗いて見て下さい。

活動を終了した「女声合唱団風」のこと、「コーラス花座」のこと、韓国ドラマ、中国ドラマなど色々。

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