東京国際映画祭もあと2日で終わりです。私の方は自主的に本日で終了し、あとは授賞結果を待つのみという形で、本日から別の仕事をしています。最後の鑑賞に残しておいたのが、フィリピン映画のコンペ作品『野獣のゴスペル』と、ワールド・フォーカス部門の『漁師』。どちらも見ていて楽しくはない固い作品で、しっかりした作りではあるものの、胸にはストンと落ちない作品でした。どこが引っかかったか、ちょっと書いておきます。
『野獣のゴスペル』
@Southern Lantern Studios
2023/フィリピン/ヒリガイノン語/原題:The Gospel of the Beast
監督:シェロン・ダヨック
出演:ジャンセン・マグプサオ、ロニー・ラザロ、ジョン・レンツ・ジャヴィ
今後の上映日時:10/31(火) 16:10-
@Southern Lantern Studios
ヒリガイノン語は、西ビサヤ地方で話される言語だそうです。マテオ(ジャンセン・マグプサオ)は15歳の高校生。妹と幼い弟がおり、生活費を稼ぐために放課後は食肉解体工場で働いています。家の壁には、両親と彼ら3人子供たちの幸せそうな写真が飾ってあるのですが、父は行方不明のようで、母もいません。本当は金魚など小動物が好きなマテオですが、だんだん気持ちがすさんできて、学校ではサッカーをしていたりしてもすぐ仲間とケンカになります。友人と森の池に泳ぎに行った時も、ちょっとしたことから言い争いになり、友人を石でなぐってしまいます。フラフラになって歩いて行った友人は、小川でバッタリ倒れてしまいましたが、マテオはそのまま逃げて来ます。友人は小川に顔をつけて意識不明となったようで、遺体が翌日発見されました。怖くなったマテオは、以前から顔見知りだった「おじさん」で、「君の父さんのことは気に掛けてるよ」と言ってくれたベルト(ロニー・ラザロ)に付いて、よその町に働きに行くことにしました。そこはベルトが若者たちを集めてヤバい裏仕事をやっている館で、マテオは徐々にその中に取り込まれていきます。ベルトの仕事は、ボスから命じられて不都合な男をリンチにかけたり、亡くなるとその遺体を始末したりすることでした。ベルトは「おじさん」と呼ぶマテオをかわいがり、狩猟に連れて行ったりするのですが、ある日マテオが慕っていた先輩がベルトに始末され、その遺体をマテオたちが処理することになり、マテオは「おじさん」の本当の顔を思い知らされます....。
@Southern Lantern Studios
ノワールもの、と言ってもいいのですが、若い男たちがほとんどの合宿所みたいな中でのノワールなので、いまひとつ凄みがありません。マテオ役のジャンセン・マグプサオが背は低いものの印象に残るイケメンで、特にきつい目つきの厳しい表情が目に焼き付きます。「おじさん」役のロニー・ラザロは、ブリランテ・メンドーサ監督作『義足のボクサー GENSAN PUNCH』(2021)にもコーチ役で出ていたベテラン俳優ですが、本来はやさしい表の顔と恐ろしい裏の顔が演じられないといけないのに、「おじさん」の恐怖の二面性描写はいまひとつ。これに対してマテオ役のジャンセン・マグプサオはどのシーンでも決め表情ショットが登場、おまけに、放射状に割れたガラスを通して彼の美しい顔を見せる、といった凝ったショットなんかもあり、この子を撮りたいがための作品では、という疑いがむくむくと....とは言え、コンペに選ばれるぐらいの作品なので、まあ私の邪推でしょうけど。シェロン・ダヨック監督はこんな方です。ジャンセン君は背が伸びたら、二枚目俳優の仲間入りできるかも知れません。
で、Q&Aの記録を探してみたら、動画が出てきました。監督と一緒に登場したジャンセン君、背がちょっと高くなったみたいです。キツい「野獣」顔から甘い二枚目の大人顔になりつつあるようで、将来が楽しみですね。下に動画を付けておきます。
シェロン・ダヨック監督「加害者でありながら被害者でもある」フィリピンの社会問題をテーマに人間が野獣へと変貌する様を迫真に描く。『野獣のゴスペル』Q&A|The Gospel of the Beast
『漁師』
2022/フィリピン/フィリピノ語/原題:The Fisher
監督:ポール・ソリアーノ
出演:モン・コンフィアード、ユーラ・バルデス、ヘブン・ベラレホ
高い波音が常に響いている、ひなびた漁村。漁師ペドロ(モン・コンフィアード)には、妻のデルマ(ユーラ・バルデス)と義理の娘シモーン(ヘブン・ベラレホ)がいましたが、ペドロの偏屈さゆえに村からははずれた場所に住んでいました。ペドロとデルマには息子アンドロもいたのですが、海が息子を奪っていってしまいました。この漁村には伝承があり、黒い悪魔の大魚が人々を不幸にし、反対に金色の大魚は繁栄をもたらす、と信じられています。村には呪術師の老女マナイがおり、1軒だけある二階建ての家から、常に村ににらみをきかせています。デルマは少し前から咳がとまらず、常にクスリを飲んでいますが、なかなか快方に向かいません。そんな時ペドロの網に、一人の青年(エンチョン・ディー)が引っかかります。仕方なく家に連れてきて介抱しますが、気がついた青年はひと言もしゃべらず、ニコニコ笑っているばかり。首の後ろ側に入れ墨があり、大きな魚と中国語の漢字が彫り込まれていたため、どうやら中国人らしい、ということになって、青年は「ハイ(中国語で”海”)」と呼ばれることになりました。ペドロはハイがシモーンに近づかないよう気をもみますが、シモーンはハイが気に入ったらしく、しょっちゅう一緒にいます。ハイはペドロと一緒に漁に行くと、潜っては網を魚で一杯にしてペドロを驚かせます。と言うのも、海はダイナマイト漁で荒廃し、魚がとれなくなっていたのでした。そんな時、シモーンの妊娠が発覚、ペドロはハイが相手かと荒れ狂います....。
漁村をリアルに描くというより、漁村を舞台に寓話を語っていくという趣きの作品です。モノクロ作品かと思って見始めると、青い色や黄金色がチラと登場したりと、不思議な感覚にさせられてしまいました。この作品に関しては、10月26日(木)に見たよしだまさしさんの詳細なレポートがありますので、こちらをどうぞ。よしださんのブログから、詳しいストーリーとQ&Aの記録に飛ぶことができます。来日したのは、監督(下写真)とモン・コンフィアード、エンチョン・ディーの主演男優お二人です。
映画祭向け作品ということで、ちょっと固かったフィリピン映画2本。特に『漁師』(タイトルの「The Fisher」は確かに漁師なのですが、「Fisherman」にしなかったところをみると、”魚の人”というような意味合いがあるのでは?)は、漁村のセットがいかにも即席に作りました、建てました、という様子のものだったり、呪術師マナイがリンチと見まごうようなことをして女性を絞首刑にしたりするシーンがあったりと、雑な処理を感じさせるところもあって、作品にいまひとつ引き込まれませんでした。でもまあ、エンチョン・ディーの海中ドルフィン・キック(お見事で、この人前世は魚かも、と思った)も見られたし、よしださんのおかげでいろんなことが確認できたし、ラッキーと思って2023年TIFFの最後の記事としましょう。
上手にネタバレを避けて書いておられますねー。
私はつい全部書いてしまうので、先日も読者の方からお叱りをいただいたところです。
私の場合、ネタバレで知ってはいても、映像を見るとちゃんと面白い、ということがほとんどなので、文字より映像は数百倍強し、と思っているのですが、こういう人間は少ないようです。
『ミス・シャンプー』、私も日本語字幕でもう一度見たいので、公開熱望します!
ツインさんとかギャガさんとか、いかがでしょう?
忘れた頃にアップされるので、見落としていました。
路線バスで偶然一緒になるって、羨ましすぎます。
『ミス・シャンプー』の感想はこちらにアップしました。
https://garakutabekkan.hatenablog.com/entry/2023/10/31/235238
『野獣のゴスペル』のアップはもう少し時間がかかりそうです。
今日は、ラヴ・ディアス監督に挑戦です。
エンチョン・ディーの間違い、訂正して下さってありがとうございました。
訂正線を入れるのも何なので、そのまま拙文を訂正してしまいましたが、お許しを。
Eula Valdezはやはりお母さん役の人のようです。
Wikiがあったのですが、顔写真が別人28号であるものの、女性だと判明したので、こちらも訂正しました。
https://en.wikipedia.org/wiki/Eula_Valdez
それにしても、よしださんのブログの記述が詳しくて、Q&Aを録音してらしたとしても書き起こしが大変だったろうな、と感心しました。
『野獣のゴスペル』もそのうちアップなさるんですよね?
楽しみにしています。
『ミス・シャンプー』は香港で見た時、「日本では公開されないと思うので」と結構ネタバレに近く書いてしまったのですが、抱腹絶倒でいいですよね。
よしださんも気に入って下さって嬉しいです。
それにしても、エンドロールを最後まで楽しまないままお席を立たれた方がいたとは、残念です。
拙ブログ↓を読んで、くやしがって下さいね。
https://blog.goo.ne.jp/cinemaasia/e/c02fb7112f8cc8f18a42c5e6d94af783
あ、あと、例の「字幕マジックの女たち」の第4回ですが、よしださんや江戸木純さんならピキッと反応して下さる人とのツーショット写真を付けてありますので、ご覧になってみて下さいね。
この時握手して拳ダコにさわらせてもらえばよかった、と今回写真を見ながら後悔しましたが、お友達とご一緒だったのでツーショット写真を撮ってもらえてラッキーでした。
https://www.kotensinyaku.jp/column/2023/09/000604/
ユーラ・バルデスはたぶん母親のデルマを演じていた女優ではないかと思います。
漁村のセットとかは、なんとなくわざと舞台劇っぽく作ったのかなと思わないでもないです。本当の漁村だったら、あんな砂浜のど真ん中に建て物を建てたりしないでしょうから。絞首刑の場面も含めて寓話っぽい世界を構築しようとしているのかと、フィリピン映画だとなんとか弁護しようとかしてしまうのは悪い癖かもしれませんね。
今日は『ミス・シャンプー』と『野獣のゴスペル』を観てきました。『ミス・シャンプー』はcinetamaさんの紹介記事を読んでずっと楽しいにしていた作品で、大喜びして楽しんでしまいました。エンドクレジットが始まるなり席を立って帰ってしまった人が何人かいたのだけれど、なんてもったいない。あのあとがまた大爆笑だったのに。
『野獣のゴスペル』は、まあ、おっしゃる通りですね。マテオ役のジャンセン・マグプサオは2019年の『John Denver Trending』という、SNSによるリンチを題材とした映画で話題になった若手で、映画は本作が2作目となります。本格的に役者として活動している様子はないみたいですね。