このシリーズの最初で、「シネマート新宿で公開される韓国映画を連続してご紹介しようと思います」と書いておきながら、前2回は別の映画のことですみません。ついつい公開情報が入り、ベトナム映画、インド映画と寄り道をしてしまいました。今日のご紹介作品は、正真正銘の「シネマート新宿で公開される韓国映画」です。しかも超弩級作品で、昨年のカンヌ映画祭ミッドナイト・スクリーニング部門正式上映作品に選ばれたことからも話題になった、マ・ドンソク主演の韓国映画です。ネットの試写会で見せて頂いて、「カンヌで上映されたのも大納得!」と思ってしまったその作品は『悪人伝』(2019)。我らが”マブリー”こと、マ・ドンソクの貫禄に惚れ惚れする本作、まずは、映画のデータからどうぞ。
『悪人伝』 公式サイト
2019年/韓国/韓国語/110分/原題:악인전/英語題:THE GANGSTER, THE COP, THE DEVIL
監督・脚本:イ・ウォンテ
主演:マ・ドンソク、キム・ムヨル、キム・ソンギュ
配給:クロックワークス
※7月17日(金)より全国劇場公開
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ソウルから南へ、特急で約1時間、地下鉄1号線の各停だと2時間ほどかかる忠清南道(チュンチョンナムド)の町天安(チョナン)市。2005年8月のある夜、郊外を走る幹線道路で殺人事件が起こります。追突され、車を停めて降りた運転者の男が、追突してきた白い車の男(キム・ソンギュ)にめった刺しにされて殺されたのです。白い車はそのまま逃走。明くる日発見されたのは被害者の死体とそれを乗せた車だけのため、警察の捜査は難航します。現場に派遣された天安警察署の刑事チョン・テソク(キム・ムヨル)は、現場に行く途中渋滞に引っかかるとじれまくって、目についたヤクザのカジノに取り締まりに行ってしまったりするトンデモ刑事ですが、被害者の車に追突痕を見つけ、鑑識係の女性係官に分析を依頼したりする切れ者でもあります。テソク刑事は上司に「これは、前の2件の殺人事件に続く連続殺人事件です」と進言するのですが、日頃から上司に嫌われているため、まったく受け付けてもらえません。ヤクザのカジノに断りもなく取り締まりに行ったことも響いているらしく、そのカジノの経営者チャン・ドンス(マ・ドンソク)から袖の下をもらっている上司としては、テソク刑事は邪魔者でしかありませんでした。
ところが、今度は何とドンスが殺人者に襲われます。その前に、同じ会長に仕える成り上がり者サンドとやり取りをして嫌気がさしたドンスは、手下の運転を断って1人で車を運転し帰る途中、人気のない道で後ろの車に追突されます。降りてきたドンスが「これぐらい気にしなくていい。いいから行って」と言うのに戸惑った犯人でしたが、隙を見てドンスに刃を向けます。油断していて最初は刺されたドンスでしたが、あとは壮絶な闘いに。相手の胸にも傷を負わせたものの、深手を負ったドンスを弾き飛ばし、犯人の車は逃げていきます。病院にかつぎこまれ、一命を取り留めたドンスを見て、手下はサンドが差し向けた殺し屋だと早とちりし、出入りに発展する始末。しかしドンスは、自分たちと同じヤクザの臭いがしなかったとして、似顔絵を描かせて手下総動員で犯人を探させます。ドンスが襲われたと耳にしたテソク刑事は、ドンスを説得し、一緒に犯人を捜すことを提案します。「お前を刺したのは連続殺人犯だ。早く捕まえないと犠牲者が増える」そう聞いたドンスは、警察との連携にも科学捜査等のメリットがあると考え、テソク刑事と手を結ぶことにしますが...。
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快楽殺人を次々と犯す犯人もさることながら、キレやすく、ヤクザとどこが違うと思うような刑事、そして、正真正銘、貫禄十分のヤクザの親分と、主人公は3人とも個性的すぎるワルたちです。警察と手を組もうと決めた時にドンスが言う、「悪人2人がもっと悪い奴を捕まえる、ということだな」のセリフは、まさに本作の題名「악인전/悪人伝」の解題となっています。また、それに応えてテソク刑事が、「ヤクザと刑事が悪魔を捕まえる、か。おもしろい」は、英語題名の「THE GANGSTER, THE COP, THE DEVIL」に対応したものでしょう。この三者はそれぞれに個性的なキャラクター造形が施されているのですが、中でもマ・ドンソク演じるドンスは存在感でもユニークさでもダントツです。決して多弁ではないのですが、「俺を怒らせたヤツは、誰であろうが責任を取らせる。ヤクザはメンツが大事なんだ」と言う言葉通り、自分の敵となる人間はすべて殲滅し、殺人犯に対してもそれを貫きます。しかも、自身が常に先頭に立つという、まるで鉄砲玉親分とでも言えばいいのでしょうか、超アブナイ奴です。そんなドンスが、一瞬なごむシーンがあるのですが、そのシーンのあとに悲惨な出来事が待っており、こういった緩急自在の脚本も素晴らしくて、一瞬たりとも気を抜けません。
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一方のテソク刑事の方は、演じるキム・ムヨルがやはりマ・ドンソクと比べると貫禄不足であるものの、それゆえに若さが際立ち、いい取り合わせになっています。テソク刑事パートのなごみシーンは、鑑識係の女性係官とのやり取りで、彼女は2、3回しか登場しませんが、強い印象を残します。そして、犯人役となるキム・ソンギュの造形が、夢に出てきそうなほど恐いのです。殺人の動機がわからず、残忍な殺し方の理由もわからず、観客も混乱させられますが、映画の進行とともにさらに謎を深めるような要素がいっぱい登場して、あとで振り返っても「あれは何だったんだ?」と思うシーンや事物が相当数残ります。冒頭に、「本作は実際の事件に基づいてはいますが、すべて創作です」と断ってあるように、2005年に天安市で発生した連続殺人事件が下敷きになっているようですが、それからヒントを得ているのでしょうか(特に、身代金誘拐事件は謎です...)。犯人の狂気だけでは片付かない不気味さがあって、それも本作の見応えを底支えしています。
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監督のイ・ウォンテは、テレビドラマで監督を務めたあと、2017年の『대장 김창수(隊長キム・チャンス)』で映画監督デビューを果たしたとか。この作品の予告編を見てみると、近代朝鮮の事件閔妃暗殺に加担した日本人を殺害したキム・チャンスが主人公となる、歴史映画のようです。本作とはまったく趣の異なる作品で、2年後にこんなハードボイルドと言っていい作品を撮れるとは、ちょっと驚きです。脚本もイ・ウォンテ自身が担当しており、シーン構成のうまさとかは、目の肥えたカンヌの観客をも納得させたと思える出来です。それと、アクションシーンもいずれも設計がうまく、殺人現場のシーンから始まって、ドンスの様々な個人技(?)シーン、さらにドンスの隠れ捜査本部が襲われるシーンや、ラスト近くの犯人を追いかけるカーチェイス場面などの規模の大きいシーンまで、奇をてらわないけれども見応えのあるアクションシーンが続きます。というわけで、最後の最後まで、見ている側は緊張を解くことを許されない1作です。
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それにしてもさすがのマ・ドンソク兄貴。何をやらせても同じように無愛想な顔で、熱量も低く演じているように思えるのですが、1作1作がいずれも面白く仕上がるというのはどういうわけなのでしょう。本作のプレスに掲載されたインタビューでは、いろいろ語っていて面白いのですが(公式サイトが完成したら、きっとアップされると思いますのでお楽しみに)、中でも共演者について語る鋭い見方がすばらしいです。以下に、引用しておきます。
マ・ドンソク「キム・ムヨルはまるで流れる水のように演技をする俳優です。自分の役を完璧に把握した上で、同じ画面に映る共演者たちを自然に手助けしようと動いていました。キム・ソンギュとは『犯罪都市』で共演して彼の演技に深く感銘を受けました。出演シーンはそれほど多くありませんでしたが、やるべきことを完璧にこなしていました」
ということで、3人の主演俳優のアンサンブルもご期待下さい。予告編を付けておきます。
マ・ドンソク、殺人鬼を追う極悪組長に!映画『悪人伝』予告編
<追記:6/3 19:30>
先ほど、シネマート新宿で無料上映の『犯罪都市』(2017)を見てきました。かなりあちこち記憶にあるシーンがあったので、どうやら機内上映で一度見たようです。『犯罪都市』では刑事役のマ・ドンソクですが、凄惨な殺しの場面もあったものの、つい笑ってしまうシーンも多く、121分たっぷりと楽しませていただきました。『悪人伝』の悪魔役、キム・ソンギュも確認してきましたが、『犯罪都市』の中国朝鮮族ヤクザ役では、ボスのユン・ゲサンも、もう1人の仲間チン・ソンギュも背が高かったので、ずいぶん小柄に見えました。印象がまったく違うのも、演技力の賜物ですね。
座席は市松模様の空席挟みシステムというか、前後左右が空いている形の指定方式で、座れない席には上のような張り紙がしてあります。お客様の入りは、販売席の7割といったところで、よく入っていたのではないでしょうか。年齢層は、シニアと20&30歳代の若い層とが半々ぐらい。無料公開の大盤振る舞いをして下さったシネマート様&提供元の配給会社ファインフィルムズ様、ありがとうございました! ファインフィルムズ配給で、シネマート新宿で上映される『きっと、またあえる』も、大ヒットとなることを願っています。公開される8月21日(金)には、通常の席に戻って見られるといいですね...。