インド映画『裁き』の公開日、7月8日(土)まで3週間を切りました。『裁き』についてのマスコミでの紹介も、例えば紀平重成さんの「銀幕閑話」のように、ちらほらと出始めています。私もチラシ配りなどをあちこちでしているのですが、この間ある集まりで配ったら、「福岡で見ました!」と言って下さる方があって励まされました。2015年のアジアフォーカス・福岡国際映画祭で上映された時のヴァージョンから、さらに字幕に手が入ったりしていますので、ぜひもう一度ご覧になってみて下さいね。
さて、連載を続けてきた『裁き』の各人物紹介、今回は紅一点とも言える女性検事、ヌータンのご紹介です。まずは予告編で彼女の姿を見ていただきましょう。
ある歌手が裁判にかけられ…!映画『裁き』予告編
『裁き』は公式サイトの最後もあるように上映時間116分の作品ですが、女性検事ヌータンが登場するのは開始から24分も経ってから。民衆歌手ナーラーヤン・カンブレが逮捕され、弁護士のヴィナイ・ヴォーラーが弁護を引き受けたものの、前回でも書いたように即時釈放は認められず、裁判案件とされてしまいます。そして、正式な裁判が始まるのが、開始から24分なのです。裁判長が書類に目を通し終わると「どうぞ」と声を掛け、ずっと立って待っていた検事ヌータンが英語の起訴状を読み上げます。「被告人ナーラーヤン・カンブレ65歳は刑法306条により、ヴァスデヴ・パテル25歳への自殺ほう助罪で起訴され...」その英語はかなりのインドなまりで、アメリカやイギリスに留学して勉強したエリート検事という風ではありません。年齢はアラフォーでしょうか。白いサリーと黒いサリー・ブラウスを着て、首には法廷の人間であることを示すネックバンドを掛けています。
上の写真はまた別の日の裁判の様子ですが、検事ヌータンは今度は白いサリーと白いサリー・ブラウスを着ています。インドの法廷では、検事や弁護士、裁判長の服装は白と黒からなる衣服と決められており、女性の場合は洋服でも伝統衣裳(サリー、またはサルワール・カミーズなどの上下に分かれたもの)でもOKですが、洋服の場合は上着もブラウスも長袖を着ることが義務づけられていますし、スカートならロングスカートでないと許可されません。そういえば、弁護士の助手の若い女性は、黒いパンツスーツ姿でした。そのほか、黒いガウンを上からはおれば法廷服とみなされるようで、最後の方に出てくる女性裁判長は黒いガウン姿です。検事ヌータンの場合は一貫してサリーを着ているのですが、そこからは伝統を重んじる女性=保守的な家庭の女性、という彼女の姿が見えてきます。ただ、今回この文を書くために子細に彼女のサリーを観察したところ、全部白いサリーながら、ボーダーの模様や色が微妙に違っていたり、白地にドット模様が少し入っていたりと、5、6回ある法廷シーンでは毎回サリーが違っているようでした。いずれも木綿のサリーに見えましたが、仕事着だけあって何枚も白いサリーを持っている、という設定のようです。
自分はいつも白いサリーであるせいなのか、ヌータンは電車で隣り合わせたえんじ色のサリーの女性に「いいサリーね」と話しかけます。英字新聞を読んでいたこの女性も勤め人のようで、また、マンガルスートラ(既婚女性のみが付けられる金と黒ビーズの首飾り)をしていることから、主婦であることがわかります。2人とも同じような境遇だと通じ合うものがあったのでしょうか、晩ご飯のおかずの話から健康にいい食品の話まで、ひとしきり会話がはずみます。インドの通勤電車のことは前にも書きましたが、2人が座っているのは二等車(普通車)で、混んでくるとこの座席はぎゅう詰め4人掛けとなり、通路もぎっしり満員、座っている人の膝と膝の間に立つ人も現れて、日本の満員電車なみになります。その時立っている人に聞かれるのが、「あなた、どこまで?」という質問。近い駅で降りる人がいたら、その人の前に立つためです。ムンバイの裁判所はシティと呼ばれる中心部の南部にあるはずなので、チャーチゲート駅とかの始発駅から乗り、郊外の自宅へと帰るというのが退勤時のコースなのでしょう。
見る人を驚かせるのは、ヌータンが地元に着いてからの行動。裁判所では、舌鋒鋭くナーラーヤン・カンブレの過去を暴き、弁護士と対立して弁舌をふるっていた彼女が真っ先に向かうのは、何と学童保育なのでした。小学校低学年の息子を引き取り、また駅近くまで戻って夕食の買い物をし、帰宅後は夕食の支度。上の写真のシーンは、テンパリングしたスパイス(油の中にスパイスを入れて熱し、香りを出す)をライター(野菜のヨーグルトサラダ)に加えているところだと思われ、手を抜かない優秀な主婦の鑑と言えます。インドの中流の主婦が家でよく着ている丈長ワンピースの部屋着を着て、エプロン姿も決まっているヌータンは、子供2人と夫の世話をするごくごく平凡な主婦に見えるのですが、料理の傍ら電話で相談を受けてアドバイスし、食後は自室で法令の条文と取り組みます。この検事、弁護士よりずっと仕事熱心ではないか...。裁判所のシーンで女性検事に敵意を抱いた観客は、プライベートなシーンを見ていくうちに、敵意がしぼんでいくのを感じるかも知れません。
もう一つびっくりなのは、休日のヌータン一家です。一家4人はちょっとおしゃれをして(ヌータンも、きれいな赤紫色のサリー姿です)出かけ、まず食堂でランチを食べます。ターリーと呼ばれる定食で、実はこのあとしばらくしてから、弁護士ヴォーラーの一家4人がターリーの定食を食べるシーンも出てくるのですが、こちらの場所はレストラン。食堂とレストランの違いは、真っ白なテーブルクロスが敷かれているかどうか、ですね(余談ながら、弁護士一家が行くレストラン「Chetana(チェートナー)」は調べてみると、グジャラート料理、マハーラシュトラ料理を出すベジタリアン・レストランで、チャーチゲート駅の南東部に実在していました。今度行ってみようと思います)。続いて一家は、演劇を見るために劇場へと入っていきます。
ムンバイでは演劇が盛んで、マラーティー語やグジャラーティー語、あるいはヒンディー語、英語のお芝居が特に週末にはいっぱいかかります。劇場は各所にあり、今週末のムンバイ演劇案内を見てみると、あちこち合わせて47ものお芝居のタイトルがリストアップされていました。この一家が行く劇場も、こぢんまりとしていましたがなかなか風情があり、階段の壁には歴代の演劇人らしき写真がディスプレイされているなど、一度行ってみたいと思わせられてしまいます。演じられていたのはマラーティー語のお芝居で、何と、トランプ大統領のお株を奪うような父親が登場。どんな展開なのかは、見てのお楽しみ。なお劇中で青年が歌う、『DDLJ』(1995)の中でも歌われた『Chor Machaye Shor(泥棒が大騒ぎ)』(1974)の歌の替え歌には、「♫UPワーレー・ドゥルハニヤー・レー・ジャーエーンゲー(UP州の人間が花嫁を連れて行く)♫」という歌詞が出て来ます。
こんな風に、『裁き』の場以外のシーンからもいろんな情報が得られる本作ですが、やはり法廷シーンのやり取りは一番の見もの。主婦ヌータンの顔を思い出しながら、検事ヌータンの老獪な法廷テクニックをじっくりとご覧になってみて下さい。
ところで、「ヌータン」という名前は、私にある女優を思い出させてくれました。1991年に54歳で亡くなった名女優、ヌータンです。ヌータンもマハーラーシュトラの人で、結婚前の本名は「Nutan Samarth(ヌータン・サマルト)」、結婚後は「Nutan Samarth Bahl(ヌータン・サマルト・バフル)」でした。息子モーフニーシュ・バフルも俳優です。ヌータンは1950年代から60年代にかけてのトップ女優の1人であり、清楚な美しさを持った人で人気がありました。カージョルの母親タヌージャーはヌータンの妹になります。Wikiの画像を貼り付けておきますが、彼女は1959年に『Sujata(スジャータ-)』という作品に出演しており、これは独立後の作品の中で、いわゆる「不可蝕民」差別をテーマにした映画として最も有名な作品でした。「nutan」という単語は「新しい、最近の、珍しい」という形容詞で、人名としてはそれほどポピュラーではありません。チャイタニヤ・タームハネー監督がこういう名前にしたのは、女優ヌータンが頭の中にあったからかしら、と思ってしまった次第です。
ヌータンを演じたギーターンジャリ・クルカルニーは、これまで日本でも上映された作品『デリー6』(2009)にも、小さな役で出演していたようです。でも、演劇畑での活動の方が多く、映画女優としては知られていませんでした。ところが、『裁き』での演技が注目され、これも世界中の国際映画祭で上映されている作品『Mukti Bhavan(解脱の宿/英語題名:Hotel Salvation)』(2016)にも主人公(『マダム・イン・ニューヨーク』のアーディル・フセインが演じています)の妻役で出演するなど、遅咲きの映画女優として目下人気を得つつあります。実はギータンジャリ・クルカルニーの夫は、ヒンディー語映画とマラーティー語映画で俳優として活躍するアトゥル・クルカルニー。シャー・ルク・カーンの『Raees(ライース)』(2017)で、ライースのメンター的存在でありながら、中盤ライースに殺される男を演じた人、と言えば、うなずかれる方も多いはず。『Rang De Basanti(愛国の色に染めて)』(2006)ほか、多くの作品で重要な役を演じています。いつか夫婦共演、いや競演作品を見てみたいものです。その日を楽しみにまずは『裁き』で、ギーターンジャリ・クルカルニーのヌータンと出会ってみて下さいね。