cowboy-平松の部屋

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KR250のタンク形状、余分な事しやがって

2019-03-17 17:34:11 | 阿部語録 -KAWASAKI時代-
阿部語録ーKAWASAKI時代ー11

KR250(601C)タンク形状、余分な事しやがって

KR250の開発No、は601です。私がカワサキに移籍(1974年9月)した時はUSA仕様の601Aが存在
したようで、一寸奇妙なBIKEでした。AMAはミッション段数の制限がないので7速、スイングアームはH1R
と共通(可笑しいでしょう)でフロントフォークはダウンストール製でキャリパーと一体でピストンシールはOーリングの
加圧式(理解できない)だそうでした。1975年のデイトナデビューのKR750のフレーム出図に専念した
為、601Aには手を付けられませんでした、でもデイトナに出張前にコンパクトに再設計にした601Bの
フレーム、スイングアームを出図し後のマトメはお願いし、デイトナに阿部のメカ役で出張しました。本デイトナの
レース場に届いた601Bはフレーム、スイングアームの単品のみでした。現地で仕立てられないので、断念
しました。悔しかったです、しかし、601Aを否定するなら、中途半端な601Bを作らず、基本コンセプトを
をしっかり練り直したBIKE(601C)を作れって事で、なに、焦ってるんだ です。 
601Cは構造、レイアウト、部品すべて、W-GPで勝つために、じっくり見直すことにしました。
基本コンセプトは阿部からの指示で、”高速コーナーでタイムを出せるロングホイルベースにしろ”です。カウリング、
フューエルタンクは伏せたり、ハングオンしたりし自分で削りました。キャリパーは2ポットタイプでFR,RR共通型で
カワサキで鋳造しトキコさんで専用加工したコラボ製品、RRサスはBT45をパクリ プログレ比をセッティング出来
るリンクサスを採用し、RRエキゾーストチャンバーは 1本となったRRサスのの近傍を通し、ライポジやエンジン
性能に支障に無いようにスムーズ通しました。これってけっこう大切なんです、小排気量は出力系
からレイアウトし小さい馬力をストレス無しに引き出さないといけないのです。気を遣いすぎて、フューエル
タンクを阿部ちゃん用に腹が当たる部分を凹ましたおきました。阿部ちゃんは”余計な事しやがって、
オレの弾力のある肉はちゃんと覆いかぶさって、ホールドするのだ、凹みは要らない”
ですって。
けっこう、怒ってました。

バカヤロー、混合比 変えただろう

2019-03-15 13:41:59 | 阿部語録
阿部語録ーKAWASAKI-編ー10

バカヤロー、混合比 変えただろう

1975年のデイトナはKR750のデビュー戦でした、ゼッケン72の阿部ちゃんとメカの私は走行テスト、走り
込みをブレーンニューでも有ってはならない○○トラブルを抱えながら走行しておりました、カワサキチームの
他のライダーは走行しておりません、日本から対策部品を持って係長(ヨッチャン)がやっとデイトナに
合流しました、#42で和田もエントリーしてましたが、キャンセルだそうです。阿部ちゃんはテストを続行し
コースに出て行きましたが、1周でPIT-INそして”バカヤロー混合比変えたやろー”と怒鳴りながら、
私の手にBIKEが届く前に放り出しました、いままでは25:1の混合比で走っていましたが、ヨッチャン
が30:1に変えたようだ、阿部は”ヨッチャン駄目だよ、危なくって、走ってられないよ、平松お前も
知らなかったじゃあ済まないんだぞ,お前はオレのチーメカなんだぞー、まったく” と怒鳴りまくって
いました。 すまん、ごもっとも

阿部ちゃん、KAWASAKIのポールだよ、レッドさんより

2019-03-15 13:15:29 | 阿部語録 -KAWASAKI時代-
阿部語録ーKAWASAKI-編ー9

阿部ちゃんKAWASAKIのポールだよ レッドさんより
   
デイトナレースにはレッドさんがボランティアで応援に来てくれるそうです、食事の準備、タイムキーパーとか
面倒見てくれます、気さくな阿部ちゃんはそうゆう方とすぐに仲良くなる習性があるようです
すぐにレッドさんは阿部ちゃんのタイムを私に報告してくれます、また他チームの有力ライダーのタイムも
知らせてくれます、'75はJ・チェコットのデビューした時で阿部ちゃんも速いヤツがいるとマークしてました
そのチェコットや、K・ロバーツ、G・アゴスチーニのタイムを阿部ちゃん頑張れと知らせてくれました。
そして予選が終わって、レッドさんが”阿部ちゃんがカワサキのポールだよって”教えてくれました
レッドさんも、イボンより良いポジションにいる事が嬉しかったようです。阿部ちゃんとやったねっと喜ん
でました。レッドさんも たぶんR・ホールが嫌いなんじゃないかな。
実ポールがチェコット、2位K・ロバーツ、8位がアゴスチーニ、9位が阿部ちゃん、スタート前、アゴには報道陣が
多数、ウチらはゼロ、でも私はイヴォン/R・ホールに勝った、それで充分でした、この前夜、R・ホールは日本
から送られてきた高速タイプのチャンバーをSETしてました。アホカ、キャブセットやギヤリングなど本番までに
確認するチャンスは無いのに、余程、日本の若ぞー達に負けたのが悔しかったのでしょうね。実は、
この時のKR750のエンジンはトラブルを抱えていて、レース前に”阿部ちゃん無事にリタイヤして”って送り
出しました。こんなレース思い出したくないです。
イボン・デ゙ュハメル J・エバンス G・マンデュラッチ(伊) 阿部(クランクトラブル)がリタイヤ、B・デッチバン(英)が
完走した。7位だったかな。しゃけさん(Y)が5位でした。
 あと、レッドさんが用意してくれた昼飯は、いつの間にかビールしか残ってないのです、昼だけ
関係者が多いいようで、ビールが我々の主食になってしまいました。阿部ちゃんがストレートが曲がっ
て見える、走れん、止めや、と赤ら顔で降りてきました、けっこうラフなデイトナでしたね。

KR250(601C)は高速コーナーでタイムが出せるマシンを作ろう、ロングホイルベースにしよう

2019-03-14 22:01:49 | 阿部語録 -KAWASAKI時代-
阿部語録ーKAWASAKI編ー8

601Cは”高速コーナーでタイムが出せるマシンを作ろう、ロングホイールベースにしよう”

601A(別記します)。私が突貫で再設計した601Bが
バラバラの状態でデイトナに届いた、馬鹿野郎ですよね
そして、601BはENGが180度クランクだった為、加振機状態でNGでした(これも別記します)
これを機に阿部が  601Cは
コーナーでタイムが出せるマシンを作ろう、伏せたまま
カウリングに潜り込んで頑張るから、小さく作れ、そして
リヤータイヤからの情報(グリップ感)がライダーの尻に必要
だから、スイングアームはしっかり作れ、高速コーナーで
踏ん張ばれる、ロングホイールベースにしろ、1400mm以上は欲しいな
小さいBIKEはパワーが無いから、いかにスピードを落とさず、アクセルを開けてコーナーを曲がるかが勝負だ
ヘアピンはどうする、と私が質問すると、そんなのはサーキットに1か所しかない、ライダーがなんとでもする
スズカの右右、130Rで頑張る方がタイムが出せるんだよ
阿部のBIKE作り方、サス、ミションのセッティング方法はトータル的にいかにタイムをだせるかを
私に指示してましたね。
そして、RRサスシステムはブラバムBT45をパクロウゼ

ダンロップの鼻毛にバカヤロー 俺を殺す気か

2019-03-14 21:45:27 | 阿部語録 -KAWASAKI時代-
阿部語録ーKAWASAKI編ー7

ダンロップの鼻毛にバカヤロー 俺を殺す気か

1975年 阿部ちゃんと私(メカ)はデイトナに出場してました、KR750のデビュー戦で2月からデイトナ入りし
テストしてました、バリー・シーンも途中からスズキTR750で参加しました、KとSとの合同テストです、半周
ずらしてスタートし危険(転倒に巻き込まれない)をさけます、
 実は1974年B・シーンがRG500(デビュー)でWGPに出場してましたが成績があがらず、G・ニクソンが
支援するために竜洋で安良岡KENさんが先導し走行中にG・ニクソンが突っかけて双方転倒し骨折
私、現場にいました、救援活動し、その日の夜はG・ニクソンの当直番で酷い目に会いました
 阿部ちゃんはタイヤ屋さんと契約してない為、USAのグッドイヤーを履いていましたが、ダンロップも1度
テストしました、阿部ちゃんは、NG と言ってチョイスしませんでした。KR570をメンテしながらB・シーンの 
走りをみてました、1コーナーのつっ込みでいきなり白煙が上がりました、転倒だ、バリーは即救急車
コースも閉鎖です、コースに行ってみると四角い切り餅と同じタイヤ片が落ちてました、バーストでタイヤ片が
吹っ飛んだようです、しばらくして、ダンロップの鼻毛の出たエンジニアが来て阿部ちゃんに再テストして
くれっと頼みに来ました。 ”えー今バリーがバーストして転倒したタイヤをか、ばかやろー”阿部ちゃは
怒ってました。バリーと我々はS時代ラップしてまして、私がデザインしたTR750は阿部もバリーも走行
評価してくれてて、一連の移籍話しが無ければ、阿部ちゃんもTR750で、私もスズキのエンジニヤで
デイトナにいたかも、僚友だったバリーのクラッシュを阿部ちゃんも私も残念におもっていた矢先、
私も、”ふざけんな、阿部を殺す気かっ”と怒りました。AMAはこのタイヤを使用禁止にし、全ダンロップ
ユーザーのエアー圧をゲートでチェックしろと、ダンロップに指示しました。
後にタイヤのカーカスと外周ゴムを接着する材質を変更したと聞きました、谷田部でも同じようなトラブル
が有ります、バンク走行中はタイヤのTOPしか路面に当たらず、発熱した熱がサイドに逃げないと、
タイヤを成形する加硫温度(130度C)をTOP部が超えてしまいタイヤが遠心力で剥がれてしまいます。
怖いです、ですから、谷田部の最高速テストは3周で終了です。それだけでも泡ふいていますよ。