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2024年の記録
1月から3月までの旧足尾町「冬」の散策記録。
1889年~1920年まで稼働していた小滝選鉱場の写真。(出所:足尾まちなか写真館)
備前楯山の地底にある足尾銅山には、三つの坑口(通洞坑、本山坑、小滝坑)があるが、内部はアリの巣のように複雑に繋がっている。また、南北に流れる渡良瀬川沿いに発電所、製錬所、機械工場、幹部社宅などの施設があった。
国鉄足尾線開通後、交通の要所となった足尾駅は、貨物の入換用線路がならび、小荷物積み込み用の屋根付きのホームもあった。現在は、JR時代に活躍した気動車が係留されている。
ホーム先端に信号所、駅前にはお決まりの赤い円筒型ポストがある。
足尾キリスト教会は、1908年(明治41年)竣工、木造平屋建、鉄板葺の国指定の登録有形文化財となっている。正直なところ、そこまでの歴史的建造物には見えない。
18世紀末の英国の鉱山王 グリン・ビビアンの「自己の遺産を以て全世界の一国に一教会を」との意思により、日本では国内屈指の足尾銅山が選ばれ、現在の教会堂が建立された。現在は、福音伝道教団に活動が受け継がれている。
重機械系の製造業がそうであるように鉱山で使う機械は、欧州からの輸入に始まり、その整備を自社で、さらに技術を蓄積して自社で製造するようになった。その原点となっている工場である。
足尾町掛水は、足尾谷の中で最も日あたりの良い一等地である。足尾鉱業所事務所(2025年5月復元予定)、掛水倶楽部(貴賓客の接待や宿泊施設として使用された国指定登録有形文化財、冬季閉鎖)、そして、写真の幹部社宅(現在も居住者がいる)がある。
幹部社宅街は、有名無名の映画のロケ地として、しばしば利用されている。
足尾には、水力発電所があり(旧足尾町内の発電所は閉鎖され、旧日光市内に中禅寺湖の水を利用した水力発電所がある。) 、最近まで、電気は無料だった。そのため、暖房も煮炊きなど熱源は、すべて電気だった。ちなみに僕の居宅も、すべて電気である。
国道122号線を外れ、銀山平にある「かじか荘」に向かう山道の途中に小滝坑や鉱山設備、集落があった。その中で、現存しているのが、1926年(大正15年)架設の小滝橋である。現在は、錆に覆われ、ほとんどスクラップ状態だ。
その小滝集落の人口は、最盛期の大正年間に1万人となったと記されている。まさに「つわものどもの夢のあと」である。
四季の彩りに風薫る足尾の宿 かじか(旧 国民宿舎かじか荘)でのお薦めは、温泉と食事。
庚申温泉(アルカリ単純泉)は、身体かつるつるする泉質もさることながら、露天風呂から見る雪景色は絶景。僕のお薦めの食事メニューは、写真の通りです。
写真左:岩魚のひつまぶし丼、写真手前:頂鱒(イタダキマス)、写真奥:岩魚の唐揚げ(骨まで食べられる)
【メモ】
今、日本は、値上ラッシュだ。取引先が、「来社したい」と言って来れば、十中八、九は、値上の話だ。それどころか、発注側から「価格転嫁(値上)しなくて大丈夫ですか?」と声を掛けろ、というのが、政府のご指導だ。好景気ならともかく、僕の業界の景気は悪い。稀にある増産、短納期にも、働き方改革、時間外規制で、瞬発力もなくなった。バイヤーにとっては、「国内の取引先は、面倒臭い」が本音だ。
日本企業の9割以上が、中小零細企業だから取引の価格交渉と無関係の多数の一般社員には、政府主導の“値上振興”は、ウケが良いのかもしれない。
ただ、発注側も指を咥えて見ている訳じゃない。モデルチェンジを機に発注先を海外にシフトするケースは増える。円安が続いていても、不景気な中国は、安値攻勢を掛けてきている。
日本の製造業の空洞化は、残念だけど、必至だと思う。日本は、益々貧しくなるんじゃないだろうか。
旅は続く
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