2023年の記録
何だか、とても忙しく、あれよ、あれよという間に1ヶ月以上経過してしまった。
宇都宮市~栃木市~下野市と近隣の“庭”を散策したときの記録。
松ヶ峰教会の地元産品である大谷石の外壁、レンガとも白壁とも違う美しさがある。
下野市から宇都宮市、壬生町、栃木市と反時計回りした。足もとの美しい街を再発見する散策となった。
1932年(昭和7年)献堂のカトリック松が峰教会聖堂は、大谷石建築としては現存最大級のロマネスク・リヴァイヴァル建築であり、1998年(平成10年)に国の登録有形文化財に登録された。
宇都宮市から栃木市に向かう途中、壬生町おもちゃのまちに獨協大学病院前に銀杏並木がある。
イチョウは中国原産の渡来植物で、日本国内のイチョウは、基本的に植樹されたものだ。イチョウは、他の木に比べて、幹も葉も水分が多い。そのため木全体が燃えにくく、火事に強いので、街路樹として多くのイチョウが植えられている。
1924年(大正13年)竣工の洋風レトロな「とちえん ダイニングカフェ酒場」の建物は、以前のブログでも掲載しているが、当時は休業の多いカフェだったが、今年から経営者も店名も替わって、昼はカフェ、夜は居酒屋の毎日営業になっていた。ちょうどお腹も空いてきたし、待ち時間なしで入店できたので、お昼にした。
デミグラスハンバーグランチ850円は、正直なところ可もなく、不可もなくの味。ライス大盛無料だが、もう一品何かが欲しいところ。
お腹も満たされたところで、栃木蔵の街をぶらぶらと散策しながらカトリック栃木教会を目指す。
洋風建築と昭和レトロな店舗建築、そして蔵が混在するのが、栃木蔵の街。
装飾が綺麗に撤去された洋風建築、きっとおしゃれにリノベーションされるのだろう。1年後が楽しみだ。
蔵の街を流れる巴波川(うずまがわ)を行く蔵の街遊覧船。
カトリック栃木教会は、1952年(昭和27年)献堂のシンプルな建築の聖堂がある。
再び蔵の街の商店街を抜けて、ひとまずクルマを停めた栃木市役所へ。
旧栃木市役所(旧栃木町役場)庁舎は、1921年(大正10年)に竣工している。栃木町役場の前進は、県庁が宇都宮市に移転後に設けられた近隣12町村の戸長役場である。
木造総2階建の洋風建築で、外壁は1階が横板張ペンキ塗、2階は漆喰壁で木造の骨組を化粧で表し、屋根の上には小さな塔を乗せていた。(現在は小塔に時計が取り付けられている) 1998年(平成10年)に国の登録有形文化財に登録されたあとも2014年(平成26年)本庁舎移転まで市庁舎別館として使用されていた。
栃木高校記念図書館、同講堂と馴染みの近代建築を眺める。
旧足利銀行栃木支店は、1934年(昭和9年)竣工の木造平屋建てのギリシャ神殿風の洋風建築。2005年(平成17年)に建物の半分ほどを移築し、カフェとして利用されている。2008年(平成20年)に国登録有形文化財指定。
自宅周辺を散策し、最後に定点観測の風景をパチリ。
【メモ】
東京都小池都知事が、都内在住子弟の高校授業料完全無償化を打ち出している。どうしようもない愚策だと思う、バカな愚連隊高校生が増えるだけだ。(元・愚連隊高校生だった僕が言っているのだから、間違いない。) 高校でも、大学でも、カネさえ払えば、入学できる学校があるが、カネどころか、名前を書けば入学できる高校ができるのだからどうしようもない。
義務教育である小中学校教育に財源を投じるべきだと僕は思う。一定数の児童、生徒が、授業から落ちこぼれ、不登校になり、学ぶことの価値や楽しみ、多様な友人との交流を知ることなく、形式的に中学を卒業していく。児童・生徒数が減少していても、教職員の数も質も追いついていない。そのような財源投入は、地味で効果も図りにくい。少なくとも選挙対策のバラマキとは、最も遠いいところにある。
それでも、何らかの無償化したいなら、(偏差値がすべてではないが) 少なくとも偏差値50以上の高校に限定して欲しい。名前を書けば入学できる高校を卒業したところで、反社の人脈に取り込まれるのが関の山だ。
後進国の政治屋の専売特許のバラマキが、コロナ禍以降の日本にも浸透している。日本は、すでに先進国から離脱しかかっているけどね。
旅は続く