【ネタバレ注意】
松岡圭祐『探偵の探偵』シリーズは基本はハードボイルドだが推理色も濃い小説といえるでしょう。なにせ典型的なハードボイルドほどには主人公が格闘に強くはない。いくら運動神経抜群とはいえ普通に小柄な女性ですから、ここはリアルだとほめるべきでしょう。この体格で巨漢の男たちをバッタバッタと片付けるドラマだっていくらでもありますからねえ。なので喧嘩シーンも、格闘技の得意な主人公の小説ならありそうもないプロレスでいえば反則技のオンパレードでようやく敵と互角という具合です。
その替わりというのでしょうか、早いストーリー展開の一瞬々で、まるでプロ棋士の秒読みのごとく正確な推理を繰り出して難関を切り抜けてゆきます。そんなのリアルじゃない、とも思えますが、案外そうとも言えません。推理というのは数学の問題を解くことに似ていて、解くことに慣れていれば案外素早く解けるものなのではないでしょうか。身の回りの物を巧みに武器に変えてしまったり、セキュリティーを素早く破ったり、ということは、繰り返し学習で体にしみこんでいると考えられますし、それがプロというものでしょう。
で、シリーズ第4作ではスランプになってプロとしての鋭さが失われた様子が描かれていて、ちょっと興味深かったです。さすがに並みの人間よりは鋭いのだけど、全盛期からは微妙に歯車が狂っている、という感じがうまく描かれていました。
それはともかく、本題は第2作のトリックのひとつについてのクレームです。一般には場所が秘密にされているDVから逃げた女性たちの避難施設、DVシェルターとよばれている施設から十数人もの女性を誘拐するという犯罪です。その方法は、スープなどを運ぶトラックで乗り込み、それに載せて連れ出すというものですが、問題はそのトラックが「積荷解析システム(CA)搭載車」だということでした。積荷解析システムとは「側面にデジタル表示版を備え、積荷の総重量とアルミ缶内の水分が数値であらわされる。[p56]」というもので、「システムの不正操作や改造はいっさいできない仕組み」です。なんと「刑務所でもスープの搬入に採用されているトラック[p233]」だとの設定です。このときはアルミ缶の中身は暖かいお粥でした。で受付の職員が荷下ろし許可の確認を都にしようと駆け回っている間に粥はわずかずつ蒸発し、「水分99%、総重量1トンあった粥」が「98%、0.99トンに減少」していました。実はこの間に11人の女性が麻酔で眠らされて積み込まれていたのですが、にもかかわらず積荷解析システムの表示がほとんど変化していなかったのはなぜか、というのがトリックです。本来なら11人の女性の体重だけ0.5トン以上くらいは総重量が増えているはずなのに。
その解答はp236です。
「当初、水分の割合が99%。水分以外は1%。重量1tの1%だから10Kg。それが後に全体の2%に相当しているってことは、10Kgを2%で割って500Kg。」
「500Kgだって?そんなに減ってたってのか。」
数値だけだとわかりにくいかとも思いますが、固形物(粥のでんぷん等)の濃度という観点で考えれば、濃度が1%から2倍になったということは、固形物がどこへも消えていかない以上は体積が半分になったことになる、ということですね。この計算は正しいのですが、問題はこの水分測定がたぶん実際にはありえないことです。そしてこの刑務所でも採用されているという積荷解析システムなるものは、いかにも実在しそうですが十中八九は架空のものです。ネット検索してもでてこないしォィォィ(^_^)[*1]。きっと当局がグーグル等に圧力をかけているにちがいありません(爆)。
えー、まじめな話は長くなるので次回にしますが、専門知識がなくとも次の点を考えればおかしいなと思うのではないでしょうか?
・スープや粥など99%水分の荷物の水分測定など役に立つのか?
実際、この小説のような変な事態でないかぎりは数値はほとんど変化しないはず。
また、1%の変化で異常事態なら、それで警報でも出すようにしておくはず。
一応言っておくと、SFやファンタジーならずとも「この物語に登場する人物、組織、システム?等は全てフィクションです。」という原則はありますし、自衛隊が密かに開発した秘密兵器とか証拠の残らない謎の毒薬[*2]とかを登場させることもありですし、密かに刑務所などで採用されている画期的水分計搭載の新システムだってありですよね。『探偵の探偵』シリーズでは架空の社会状況やら架空の法律やらも登場させてるみたいですし[*3]。
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*1) トラックなどの積荷を監視するセンサーシステムは実在し販売もされているが、測定しているのは、加速度、振動、加重(重量)、歪、圧力、電圧、温度、湿度等であり、積荷自体の水分測定というものは見あたらない。
[http://astamuse.com/ja/published/JP/No/2014505860]
[http://www.creact.co.jp/measure/sensor_shock/sensor_shock-index/]
[https://www.renesas.com/ja-jp/media/solutions/proposal/devcon/cargo-state-sensing/pdf/pC2.pdf]
また車両全体の重量監視システムは実在する。
*2) 2ちゃんねるの下記スレッドをまとめだという初心者のためのミステリ用語辞典に「最悪の毒薬」という項目がある。[2016/12/18追記]
*3) 社会状況や法律については、どこまで架空なのかは確認していません。
松岡圭祐『探偵の探偵』シリーズは基本はハードボイルドだが推理色も濃い小説といえるでしょう。なにせ典型的なハードボイルドほどには主人公が格闘に強くはない。いくら運動神経抜群とはいえ普通に小柄な女性ですから、ここはリアルだとほめるべきでしょう。この体格で巨漢の男たちをバッタバッタと片付けるドラマだっていくらでもありますからねえ。なので喧嘩シーンも、格闘技の得意な主人公の小説ならありそうもないプロレスでいえば反則技のオンパレードでようやく敵と互角という具合です。
その替わりというのでしょうか、早いストーリー展開の一瞬々で、まるでプロ棋士の秒読みのごとく正確な推理を繰り出して難関を切り抜けてゆきます。そんなのリアルじゃない、とも思えますが、案外そうとも言えません。推理というのは数学の問題を解くことに似ていて、解くことに慣れていれば案外素早く解けるものなのではないでしょうか。身の回りの物を巧みに武器に変えてしまったり、セキュリティーを素早く破ったり、ということは、繰り返し学習で体にしみこんでいると考えられますし、それがプロというものでしょう。
で、シリーズ第4作ではスランプになってプロとしての鋭さが失われた様子が描かれていて、ちょっと興味深かったです。さすがに並みの人間よりは鋭いのだけど、全盛期からは微妙に歯車が狂っている、という感じがうまく描かれていました。
それはともかく、本題は第2作のトリックのひとつについてのクレームです。一般には場所が秘密にされているDVから逃げた女性たちの避難施設、DVシェルターとよばれている施設から十数人もの女性を誘拐するという犯罪です。その方法は、スープなどを運ぶトラックで乗り込み、それに載せて連れ出すというものですが、問題はそのトラックが「積荷解析システム(CA)搭載車」だということでした。積荷解析システムとは「側面にデジタル表示版を備え、積荷の総重量とアルミ缶内の水分が数値であらわされる。[p56]」というもので、「システムの不正操作や改造はいっさいできない仕組み」です。なんと「刑務所でもスープの搬入に採用されているトラック[p233]」だとの設定です。このときはアルミ缶の中身は暖かいお粥でした。で受付の職員が荷下ろし許可の確認を都にしようと駆け回っている間に粥はわずかずつ蒸発し、「水分99%、総重量1トンあった粥」が「98%、0.99トンに減少」していました。実はこの間に11人の女性が麻酔で眠らされて積み込まれていたのですが、にもかかわらず積荷解析システムの表示がほとんど変化していなかったのはなぜか、というのがトリックです。本来なら11人の女性の体重だけ0.5トン以上くらいは総重量が増えているはずなのに。
その解答はp236です。
「当初、水分の割合が99%。水分以外は1%。重量1tの1%だから10Kg。それが後に全体の2%に相当しているってことは、10Kgを2%で割って500Kg。」
「500Kgだって?そんなに減ってたってのか。」
数値だけだとわかりにくいかとも思いますが、固形物(粥のでんぷん等)の濃度という観点で考えれば、濃度が1%から2倍になったということは、固形物がどこへも消えていかない以上は体積が半分になったことになる、ということですね。この計算は正しいのですが、問題はこの水分測定がたぶん実際にはありえないことです。そしてこの刑務所でも採用されているという積荷解析システムなるものは、いかにも実在しそうですが十中八九は架空のものです。ネット検索してもでてこないしォィォィ(^_^)[*1]。きっと当局がグーグル等に圧力をかけているにちがいありません(爆)。
えー、まじめな話は長くなるので次回にしますが、専門知識がなくとも次の点を考えればおかしいなと思うのではないでしょうか?
・スープや粥など99%水分の荷物の水分測定など役に立つのか?
実際、この小説のような変な事態でないかぎりは数値はほとんど変化しないはず。
また、1%の変化で異常事態なら、それで警報でも出すようにしておくはず。
一応言っておくと、SFやファンタジーならずとも「この物語に登場する人物、組織、システム?等は全てフィクションです。」という原則はありますし、自衛隊が密かに開発した秘密兵器とか証拠の残らない謎の毒薬[*2]とかを登場させることもありですし、密かに刑務所などで採用されている画期的水分計搭載の新システムだってありですよね。『探偵の探偵』シリーズでは架空の社会状況やら架空の法律やらも登場させてるみたいですし[*3]。
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*1) トラックなどの積荷を監視するセンサーシステムは実在し販売もされているが、測定しているのは、加速度、振動、加重(重量)、歪、圧力、電圧、温度、湿度等であり、積荷自体の水分測定というものは見あたらない。
[http://astamuse.com/ja/published/JP/No/2014505860]
[http://www.creact.co.jp/measure/sensor_shock/sensor_shock-index/]
[https://www.renesas.com/ja-jp/media/solutions/proposal/devcon/cargo-state-sensing/pdf/pC2.pdf]
また車両全体の重量監視システムは実在する。
*2) 2ちゃんねるの下記スレッドをまとめだという初心者のためのミステリ用語辞典に「最悪の毒薬」という項目がある。[2016/12/18追記]
*3) 社会状況や法律については、どこまで架空なのかは確認していません。
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