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架空生化学 (2)高分子の2つの種族

2016-11-23 06:29:38 | 物理化学
 架空生化学(1)ケイ素型生命(11/07)の記事で「ある高分子が分子マシンとして機能できる理由は適切な位置に適切な官能基があることであり、材料がタンパク質だからではありません。」と書きました。この点について少し広い範囲の高分子科学全体の観点から補足します。

 生物の体は様々な高分子からできています。高分子またはポリマー(polymer)とは、多数の繰り返し単位が結合した構造の化合物を指します。単に分子量が大きいだけでは高分子とは呼びません[*1]。ひとつの繰り返し単位だけの分子を単量体またはモノマー(monomer)と呼びますが、モノマーが何個以上ならポリマーになるのかははっきり決まっているわけではなく、数が少ない場合はオリゴマー(oligomer)と呼ばれます。なお1つの分子の中のモノマーの数を重合度と呼びます。

 高分子化合物は様々な観点から分類されていますが、例えば天然高分子と合成高分子という分類があります。ウイルスの合成さえできてしまった現在ではこんな分類はもはや物質そのものの性質による分類との関係はなくなったと言ってよいでしょう。ですが昔は[*2]、合成高分子といえば典型的にはプラスチックや合成ゴムであり、天然高分子といえば天然ゴム・絹・セルロースなどでした。そしてタンパク質や核酸は生体高分子(biopolymer)に分類されました。しかし名称からもわかるように生体・天然・合成という分類は由来を示すものであり、化合物の物理化学的性質や分子構造を示すものではありません。

 結論から言うと、分子構造からは高分子は大きく2種類に分けられます。酵素など多くの生体高分子のように全ての分子が唯一のモノマー配列と唯一の分子量を持つものそうではないものの2つです。

 後者の典型例は合成高分子に分類されるポリエステル・ポリプロピレン・ポリスチレンなどや天然高分子に分類される天然ゴム・絹・セルロースなどです。これらの高分子の特筆すべき性質は、異なる重合度や異なる構造の分子の混合物であることです。それゆえこれらは普通の低分子有機化合物のような正確な分子量は持たず、その分子量は平均分子量という値でしか示せません。また同じ平均分子量でも分子量分布が異なれば異なる性質を示します。これらの高分子の様々な性質は分子の集団としての性質に意味があるのです。実用上もこれらの高分子は材料としての物理的性質が意義が大きく、それは分子同士の絡み合いなどの相互作用が影響する分子集団としての性質なのです。

 それに対して前者に分類される高分子は1つの分子の性質に意味があります。生体内の機能性高分子の機能は個々の分子の相互作用から理解でき、1分子測定といった技術が重要になります。それはひとつの分子内の官能基の特定の配置により定まる化学的性質なのです。それを知るために1分子内の立体構造解析やシミュレーション技術が使われています。

 残念ながらこの両者を区別する学術用語は今のところありませんので、そうですねえ・・
  単分子特異的高分子(singular-characteristic polymer)
  マス特異的高分子(mass-characteristic polymer)
とでも呼んでおきましょうか。

 そして両者の違いは構造からくるものであり、モノマーが何かという組成からくるものではない、というのが冒頭に述べたことの要点です。実際に、現在知られている単分子特異的高分子の多くはタンパク質ですが、やはりタンパク質である絹やクモの糸はマス特異的高分子です。また単糖類をモノマーとする高分子、すなわち多糖類であるセルロースやでんぷんはマス特異的ですが、細胞表面で抗原となることで知られている多糖類(例えば血液型を決める抗原)は定まった構造を持つゆえにシグナル分子としての機能を果たしている単分子特異的性質を持ちます。もっとも細胞表面多糖類の場合はオリゴマーと呼ぶべきかも知れませんが。


 以上で要点は終わりですが、いくつか補足しておきましょう。

 マス特異的な多くの高分子は異なる重合度の混合物ですが、特定の重合度の分子だけの集まりの純物質だとしても、必ずしも単分子特異的性質は出てこないと想像できます。単分子特異的性質は文字通りほぼ単分子で存在する時に出てくる性質で、他の分子と一緒に絡まりあっていたら機能性高分子といえどもその機能を発揮できず、単なる構造材料にしかならないでしょう。しかし例えば単分子量ポリエチレンを合成できたとしても、それは簡単には1分子だけ単独になることはないでしょう[*3]。

 代表的な合成高分子に分類されるポリエステル・ポリプロピレン・ポリスチレンはモノマーが鎖のようにつながった1次元構造であり、タンパク質や核酸もそうだしセルロースやでんぶんもそうです。1次元構造となるのはモノマーが2つの結合部分を持つからであり、これらを線状高分子、糸状高分子、鎖状高分子などと呼びます。それに対してモノマーが3つ以上の結合部分を持つと1本の鎖に枝が生えて樹状となり、さらには網目状高分子となります。フェノール樹脂リグニンがその例です。想像できる通り、3次元網目状構造になると溶媒に溶けたり高温で融解することが原理的にできなくなります。さらに元々は線状であるポリブタジエン天然ゴムは分子間を架橋することにより3次元網目状構造であるゴムとなります[*4]。このようないわばトポロジー的構造はマス特異的性質に大きな影響を与えますが、その詳細は高分子科学の問題となります。

 なお本記事で高分子化学ではなく高分子科学と記したのは誤植ではありません。高分子の性質を考えるときには化学的性質だけではなく物理的性質も重要だからです。

 第3回は生命エネルギーの話です。

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*1) Macromolecule(巨大分子?)という用語は単に分子量が大きい分子を指すこともありそうだ。繰り返し構造ではない高分子量の分子の例には分子の世界のギネスブックに紹介されているような化合物がある。
*2) 現在でも例示したこれらの高分子を天然高分子・合成高分子と呼ぶのは間違いではないし、高校化学では天然と合成の分類は生きているようだ。ただ詳しく知り始めれば、この分類は使いにくいと感じるようになるだろう。
*3) やはり分子の世界のギネスブックに紹介されているC390H782が一例。
*4) 網目状構造などについては以下も参照。
  合成樹脂用語解説
  高校化学Ⅱの記事[啓林館]
  福岡大・化学システム工学科・三島研究室の資料

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