前回に続き、松岡圭祐『探偵の探偵2』に登場する謎の超高性能水分計の話です。今回がまじめな解決編??です。
さてこの水分計とはどのようなものでしょうか。わかっているのは、缶に入っているスープや粥の水分をデジタル表示する、ということです。この缶というのが、ひとつのタンクか水槽みたいなものなのか、大量のスープを作るドラム缶大のものが複数あるのか、という点も問題です。まあ普通は後者と考えると水分計も各缶ごとに1つずつ付いているとするのが自然でしょう。するとデジタル表示されている数値は複数の水分計の測定値の平均値を取るのが自然です。
では缶の中の粥の水分測定にはどんな方法があり得るのかですが、通常の試料で一番正確な方法は水分を完全に飛ばして前後の重量差を測定することです。しかし、このような破壊検査ではリアルタイムにデジタル表示はできません。原理的に可能性ありとすれば、缶内の液体の電気抵抗または静電容量の測定値から求める方法です。具体的には2枚の電極を持つセンサーを液体に浸すか、缶自体を2枚の電極で挟んで測定するかでしょう。後者は広く市販されている体脂肪計みたいなものだと思えばいいですが、前者の方が何かと扱いやすいでしょう。ただ、電気抵抗も静電容量も水分量のみならず溶けている成分の種類や、溶けていない固形物や油等の量や性質にも影響を受けますから、粥やスープなど多彩なサンプルの水分量のみと一律に関係づけるのは無理があるでしょう。この方式の水分計には土壌や油中の水分を測定したり、配管中を流れる水流の気泡や水以外の流体の割合を測定するものがありますが、これらは他成分の単位量当たりの抵抗値や静電容量値がほぼ一定だから測定値を水分量に変換することが可能なのです。電界以外だと使えるものは磁界、音波、光でほぼ尽くされますが、どれを使うにせよ水以外の成分の影響がサンプルによりあまり違わないという条件でないと、水分量を求める方法としては使えません。
水以外の成分の性質が一定という条件の一番わかりやすい例は大気でしょう。大気中の水分計、すなわち湿度計なら様々な原理の多くの種類のセンサーが出回っています。また前回の注釈にも示したように、実在の積荷解析用センサーでも湿度測定するものがあります。
少し視点を変えて水分計というものを測定対象で分類してみましょう。測定対象には気体、固体、液体がありえます。
気体中の水分とはまさに湿度であり、上記のとおり多くの種類のセンサーが出回っています。
固体と液体では上記の通り、一番正確な方法は水分を完全に飛ばして前後の重量差を測定することです。まあこの測定値が水分量の定義とも言えます。ただし水分と共に飛んでしまう成分があると正確な値にはなりません。カール・フィッシャー法という測定法もありこれも正確ですが、乾燥重量法と同様、少量の試料を用いる破壊検査です。
で、固体と液体でのセンサー法ですが、電気抵抗または静電容量を使うセンサーは多くの種類が市販されていますから各分析機器メーカーのサイトをご覧ください。これは水および水以外の成分の単位量当たりの測定値が一定値とわかっていることを利用しますから、それがわかっていなければ水分量を計算することはできません。また対象試料の水分量は、油の中の水分のように微量なものから配管中の流動水の気泡の比率のような中くらいのものまで様々ですが、水分90%以上だと精度に問題が出てきそうです。水分99%ともなれば、水分量を計るよりも溶けている成分の方を計る方が正確なことが多いでしょう。
99%と98%の違いを0.1%精度で測定しようとすると相対誤差1/1000の精度が要求されますが、1%と2%の違いを0.1%精度で測定するなら相対誤差1/10で十分です。
まあ自然科学における測定値の扱いに慣れた人間であれば、「99%が98%になった」と聞けば「小数点以下の有効数字が示してないから誤差はよくて0.5%、1%の差は誤差範囲かもしれない」と考えるのが普通です。まるで誤差0.1%の精度があるかのように計算する方がおかしいのです。もっともデジタル表示ですから実は99.00%が98.00%にだったのかも知れません。テレビドラマではちゃんと小数点以下も表示してたかな? 最後の桁は常時変化してたりするとリアル感があるかも。
さて総重量の方はといえば実際に1トン前後の計測で1Kgくらいの精度は普通ですから、1トンが0.99トンになっていたということは有効数字を示せば1.000tから0.990tになったと判断してもよいでしょう。デジタル表示では0.1Kgまで表示されていた可能性も大です。幸いにも10Kgの減少でしたから職員に疑われませんでしたが、たまたま11人の中に体重の重い人がいて増加してしまっていたとしたら、トリックが失敗していたかも知れませんね。
それにしても99.00%と98.00%との差が実は大きな違いだということが「一般に抱かれがちな印象とは大きく食い違う[p236]」のは、そりゃあそうでしょうけど、施設職員など積荷解析システムを使う方は一般人じゃないんだからちゃんと心得とけよ、教育が悪い、とは言いたいところです。さもなくば前回も書いたように、水溶液の濃度が2倍になるというような注目すべき変化が生じたなら警報でも出すようにしておくべきです。そのためのセンサーだろうに、せっかくの超高性能水分計が宝の持ち腐れです。
もっともこの重量計と水分計の数値が余計なものを持ち込んだり持ち出したりする不正を監視する目的のものでなければ、警報等の不備を責めることはできません。作品中では何かそんな印象を受けはしますが、前回の注釈でも紹介した実在の積荷センサーなどの目的は積荷が搬送中に傷んだりしないかを監視するのが主な目的です。特に加速度センサーや感圧センサー(気圧測定ではなく物体が接触した時の圧力の検知)は今や製品個々に取り付けることも可能で、個々の製品が搬送中に受けた衝撃を記録することもできるそうです。
まあそんなわけで『探偵の探偵2』に登場する水分計は実に画期的な未来型超高性能センサーを使ったものであることが判明しました。そんな先端技術製品が日常風景の中にさりげなく登場する。まさに21世紀の日本社会のリアルな描写と言えるでしょう。おしまい。
さてこの水分計とはどのようなものでしょうか。わかっているのは、缶に入っているスープや粥の水分をデジタル表示する、ということです。この缶というのが、ひとつのタンクか水槽みたいなものなのか、大量のスープを作るドラム缶大のものが複数あるのか、という点も問題です。まあ普通は後者と考えると水分計も各缶ごとに1つずつ付いているとするのが自然でしょう。するとデジタル表示されている数値は複数の水分計の測定値の平均値を取るのが自然です。
では缶の中の粥の水分測定にはどんな方法があり得るのかですが、通常の試料で一番正確な方法は水分を完全に飛ばして前後の重量差を測定することです。しかし、このような破壊検査ではリアルタイムにデジタル表示はできません。原理的に可能性ありとすれば、缶内の液体の電気抵抗または静電容量の測定値から求める方法です。具体的には2枚の電極を持つセンサーを液体に浸すか、缶自体を2枚の電極で挟んで測定するかでしょう。後者は広く市販されている体脂肪計みたいなものだと思えばいいですが、前者の方が何かと扱いやすいでしょう。ただ、電気抵抗も静電容量も水分量のみならず溶けている成分の種類や、溶けていない固形物や油等の量や性質にも影響を受けますから、粥やスープなど多彩なサンプルの水分量のみと一律に関係づけるのは無理があるでしょう。この方式の水分計には土壌や油中の水分を測定したり、配管中を流れる水流の気泡や水以外の流体の割合を測定するものがありますが、これらは他成分の単位量当たりの抵抗値や静電容量値がほぼ一定だから測定値を水分量に変換することが可能なのです。電界以外だと使えるものは磁界、音波、光でほぼ尽くされますが、どれを使うにせよ水以外の成分の影響がサンプルによりあまり違わないという条件でないと、水分量を求める方法としては使えません。
水以外の成分の性質が一定という条件の一番わかりやすい例は大気でしょう。大気中の水分計、すなわち湿度計なら様々な原理の多くの種類のセンサーが出回っています。また前回の注釈にも示したように、実在の積荷解析用センサーでも湿度測定するものがあります。
少し視点を変えて水分計というものを測定対象で分類してみましょう。測定対象には気体、固体、液体がありえます。
気体中の水分とはまさに湿度であり、上記のとおり多くの種類のセンサーが出回っています。
固体と液体では上記の通り、一番正確な方法は水分を完全に飛ばして前後の重量差を測定することです。まあこの測定値が水分量の定義とも言えます。ただし水分と共に飛んでしまう成分があると正確な値にはなりません。カール・フィッシャー法という測定法もありこれも正確ですが、乾燥重量法と同様、少量の試料を用いる破壊検査です。
で、固体と液体でのセンサー法ですが、電気抵抗または静電容量を使うセンサーは多くの種類が市販されていますから各分析機器メーカーのサイトをご覧ください。これは水および水以外の成分の単位量当たりの測定値が一定値とわかっていることを利用しますから、それがわかっていなければ水分量を計算することはできません。また対象試料の水分量は、油の中の水分のように微量なものから配管中の流動水の気泡の比率のような中くらいのものまで様々ですが、水分90%以上だと精度に問題が出てきそうです。水分99%ともなれば、水分量を計るよりも溶けている成分の方を計る方が正確なことが多いでしょう。
99%と98%の違いを0.1%精度で測定しようとすると相対誤差1/1000の精度が要求されますが、1%と2%の違いを0.1%精度で測定するなら相対誤差1/10で十分です。
まあ自然科学における測定値の扱いに慣れた人間であれば、「99%が98%になった」と聞けば「小数点以下の有効数字が示してないから誤差はよくて0.5%、1%の差は誤差範囲かもしれない」と考えるのが普通です。まるで誤差0.1%の精度があるかのように計算する方がおかしいのです。もっともデジタル表示ですから実は99.00%が98.00%にだったのかも知れません。テレビドラマではちゃんと小数点以下も表示してたかな? 最後の桁は常時変化してたりするとリアル感があるかも。
さて総重量の方はといえば実際に1トン前後の計測で1Kgくらいの精度は普通ですから、1トンが0.99トンになっていたということは有効数字を示せば1.000tから0.990tになったと判断してもよいでしょう。デジタル表示では0.1Kgまで表示されていた可能性も大です。幸いにも10Kgの減少でしたから職員に疑われませんでしたが、たまたま11人の中に体重の重い人がいて増加してしまっていたとしたら、トリックが失敗していたかも知れませんね。
それにしても99.00%と98.00%との差が実は大きな違いだということが「一般に抱かれがちな印象とは大きく食い違う[p236]」のは、そりゃあそうでしょうけど、施設職員など積荷解析システムを使う方は一般人じゃないんだからちゃんと心得とけよ、教育が悪い、とは言いたいところです。さもなくば前回も書いたように、水溶液の濃度が2倍になるというような注目すべき変化が生じたなら警報でも出すようにしておくべきです。そのためのセンサーだろうに、せっかくの超高性能水分計が宝の持ち腐れです。
もっともこの重量計と水分計の数値が余計なものを持ち込んだり持ち出したりする不正を監視する目的のものでなければ、警報等の不備を責めることはできません。作品中では何かそんな印象を受けはしますが、前回の注釈でも紹介した実在の積荷センサーなどの目的は積荷が搬送中に傷んだりしないかを監視するのが主な目的です。特に加速度センサーや感圧センサー(気圧測定ではなく物体が接触した時の圧力の検知)は今や製品個々に取り付けることも可能で、個々の製品が搬送中に受けた衝撃を記録することもできるそうです。
まあそんなわけで『探偵の探偵2』に登場する水分計は実に画期的な未来型超高性能センサーを使ったものであることが判明しました。そんな先端技術製品が日常風景の中にさりげなく登場する。まさに21世紀の日本社会のリアルな描写と言えるでしょう。おしまい。
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