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論理の前に

2022-02-19 07:24:48 | 数学基礎論/論理学
 「架空世界の論理学」(2019/01/05)で可能世界というものを紹介しました。そこでも参照したスマリヤンの本[Ref-1]でもわかりますが、基本的に様々の命題が真であるか偽であるかで世界が別れます。つまり様相論理学で定義される可能世界というものは真(1)と偽(0)との組み合わせでデジタルに決定されるということになります。世界は命題の集合としてできている、世界は情報でできている、という話になりそうで、その通りにも思えるけれど何か納得しがたいものもあります。なぜでしょう?

 もともと命題論理での論理式は原子命題を論理記号でつなげて作られますが、この原子命題に現実の何かを当てはめることで、論理式が現実を表現することになります。原子命題はどのように作られるかと言えば、述語論理式の作り方に従い対象記号と論理記号を組み合わせたものとして表せて、対象記号に何を当てはめるかで現実の何を表現するかが決まります。つまり何をどうあてはめるかで扱う対象が違ってくることになります。そして有限の記号の有限の組み合わせによる単語で無限の現実を表現できるはずがありません。

 例えば何らかの物体を記号で表現して、要するに名付けて論理で扱うことはできます。しかし液体や気体では特定の物体にならず、原則的にはひとつの記号で表現できるような安定した塊は作れません。固体でさえも、その部分を対象にしようとしたら、その部分が含まれる領域を正確に決めることは極めて難しいことです。それどころか、連続体である現実世界をどう切り分けて論理で扱えるような、つまり記号に当てはめられるような、デジタルな対象に分割するかという、そのやり方次第で、論理が扱う世界は違ってきてしまうというべきでしょう。

 良い例が音韻または音素(phoneme)です。音韻は人の発声における口蓋や唇の形や舌の位置で分類されています[Ref-2]。これらのパラメータを座標とする空間で音韻は表現されるのですが、この座標空間は連続的なものであり、そこをどう切り分けてまとまった音韻とするかは言語により異なります。4母音体系と5母音体系では識別領域が重なっていたりするのです。

 色彩もそうで、虹を6色と認識する文化もあるそうですし、7色より細かく分けることだってできるでしょう。さらに色彩は光の波長に伴う色たけではなく、明度と彩度も含めた3次元座標で識別され、この3次元色覚空間をどのように分けるかで個々の色という概念が決まります[Ref-3]。世界を科学的に理解するために論理を使うとしても、その前にまず連続体の世界から概念を取り出す必要がある、ということになるでしょう。

 概念というと抽象的に聞こえますが、画像認識というと最新のホットな技術です。これは言うならば、本質は2次元である網膜に映る画像データを切り分けて何らかの物体等を抽出するという操作です。実際の生物たちは時間軸のデータも使って判断しているのですが、AIではまずは静止画像の認識からということになります。もちろん歩きかたから人物を判定するなどの技術も既にあるのですが。画像認識(Identivication)と言っても3種類あるというのは言われてみればその通りですが、言われないとわからないですね。例えば[Ref-4]の後ろの方を参照。

 ・1枚の画像が何であるかを判定: 画像分類(Classification)
 ・画像内の複数物体のそれぞれを判定: 物体検出(Detection)
 ・画像の各画素がどんな物体に属しているのかを判定: セマンティック・セグメンテーション(Semantic Segmentation)

 3番目のセグメンテーションが最も実際の生物の視覚が行っていることに近いのでしょうが、こうして抽出された領域(Segment)の形状というものも色々と分類されて各概念が作られます。簡単な形状であれば、円、多角形などの幾何学的概念になりますし、人の形、鳥の形、樹木の形、なども我々は認識しますし、さらにはわけのわからない形なんてのもあります。

 こうやって扱う概念が確定して初めて、論理を使うことができるのです。


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Ref-1) スマリヤン(R.M.Smullyan);田中朋之(Tanaka, Tomoyuki 訳);長尾確(Nagao, Katashi 訳)『スマリヤンの決定不能の論理パズル―ゲーデルの定理と様相理論』白揚社(2008/05/30)
Ref-2) 国際音声記号
Ref-3) 色立体
Ref-4) 畳み込みニューラルネットワーク(Machine Learning for Artists)
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