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架空世界の論理学:三浦俊彦『可能世界の哲学』

2019-01-05 06:30:05 | 数学基礎論/論理学
 本ブログでは架空世界というカテゴリーを設けて様々なフィクション世界(fictitious world)や想像の世界(imaginary world)の記事を書いていますが、架空世界と似ている可能世界(Possible world)という言葉があります。

 可能世界(Possible world)というのは分析哲学(Analytic Philosophy)上の概念で、一言で言えば「現実世界では真ではないかも知れないが可能ではあることが実現している世界」とでも言うべきものです。この定義で私が思い浮かべるのは、架空の歴史、並行宇宙、といったものです。多くのSF的概念がほぼ常識化している現在では、このようなイメージが多くの人にとってもわかりやすいものでしょうが、可能世界そのものは17世紀の哲学者ライプニッツにもさかのぼる概念のようです。そして近代の記号論理学と結びつき様相論理(Modal logic)という概念が誕生しましたが、その話はスマリヤンが騎士と奇人の島の舞台を交えながら解説しています[Ref-3]

 分析哲学における可能世界に関する日本語の入門書としては2018/12/16の記事でも参考文献にあげた三浦俊彦『可能世界の哲学』[Ref-1]が適切のようです。この著者の発言がなかなかすごいので紹介しましょう。

--------引用開始(下線は私の強調)-----
 (序から)「論理による納得には、いかなる洗脳や悦惚体験の効果も及びません。のみならず論理は、どんなドラッグや音楽や宗教よりも人間をハイにします。人問の心が脳というハードウェアの産物であり、脳が記号論理学と同じ二値演算で作動するコンピューターである以上、当然のことでしょう。可能世界というロマンチックな響きの概念装置を手掛りとして、一人でも多くの文学少年.文学少女に、ロジカル.ハイの芳味を味わっていただきたいと思います。」
--------引用終り ------------

 科学の啓蒙記事の最期に「一人でも多くの若者がこの道に入ってくれることを願う」なんていう勧誘が入るのはよくあることなのですが、これはすごいですね。なんという悪魔的な誘惑なのでしょうか(^_^)。というか、「どんなドラッグや音楽や宗教よりも」と断言できるほど様々なドラッグや音楽や宗教を試してみたのでしょうか? この道に進んだくらいだから三浦氏は論理的な人なので、根拠もなく断言することはしないと思うのですが・・。まあたぶん、他のドラッグや音楽や宗教の魅力というのは統計的な根拠から判断しているのでしょう(^_^)。
 また三浦氏の現在の活動については三浦俊彦の時空間をご覧ください[*1]

 余談はともかく、まずは可能世界のイメージをつかむための例として異次元世界へ(2016/03/13)で挙げた並行宇宙や多世界などの例を見てみましょう。いずれも何らかの共通点を持つ多数の"世界"の集合を扱います。この集合を[Ref-1]からの用語で"フレーム"と呼んでおきます。

 フレームの構造が一番わかりやすのいは分岐した歴史ではないかと思います。例えば明治維新までの歴史は現実の歴史と共通で、それ以降に様々に分岐した可能な歴史の集合を考えれば、これらは"明治維新までの歴史"という共通点を持つ可能世界のフレームとなるわけです。するとこのように考えた分岐歴史のフレームには次のことが言えるでしょう。

 ・あるフレームに属するすべての世界(分岐歴史)は互いに対等と見なしてもよい。
   (現実の歴史を特別視することはしない)
 ・歴史の分岐時点の違いにより異なるフレームが考えられる。
   (フレームに属する世界の共通点がそのフレームを定めるといえる)

 ここで上記の"フレームに属する世界の共通点"を「ある時点までの共通の歴史」ではなく「自然法則、存在する事物など一般的な性質」とすると異次元世界やパラレルワールドといえるものになります。例えば、
 ・地球は現実と共通で、月が無かったり質量や公転周期が実際と異なっている
   ニール・F. カミンズ『もしも月がなかったら』東京書籍 (1999/07)参照
 ・物理法則は現実と共通で、ある物理定数の値が異なる

 さて共通な性質が何かでフレームが定まるのですが、するとフレームの間に一種の包含関係が生じることがわかります。例えば物理法則と物理定数がすべて現実と共通なフレームを考えるとここには非常に多数の世界が含まれる広いフレームです。さらに地球にタンパク質型生命が存在するという性質を共通性質として付け加えたフレームは、少し狭くなりますが、それでも実在しなかった多数の生物種を含む多数の可能世界を含むでしょう。


 以上でフレームのイメージはつかめると思いますので、次は可能世界の構造というものをRef-1の2章に沿って述べていきます。無数の可能世界が存在する場所?、というよりは無数の可能世界から成るシステム、をフレームと呼んでおきます。スマリヤンはフレームを宇宙と呼んでおり、それでもいいかも知れませんが、ここでは天文学で言う宇宙やマルチバース(multiverse)に含まれているユニバース(universe)と混同しないように別の言葉を使っておきます。

 まずは論理式に使う記号です。→∧∨¬∀∃は同様に使いますが、新しく2つの記号を導入します。
 def-1a) □A :命題Aは必然である。(必然的に真である)
 def-1b) ◇A :命題Aは可能である。(可能的に真である)

 これらの命題の真理値は各可能世界により異なりますから、「可能世界Wにおいて命題Aが成り立つ」ということを次のように表すことにします。これは本ブログ記事独自の記法です。
 def-3) A/W :可能世界Wにおいて命題Aが成り立つ

 そして可能世界の間に「相対的可能性[Ref-2]」または「到達関係[Ref-1]」という関係を持ち込みます。
 def-4) xRy :世界xで可能な命題が世界yで成立している。[Ref-2, p258]

 しかしこの表現では多義性があります。
 def-4a) ∃A((A/y)∧(◇A/x))
 def-4b) ∃A((A/y)→(◇A/x))
 def-4c) ∀A((A/y)→(◇A/x))

 Ref-1によればdef-4cが該当するようです。「世界yで真であることは何でも世界xにおいて可能である[Ref-1,p74]」。なお次の論理式で示すような「世界xにおいて可能であることは何でも世界yで真である」は無理筋でしょう。可能なことの中には互いに矛盾することもあるからです。例えば「信長は本能寺で死んだ」と「信長は本能寺で死ななかった」とはどちらも可能かもしれませんがひとつの世界の中では両立しません。
 def-4d) ∀A((A/y)←(◇A/x))

 [2020/03/16追加]また考えてみれば、def-4a,abのように世界xにおいて可能であることも可能でないことも混じっているような世界yというものを持ってきても、何か意味のある考察はできないように思えます。世界xにおいて可能でないことがある世界は、(世界xにとっての)可能性世界とは言いにくいでしょう。[追加ここまで]

 さてRef-1では関係Rが次の3つの性質を持つフレームを扱っています。

 def-5a) 推移性 xRy∧yRz→xRz
 def-5b) 反射性 xRx 
 def-5c) 対称性 xRy⇔yRx 

 反射性と対称性が成り立てば、互いに関係Rにある世界すべてが集まってひとつの"類"を作ります。先に例とした分岐歴史や並行世界のフレームがこのような"類"の例になります。ここで具体的に"類""フレーム"がどのようなものかは、これらの世界で"可能であること"は何かという具体的な設定で決まります。

 さて一般にはdef-5a~bの性質の成立が様々な形のフレームが考えられるわけで、そのような話は私もまだ突き詰めて勉強してはいませんが、興味のある方はRef-1,3などをお読みください。また可能世界意味論-様相命題論理-(2002/11/10)という記事[Ref-4]に、概要がよくまとまっているようです。

 これらの文献にもありますが、もともと分析哲学における可能世界という概念は、クリプキ(Saul Aaron Kripke)が様相論理の意味論を構築するために使ったもので、下記の定義により可能とか必然とかの意味を明確にしたとのことです。

 def-1c) □A/x :xRyであるようなyの全てでAが真である。
 def-1d) ◇A/x :xRyであるようなyの少なくともひとつでAが真である。

 うっかりするとdef-1ddef-3すなわちdef-4cとが循環定義のように見えますが、そうではありません。定義の順序としては例えば次のような流れが考えられます。

 1) 世界xで可能な命題の集合が与えられる。
 2) def-4cにより多数の可能世界yが得られる。
 3) 世界xでのひとつの命題Aを取ると、def-1d)によりAが可能か否かが定義される。

 1)で与えられる"可能な命題の集合"は所与のもの、と言いたいところですが、実際には自然に与えてもらえるわけもなく、人が任意に設定するしかないでしょう。「何が可能な命題か?」ということは人が設定するしかなく、それは設定する人により異なるもののはずです

 あまりまとまりませんでしたが、これ以上は種々の文献を参照してください。


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Ref-1) 三浦 俊彦『可能世界の哲学―「存在」と「自己」を考える(NHKブックス)』日本放送出版協会 (1997/02),ISBN-13: 978-4140017906
Ref-2) 田中一之他『ゲーデルと20世紀の論理学(第2巻)完全性定理とモデル理論』東京大学出版会(2006/10)
[R5] p237-240, Ⅲ部,3.5様相とモデル
Ref-3) スマリヤン(R.M.Smullyan);田中朋之(Tanaka, Tomoyuki 訳);長尾確(Nagao, Katashi 訳)『スマリヤンの決定不能の論理パズル―ゲーデルの定理と様相理論』白揚社(2008/05/30) [S4]
Ref-4) もろもろの課題たち(2002/11/11)

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*1) このHPはコンテンツが多くて目移りするが、個人的には次のものがおもしろい。
 a) <人間原理>と<可能世界>のページ
  a1) 論理学に関する無理解のサンプルについて
  a2) 「(知の先端18人)ソール・クリプキ」(1999.06)
 b) バートランド・ラッセルのポータルサイト
  b1) ラッセル邦訳一覧
  b2) ラッセル原著一覧
 c) ラッセル研究者とラッセル・ファンのためのポータルサイト(分館)
  c1) ラッセルの世界5分前仮説

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