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ゲーデルの定理-2.1- モデルと公理系

2015-10-20 05:42:47 | 数学基礎論/論理学
前回からの続き

 さてモデルというものを漠然と「公理系に対応する現実」などと言っていては厳密な論証ができません。数学基礎論では、集合論の枠組みの中で抽象的にモデルを定義します。ざっくりと言えば、ある集合(とする)があり集合の元の間に種々の関係があり、この集合の中で元から元への関数があるものとします。そして、論理体系や公理系を表現している言語(記号の集合、とする)と今考えた集合との間に次のような対応を取ります*1
  定数記号 ;特定の元を記述。
  変数記号 ;任意の元を当てはめられる変数を記述。
  関数記号 ;関数を記述。関数は決められた個数の元に1個の元を対応させるもの。
  述語記号 ;決められた個数の元を含む関係を記述。

 定数記号と変数記号は単独で意味のある式になりますが、関数記号と述語記号は単独では意味をなさず、括弧記号"("および")"を使って次のような形の式(記号列)として初めて意味を持ちます*2。この形の式を、関数式または述語(関係式)と呼ぶことにしましょう。ただしtiは変数も含む何らかの元を記述している式で、対象式とか対象項とか呼ばれるものです。
 Form-1. F(t1,t2,・・・,tn)

 ここで決められた個数がnのものをn項関数、n項述語、n項関係と呼びます。例えばxはyより大きいという関係にGという2項述語記号を当てはめれば、G(a,b)は"定数記号aに対応する元は定数記号bに対応する元より大きい"という2項関係を記述しています。そして集合Mにおいて元同士の大小関係は真偽が定まっているものとすれば、特定の定数記号と述語記号とから成る論理式(述語)の真偽集合Mにおける真偽に基づいて定義できます。なお、「xは3より大きい」「xは偶数である」というような1項関係もあり、1項述語記号で表現されます。日常語では関係というとn≧2の場合だけを連想し、1項関係はむしろ、その1個の元の「性質」とか「属性」とか呼ぶことが多いかも知れません。

 なお関数というのは関係とは違い、1個の元を生み出すものです。つまり関数式はそれ自体がある元を記述しています。つまり関数式は対象式の一種であり、Form-1のtiとして使うことができます。そして元だけでは明らかに真偽は意味をなさず、「元は~という性質を持つ」「元aと元bはRという関係にある」というような状態、または言明なら真偽があり得ます。つまり関数式も含めて対象式には真偽は定義できず証明の対象にもなりません。関係式になら真偽が定義できて証明の対象となります

 さらに関係式に論理記号"","",""などを適用した式が記述する、「R1(a)ならばR2(x,b)である」,「R(a)ではない」,「全てのxについてR(x)である」といった状態(の言明)も真偽があり得ます。このように、考えている集合での状態(の言明)で真偽があり得るものを命題と呼び、命題を記述する式を述語(述語式)と呼びます。そして任意の述語に論理記号を適用した式も、やはり命題の記述です。

 さて述語の中の対象式が集合元の変数を記述していれば、この述語が記述する命題の真偽は変数に代入される元により不定となります*3。しかし、∀x(すべての元xについて)や∃x(元xが存在する)のように変数を束縛すれば真偽も決まります。そこで元を記述する記号としては定数記号と束縛された変数記号だけが使われている論理式を閉じた論理式と呼べば、閉じた論理式である限りは、その真偽が集合Mにおける真偽に基づいて定義できるのです。なお、束縛されていない変数を自由変数と呼びます。

 ここまではまだ集合Mの元や関係や関数を言語Lで記述しただけで公理を決めていないので、証明はまだできません。そこで閉じた論理式をいくつか選んである公理系を定めたとします。これらの公理に対応する関係がすべて真となるような集合Mもし存在すれば、それをこの公理系のモデルと呼びます。逆に、ある集合の中の関係の真偽を我々が知っていた場合や知りうる場合は、真である関係のいくつかを選んで、現実を反映する公理系を作ろうと努力するわけです。

 なお、集合と言語との対応が決められたものを「構造」と呼びます。ここでの集合はモデルではなく「構造の領域」と呼ばれ、集合と言語との対応を「解釈」と呼びます[Ref4-p74]。

 さて公理からは色々な定理が証明されるのですが、証明される定理に対応する関係が(その公理を満たすモデルでは)すべて真となることを、この公理系が健全であると定義します。これを図で示すと以下のようになりますが、公理系0が健全であるということは、公理0から定理を推論する部分がそのモデル1という現実に一致していることを意味します。推論が不健全であれば推論結果が現実とは一致しなくなるわけです。確かに世の中には不健全な推論というものが存在して、詐欺や疑似科学や論理の練習問題やらに使われていますね。


    図1

 さてモデル1で真である関係の中には対応する閉論理式が公理系0からは証明できないものがあり得ます。この場合は公理系0はモデルAについて意味論的に不完全です。この公理0からは証明できない真なる関係1に対応する定理1が、公理系0に新しい公理1を付け加えることで証明できるようになるならば、公理0に公理1を加えた公理系1はそれだけモデル1をよく表していることになります。もちろん公理1そのものがモデル1で真であることは、モデルと公理の定義からして絶対の条件です。もしもモデル1の真なる関係全てに対応する定理がすべて証明できるようにできれば、その公理系はモデル1について意味論的に完全です。
 このように意味論的完全性はモデルによって違ってくるのですが、「述語論理の完全性定理」における完全性はモデルによらない公理系固有の性質として定義されています。それを次に説明します。

 公理系0のモデル1とは別のモデル2では関係1は真ではなく関係2が真であったとします。すると関係2に対応する定理2が証明できるような公理2を付け加えれば、モデルBはこの公理系2のモデルだが公理系1のモデルではない、ということになります。しかしモデル1とモデル2の共通部分である真理0と真理0'の部分だけ取り出せば、その部分のすべての関係が公理0または定理0に対応している可能性があります。そして公理0の全てのモデルの共通部分を(真理0+真理0')としたときに、この共通部分に対応する定理全てが公理0から証明可能であることを「公理系0は完全」であると言います。これが述語論理の完全性定理における完全の意味なのです。

 なお全てのモデルの共通部分において真である関係に対応する論理式は恒真であると言います。

 公理系0は公理系1に比べて狭く見えますが、これはむしろ種々の公理系に共通な土台であることを意味します。実際公理系0として古典述語論理を取れば、これはまさにありとあらゆる正しい推論の共通な土台であるのです。

 公理0そのものに対応する部分、真理0を含むことがモデルの定義ですから、真理0については対応する論理式が存在します。問題は真理0'の部分で、ここに公理0から証明できないものがあれば述語論理の完全性定理の意味で不完全だということになります。でも真理0'に属する関係の真偽はどうやって確認するのでしょうか? 公理系0における推論を使うわけにはいきませんから経験的な観測により確認するしかないようにも思えますが、それも何か変です。

 次回に続く

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*1) 命題論理の公理のための命題変数記号も必要に見えるがそうではない。類書では例えば「¬¬A→Aの形の全ての式」といった表現を使うことが多い。公理の数が無限可算では心配になるが、ある論理式が公理か否かが判定できれば推論ができるから、これでよいのである。ただ不完全性定理の証明に必要な、「式Aが公理である」という命題の表現可能性の証明が、有限個の公理と無限個の公理とでは違ってきそうだ。
*2) 区切り記号","も必要に見えるがそうではない。tiが1個の記号の場合は区切り記号がなくても読み取れるし、関数式の場合も「F(対象式)」の形なので読み取れるからである。つまりForm-1.の","は実際の式には存在しない。
*3) 命題を「真偽が決まっている言明」と定義すると変数を含むものは命題ではなくなって不便である。


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