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黒き盾の向こう側[beyond the Schwarzschild] -1-

2018-04-09 06:26:39 | 物理化学
 一般相対性理論のシュワルツシルト解(Schwarzschild solution)により予測されたブラックホールの存在は今や知らぬ人ととてないでしょう。その中心から一定の距離には事象の地平線[Ref-1~4]が存在し、その中からは光さえも出てくることはできません。つまり外部の観測者から見ると事象の地平線の向こう側、いわゆるブラックホールの内部は永遠に観測不可能です。

 すると一つの疑問が生じます。永遠に観測不可能、すなわち原理的に観測による検証が不可能な事を予測することに意味があるのでしょうか? ブラックホールの内部解などをいくら考えても、それを観測により検証することは不可能と思えるのに、どんな意義があるのでしょうか?

 似たようなことは膨張宇宙の地平線についても言えます。ハッブルの観測により明らかになって以来、我々の宇宙が膨張していることは良く知られており、我々の慣性系で見て[宇宙年齢×光速]の距離よりも遠い宇宙は観測不可能ということも知られています。しかし宇宙論のモデルでは宇宙の地平線の向こう側も考察の対象になっています。まるで、水平線の向こうは絶対に見えないのに、そこに存在する国々を想像しているように見えます。


 一般相対性理論の解では球対称を想定したシュワルツシルト解やカー解などが有名ですが、もっと基本的で簡単な厳密解があります。それは、宇宙全体が一様な重力場(gとする)を持つと想定した場合の解です。この場合、観測者(とその住処?)を除けば、あらゆる物体は重力gに引かれて一方向へ自由落下しています。上を見れば、はるか彼方からあらゆる物体が自由落下してきます。そして下を見ればはるか彼方へ向けて自由落下する物体が遠ざかって・・・、いいえ違います!

 一般相対性理論によれば重力ポテンシャルの高い場所では時間は速く進み、重力ポテンシャルの低い場所では時間は遅く進みます。つまりこの場合、下へゆくほど時間の進み方は遅くなり、観測者から一定距離の所ではついに時間が止まります。この距離は具体的には(c^2/g),つまり([光速度の2乗/重力加速度])で、そこにブラックホールならぬブラックウォールが存在しているのです。このブラックウォールより下からの光は永遠に観測者には届きません。ではブラックウォールの向こう側は、この観測者にとっては科学的に考察する意味のない世界なのでしょうか?

 実はこの宇宙全体が一様な重力場を持つモデルは決して非現実なものではなく、一定の加速度gで飛んでいる宇宙船から見た座標系なのです。球形を考えなくてはならないシュワルツシルト解より数学的には簡単で相対性理論のテキストにも載っていることが多いですが、EMANの相対性理論加速系の座標変換に具体的なことが紹介されています。またあもんノートの「一方向に加速する系」に別の計算からの結果が書いてあります。これらのサイトでも紹介されているリンドラー座標を使うと見通しがよくなりますね。

 ところで上記のEMANさんのサイトのリンドラー座標を見てみましょう。静止系の観測者は座標原点にいて、加速系の観測者は座標x(t)にいるとしましょう。x(0)で相対速度がゼロです。そして座標原点からの光は加速系の観測者には永遠に届きません。

 けれど、t<0の時点の原点からの光は過去に届いています! つまり原点を加速系から見ると、遥か過去には猛スピードで接近していたものが重力により次第に減速し、やがて速度ゼロになるのですが、それは原点がブラックウォールに達する時です。つまり加速系から見ると、原点はいつまでも速度ゼロにはならずにブラックウォールに接近し続けるということになります。ブラックウォールの向こう側から! これは原点のみならずブラックウォールの向こう側の全ての点について言えることです。つまりブラックウォールの向こう側は全てが不可知の世界なのではなくて、ある時点より未来が不可知であり、それより過去は観測可能な世界だったことになります。

 これを静止系の原点にいる観測者から見てみましょう。遥か昔に遥か遠くで光速に近い速度でこちら向きに飛んでいた一隻の宇宙船が、(宇宙船から見て)一定の加速度で減速しながら接近し、ある距離で速度ゼロになった後は、また一定の加速度で速度を上げながら遠ざかってゆきます。静止系から見れば、特に異常な事も起きていません。はるか昔に、どうやってそんな速度で飛んでいたのかって? 神がそのように世界を創造されたのです(爆)。なにせモデルですから(^_^)

 なお等加速度系に関しては英語版wikipedia[Ref-3]にも、ブラックホールの場合、宇宙膨張の場合と共に記載されています[*2]


続く

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Ref-1) 英語版wikipedia[事象の地平面]
Ref-2) EMANの相対性理論[事象の地平線]
Ref-3) 英語版wikipedia[Event_horizon]
Ref-4) 英語版wikipedia[一般相対性関連以外の言葉]

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*1) 厳密解のある単純なモデルとしては次の3つがよく知られている。
 1.一様な定重力 定加速度系の観測者から見た世界
 2.球対称 シュワルツシルト解
 3.回転対称 ゲーデル解(ゲーデルの宇宙)

*2) 英語版wikipedia[Ref-3]の目次の一部。
   1 Event horizon of a black hole
   2 Cosmic event horizon
   3 Apparent horizon of an accelerated particle



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1 コメント

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裸の特異点 (Maria)
2020-11-26 20:00:51
こんばんは。
「ブラックホールは毛が三本」という話があって、質量と角運動量と電荷ということになっています。そうなると、「ブラックホールになった瞬間に、その運動量がどこかに消えてしまう」みたいな話になるので、まぁ、いかがなものかと。
ここで、「トミマツ-サトー解」というものがあるので、角運動量が増えてしまうと、「裸の特異点」が現れてしまうわけですよ。
もちろん、ブラックホールを相手に角運動量を増やすような状況はほとんどない(「ブラックホール同士の衝突によって、そういうことが起きる」とか、「ブラックホールの蒸発によって、質量が減って質量あたりの角運動量が増えた」とかいったケースはあるかもしれませんが、少なくとも前者はどうかな)と思いますが、お殿様が腰元の帯を引っ張って「あれぇぇぇぇ!」みたいな状況は、理論的にはありそうに思います。
ちなみにシュヴァルツシルト面の内側は、通称「不安定領域」と呼ばれていて、「不安定」≡「わからん」というのが天文学者の認識だそうです。
「裸の特異点」イコール「ホワイトホール」みたいな話があるので、「天文学者はヘアヌードが好き」みたいなコトを言われていたりするそうです。
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