この春の計画停電の事態などを受けて発送電分離による電力自由化の議論が盛り上がっています1)。いわゆる電力自由化は10年ほど前にも規制緩和の一貫として進められようとしたところを、カリフォルニア電力危機などを自由化の失敗とする見解もあって停滞したと言われています。それについて考えてみました。
基礎の話として電力が需要家に届くまでには、発電>送電>卸売>配電>小売、という段階を経ます9)。日本ではこの全てを取り扱う大手10社が各地域で市場をほぼ独占していますが、欧州や米国ではいわゆる自由化が進められています。ただしその実際は国により結構な違いがあります8-11)。
さて5段階の中で送電と配電、特に広域ネットワークとなる送電は自然に独占にならざるをえず、電力自由化といえば発電と小売に参入自由があり消費者には選択の自由がある状態を指します。そのためには送電網は誰もが自由に使える状態でなくてはならず、送電業者に対してはむしろ自由を規制しなくてはなりません。道路の通行に差別がなかったり、通信回線所有者には顧客を選ぶ自由を制限したりするようなもので、いわば公共インフラ的性質を持つ送電ネットワークを誰もが妥当な料金で使用できる状態にすることで、発電と小売の自由市場が保証されるのです。しかるに同じ会社が発電や小売と送電を兼ねていたのでは、送電設備を持たない発電会社などが不利になるので、自由化のためにはいわゆる発送電分離が必須となります。このとき問題となる一つが、送電会社(私営であれ公営であれ)が送電設備を改良保全し需要に応じて増強するインセンティブをどう確保するかということになります。
さてカリフォルニア電力危機は1998/04の電力市場自由化の後に2000/07から始まり2003/11に終息宣言がなされました。詳しい時系列は英語版ウィキペディア2)にあります。実はこの事件は突然の大停電ということではなくて、いわゆる計画停電(Rolling Blackout)が頻発したという事件です4)。なんのことはない、この春に東京電力管内で経験された事態が長期間続いたという事件なのです。
カリフォルニア電力危機の原因についてはRef-4-2),5)の記述をまとめると、需要増加に供給が追いつかずに卸価格が高騰したが、小売価格には上限がはめられていたため小売2社が逆ざやに陥り倒産に至った、というものです。またエンロン社などの発電会社による売り惜しみによる価格操作もあったと言われています。これはどう見ても不完全な自由化による失敗であって、自由化のせいで停電が起きたという説明にはなりません。不完全だった部分は、小売価格には上限がはめられていたこと、小売会社が送電設備も所有していたこと、です。
要するに、自由化すればカリフォルニア電力危機のようなことが起きる、というのは間違いで、正しくは、自由化する時に変に不完全な自由化をするとカリフォルニア電力危機のようなことが起きる、というのが正しいのです。
一方で2003/08/14の北アメリカ大停電は本当に突然の大停電だったのですが、こちらははっきりした原因は未だに不明ながら、送電網の不備が大きな原因であるようです。送電網に対する設備投資のインセンティブが少なくなると、このような事態が起きる恐れは増すことになります。まさにインターネットのインフラとしての通信回線網と同じ悩みになるわけです。
またイタリアでは2003/06-07にいくつかの停電(記載からは計画停電の雰囲気)が続き7-1)、2003/09/28(北アメリカ大停電の約1ヶ月後)には突然の大停電が起きたのですが7-2)、これも自由化のせいと言うよりはイタリアが慢性的な電力不足で輸入で賄っているという状況の要因が大きいように思えます。
そしてEUでは一応順調に自由化は進展し、国境を越えた電力貿易も盛んになっています。その評価も色々とありますが、2007年末のEU自身の評価では、さらなる自由化が必要である点と、送電網の拡充整備が必要である点が強調されているようです10-11)。
ところで電力価格の低下を電力自由化の成果の目安にしている論調がよくありますが、これは変な論理だと思います。まあ目安のひとつにはなるかも知れませんが、それだけをもって電力自由化の成果を測るような論理は間違いとしか思えません。なぜなら自由市場である以上は価格は需要と供給により適切な市場価格に決まるものであって、それが自由化以前の価格より安いか高いかは状況次第だからです。
自由化の目的は価格が市場により適切な価格に決まるようにすることであり、安くなったとすればそれは結果に過ぎません。財が乏しくなれば価格が高くなることにより消費を抑制し生産意欲を刺激する、というのも自由市場の大事な役割です。電力の場合は高価格は省電力グッズや省電力サービスの普及を促すという役割も果たします。
地球温暖化防止のためにも省電力や省エネは大切だとしながら低価格の電力を要求するのは矛盾しているのではないかと私は思います。ま、確かに電気というのは今やなければ命が脅かされることさえある必需品ですから庶民の手の届かない価格では困りますが、それを言うなら食料品だって自由市場で取り引きされ価格は変動するのです。確かに食料品の場合は多様な種類がありある品が高くなっても別の品で代替することができますが、電気は1種類だけです。いやそうとも言えません。理想的な自由市場のもとでは時間帯や発電業者などにより様々な価格の電力が売買されるはずですから。
------参考文献-----------
1) 例えば原子力安全委員会で以下のヒアリングが行われた。
平成23年6月2日(木)14:30~
平成23年6月7日(火)10:30~
2) California_electricity_crisis[ウィキペディア英語版]
Chronology参照
3) カリフォルニア電力危機[ウィキペディア日本語版]
[California electricity crisis]ウィキペディア
4) ハイテクが引き起こしたカリフォルニアの停電(2001年1月23日)
この停電は、実際には停電と言ってもローリングブラックアウトといって、細かく分けた地域ごとに数十分ずつの停電を起こしていって全体の電力消費量を抑え、本物の大停電を防ぐための計画停電だ。
5) カリフォルニア大停電に学ぶ-日経BP記事
5-1) (2009/02/09)第1回:電力自由化、米国の実態を調査
5-2) (2009/02/23)第2回:不完全な規制緩和政策が招いたカリフォルニア州の電力危機
大手私営電力会社のうち、SDG&E社(San Diego Gas & Electric社:サンディエゴ地域に電力を供給)については1999年7月に小売価格の凍結が解除されていたため、卸電力価格の高騰がそのまま小売価格に転嫁された。これによって、SDG&E社の供給エリアでは小売価格が高騰し、消費者の生活を直撃することになった。驚いた州議会は、2000年9月7日から2002年末までの時限措置として、SDG&E社の小売価格を再規制する法案を可決している。
5-3) (2009/03/09)第3回:消費者は停電より光熱費の高騰を心配
5-4) (2009/03/26)第4回:「規制か自由か」を超える答え問う 壮大な社会実験だった
6) カリフォルニアの電力危機とその教訓(2001/10:富士通総研・武石礼司主任研究員)
発電能力の維持・増強を可能とするためには、制度上の制約(固定小売価格といった制度)を取り除いておく必要がある。一方、送電容量の確保のためには設備投資のためのインセンティブを与えて、送電設備の能力を維持・増強する必要がある。競争を喚起して余剰コストを削減する必要がある発電部門・電力小売部門と比べて、適正な能力を維持できているかの確認が必要である送電部門に対しては、情報を公開しつつ、適正な送電容量を確保するための方策が必要となる。
7) (財)国際貿易投資研究所・欧州研究会委員(元北海学園北見大学教授)長手喜典
7-1) 原発なき先進国イタリアの悩み(2003/07/25)
7-2) 原発なき先進国イタリアの悩み(その2)(2003/11/21)
通常の電力危機は、おおむね電力消費量の最大期、夏期に先進国を見舞う。前回のイタリアもそうであった。 ただ、今回は秋、しかも、最も電力消費が下降する真夜中に起こった。 これはイタリアが総需要の16.6%も輸入電力に依存しているからであるが(フラッシュ47参照)、 通常なら国内発電による供給不足分-15.9%を十分上回る買電で、 理論的には足りている計算である(2003.9.29 レップブリカ紙)。
しかし、16本の隣接する諸国からの送電ケーブルは、そのうちの1本の通電時間帯の事故で、家庭用も産業用も一緒くたの大停電を引き起こし、人口5,700万人、世界第7位の工業国を一夜にして、第三世界以下の状況下においた。
8) 電力自由化時代の電力システムとエネルギー有効利用[三菱電機のサイト]
東京都立大学大学院・工学研究科電気工学専攻・横山隆一教授による、かなりわかりやすい解説。
9) 『ドイツ電力産業における競争政策の展開』加藤幸浩平
専修大学社会科学年報第42号(2008)掲載。研究期間はH16-H17年度
10) 「電力自由化の成果と課題」調査と情報,595号,(2007/09/25)
国立国会図書館資料
11) (財)日本エネルギー経済研究所,IEEJ 2007/11,小笠原潤一
電力ガス市場第三次立法提案パッケージ(2007/09/17)の解説
基礎の話として電力が需要家に届くまでには、発電>送電>卸売>配電>小売、という段階を経ます9)。日本ではこの全てを取り扱う大手10社が各地域で市場をほぼ独占していますが、欧州や米国ではいわゆる自由化が進められています。ただしその実際は国により結構な違いがあります8-11)。
さて5段階の中で送電と配電、特に広域ネットワークとなる送電は自然に独占にならざるをえず、電力自由化といえば発電と小売に参入自由があり消費者には選択の自由がある状態を指します。そのためには送電網は誰もが自由に使える状態でなくてはならず、送電業者に対してはむしろ自由を規制しなくてはなりません。道路の通行に差別がなかったり、通信回線所有者には顧客を選ぶ自由を制限したりするようなもので、いわば公共インフラ的性質を持つ送電ネットワークを誰もが妥当な料金で使用できる状態にすることで、発電と小売の自由市場が保証されるのです。しかるに同じ会社が発電や小売と送電を兼ねていたのでは、送電設備を持たない発電会社などが不利になるので、自由化のためにはいわゆる発送電分離が必須となります。このとき問題となる一つが、送電会社(私営であれ公営であれ)が送電設備を改良保全し需要に応じて増強するインセンティブをどう確保するかということになります。
さてカリフォルニア電力危機は1998/04の電力市場自由化の後に2000/07から始まり2003/11に終息宣言がなされました。詳しい時系列は英語版ウィキペディア2)にあります。実はこの事件は突然の大停電ということではなくて、いわゆる計画停電(Rolling Blackout)が頻発したという事件です4)。なんのことはない、この春に東京電力管内で経験された事態が長期間続いたという事件なのです。
カリフォルニア電力危機の原因についてはRef-4-2),5)の記述をまとめると、需要増加に供給が追いつかずに卸価格が高騰したが、小売価格には上限がはめられていたため小売2社が逆ざやに陥り倒産に至った、というものです。またエンロン社などの発電会社による売り惜しみによる価格操作もあったと言われています。これはどう見ても不完全な自由化による失敗であって、自由化のせいで停電が起きたという説明にはなりません。不完全だった部分は、小売価格には上限がはめられていたこと、小売会社が送電設備も所有していたこと、です。
要するに、自由化すればカリフォルニア電力危機のようなことが起きる、というのは間違いで、正しくは、自由化する時に変に不完全な自由化をするとカリフォルニア電力危機のようなことが起きる、というのが正しいのです。
一方で2003/08/14の北アメリカ大停電は本当に突然の大停電だったのですが、こちらははっきりした原因は未だに不明ながら、送電網の不備が大きな原因であるようです。送電網に対する設備投資のインセンティブが少なくなると、このような事態が起きる恐れは増すことになります。まさにインターネットのインフラとしての通信回線網と同じ悩みになるわけです。
またイタリアでは2003/06-07にいくつかの停電(記載からは計画停電の雰囲気)が続き7-1)、2003/09/28(北アメリカ大停電の約1ヶ月後)には突然の大停電が起きたのですが7-2)、これも自由化のせいと言うよりはイタリアが慢性的な電力不足で輸入で賄っているという状況の要因が大きいように思えます。
そしてEUでは一応順調に自由化は進展し、国境を越えた電力貿易も盛んになっています。その評価も色々とありますが、2007年末のEU自身の評価では、さらなる自由化が必要である点と、送電網の拡充整備が必要である点が強調されているようです10-11)。
ところで電力価格の低下を電力自由化の成果の目安にしている論調がよくありますが、これは変な論理だと思います。まあ目安のひとつにはなるかも知れませんが、それだけをもって電力自由化の成果を測るような論理は間違いとしか思えません。なぜなら自由市場である以上は価格は需要と供給により適切な市場価格に決まるものであって、それが自由化以前の価格より安いか高いかは状況次第だからです。
自由化の目的は価格が市場により適切な価格に決まるようにすることであり、安くなったとすればそれは結果に過ぎません。財が乏しくなれば価格が高くなることにより消費を抑制し生産意欲を刺激する、というのも自由市場の大事な役割です。電力の場合は高価格は省電力グッズや省電力サービスの普及を促すという役割も果たします。
地球温暖化防止のためにも省電力や省エネは大切だとしながら低価格の電力を要求するのは矛盾しているのではないかと私は思います。ま、確かに電気というのは今やなければ命が脅かされることさえある必需品ですから庶民の手の届かない価格では困りますが、それを言うなら食料品だって自由市場で取り引きされ価格は変動するのです。確かに食料品の場合は多様な種類がありある品が高くなっても別の品で代替することができますが、電気は1種類だけです。いやそうとも言えません。理想的な自由市場のもとでは時間帯や発電業者などにより様々な価格の電力が売買されるはずですから。
------参考文献-----------
1) 例えば原子力安全委員会で以下のヒアリングが行われた。
平成23年6月2日(木)14:30~
平成23年6月7日(火)10:30~
2) California_electricity_crisis[ウィキペディア英語版]
Chronology参照
3) カリフォルニア電力危機[ウィキペディア日本語版]
[California electricity crisis]ウィキペディア
4) ハイテクが引き起こしたカリフォルニアの停電(2001年1月23日)
この停電は、実際には停電と言ってもローリングブラックアウトといって、細かく分けた地域ごとに数十分ずつの停電を起こしていって全体の電力消費量を抑え、本物の大停電を防ぐための計画停電だ。
5) カリフォルニア大停電に学ぶ-日経BP記事
5-1) (2009/02/09)第1回:電力自由化、米国の実態を調査
5-2) (2009/02/23)第2回:不完全な規制緩和政策が招いたカリフォルニア州の電力危機
大手私営電力会社のうち、SDG&E社(San Diego Gas & Electric社:サンディエゴ地域に電力を供給)については1999年7月に小売価格の凍結が解除されていたため、卸電力価格の高騰がそのまま小売価格に転嫁された。これによって、SDG&E社の供給エリアでは小売価格が高騰し、消費者の生活を直撃することになった。驚いた州議会は、2000年9月7日から2002年末までの時限措置として、SDG&E社の小売価格を再規制する法案を可決している。
5-3) (2009/03/09)第3回:消費者は停電より光熱費の高騰を心配
5-4) (2009/03/26)第4回:「規制か自由か」を超える答え問う 壮大な社会実験だった
6) カリフォルニアの電力危機とその教訓(2001/10:富士通総研・武石礼司主任研究員)
発電能力の維持・増強を可能とするためには、制度上の制約(固定小売価格といった制度)を取り除いておく必要がある。一方、送電容量の確保のためには設備投資のためのインセンティブを与えて、送電設備の能力を維持・増強する必要がある。競争を喚起して余剰コストを削減する必要がある発電部門・電力小売部門と比べて、適正な能力を維持できているかの確認が必要である送電部門に対しては、情報を公開しつつ、適正な送電容量を確保するための方策が必要となる。
7) (財)国際貿易投資研究所・欧州研究会委員(元北海学園北見大学教授)長手喜典
7-1) 原発なき先進国イタリアの悩み(2003/07/25)
7-2) 原発なき先進国イタリアの悩み(その2)(2003/11/21)
通常の電力危機は、おおむね電力消費量の最大期、夏期に先進国を見舞う。前回のイタリアもそうであった。 ただ、今回は秋、しかも、最も電力消費が下降する真夜中に起こった。 これはイタリアが総需要の16.6%も輸入電力に依存しているからであるが(フラッシュ47参照)、 通常なら国内発電による供給不足分-15.9%を十分上回る買電で、 理論的には足りている計算である(2003.9.29 レップブリカ紙)。
しかし、16本の隣接する諸国からの送電ケーブルは、そのうちの1本の通電時間帯の事故で、家庭用も産業用も一緒くたの大停電を引き起こし、人口5,700万人、世界第7位の工業国を一夜にして、第三世界以下の状況下においた。
8) 電力自由化時代の電力システムとエネルギー有効利用[三菱電機のサイト]
東京都立大学大学院・工学研究科電気工学専攻・横山隆一教授による、かなりわかりやすい解説。
9) 『ドイツ電力産業における競争政策の展開』加藤幸浩平
専修大学社会科学年報第42号(2008)掲載。研究期間はH16-H17年度
10) 「電力自由化の成果と課題」調査と情報,595号,(2007/09/25)
国立国会図書館資料
11) (財)日本エネルギー経済研究所,IEEJ 2007/11,小笠原潤一
電力ガス市場第三次立法提案パッケージ(2007/09/17)の解説
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