『ひみつのアッコちゃん』のテーマの発想も、『おそ松くん』同様、映画からのインスパイアによるものだった。
連載開始当時、赤塚が定期講読していたキネマ雑誌「映画の友」(映画世界出版刊)の海外通信欄の記事に、ルネ・クレールの『私は魔女と結婚した』(『奥様は魔女』の原題)という作品のリメイク企画が紹介されており、魔女というキーワードが妙に引っ掛かった赤塚は、「りぼん」の新連載用にと、魔法のスペックを使って、様々なものに変身する女の子というテーマを創案し、その企画案を編集部に持ち込んだ。
『ひみつのアッコちゃん』の連載開始前夜のことを、赤塚はこう振り返る。
「〈リボン〉(原文ママ)の副編集長のところへアイデアを話しに行ったんだよね。魔法の鏡を見て変身する漫画って言ったら馬鹿にされちゃって、〝今ごろ魔法なんてアンタ、馬鹿なことをいうんじゃない〟って言われたんだけど、〝いや今は誰も描いていないから〟って無理矢理頼んでやらせてもらったんですよ。ところが始まったら評判良くてね、すぐ別冊、別冊と随分描いた。」
(『赤塚不二夫1000ページ』話の特集、75年)
当初、編集部からその企画案を一蹴された『ひみつのアッコちゃん』だったが、連載開始から時暫くして、テレビ版の『奥様は魔女』(主演/エリザベス・モンゴメリー)の放映開始とシンクロし、魔法使いブームが到来する。
少女達の間で、魔法や魔術のエッセンスが広く浸透し、それに先鞭を付けるかたちで、『アッコちゃん』人気は急上昇。同誌の目玉商品ともいうべきヒットタイトルとなった。
『アッコちゃん』は、同時期に始まった大ヒット作『おそ松くん』とは全く異なる作風を狙った傾向があり、キャラクター造形という点に着目しても、おそ松キャラのような奇抜さはなく、人物配置においても、生活臭を纏い、ウェットな庶民性に根差した登場人物がコーディネートされているなど、その対照性が窺える。
アッコを取り巻くレギュラーキャラは、アッコの大親友で、アッコ同様に朗らかな女の子だが、勝ち気な性格とお転婆ぶりは、実はアッコ以上というクラスメートのモコ、モコの弟で、正義感が強く、思い遣り深い面を持ちながらも、姉譲りの勉強嫌いと利かん坊な性格が玉に瑕な腕白坊主のカン吉、カン吉とは大の仲良しで、粋に和服を着こなす落語家かぶれ、子供でありながら、その老成した態度には、大人も思わずタジタジにさせる豆腐屋の小倅・ガンモ、カン吉とガンモの共通のガールフレンドで、興信所もビックリの調査能力を持ち、街中のあらゆる情報を収集するが、絶対の秘密事さえもお金を貰えば、すぐにバラしてしまう、油断もすきもない近眼少女のチカちゃんなど、いずれも細緻を極めた性格付けがなされている魅力的な子供達ばかりだ。
余談だが、『アッコちゃん』で最も強烈なパーソナリティーを発揮するチカちゃんは、メジャーな赤塚キャラの中でも、最古の登場人物として知られている。
チカちゃんが最初に出演した作品は、『おハナちゃん』で、主人公のおハナちゃんとは真逆な、鼻っ柱が強く、ちょっぴり捻くれた性格が宛がわれ、互いの個性をぶつけ合いながらも、好敵手であるおハナちゃんとは抜群の相性で絡み合い、物語を盛り上げる得難いバイプレイヤーとして既に描かれていた。
『アッコちゃん』の登場人物達のネーミングは、アシスタント第一号で、当時結婚したばかりの登茂子夫人の親族の方々の名前から拝借したのだという。
アッコは、登茂子夫人の実姉のニックネームから、モコは、登茂子夫人のニックネームから、そして、カン吉は、赤塚にとって義理の父に当たる登茂子の実父の名からそれぞれ命名された。
『アッコちゃん』は、赤塚漫画の代表的なタイトルの一つでありながらも、『おそ松くん』や『天才バカボン』 、『もーれつア太郎』のように、マシンガンの如く激しい消費速度で、ラディカルな笑いが乱れ撃ちされるエネルギッシュな作風ではないが、アットホームな雰囲気の中、ナーサリーテールの世界観を、ヒューマニティーの香り立つ、優美な幻想譚の世界へと昇華させたシチュエーションコメディーの傑作だ。
その深度のあるハイクオリティーなテーマ、時にはロマンティックであり、また時には明るく開放的なストーリーラインを背景に、人と人との暖かな交流から紡ぎ出されるドラマの重層性が心地好く、所謂赤塚ギャグとはまた別な、赤塚のストーリーテラーとしての異能ぶりの一端を窺い知ることが出来る。
『ひみつのアッコちゃん』連載開始から連載中期に掛けては、経済規模の驚異的なエクステンションに比例し、国民の生活意識もまた、著しく形を変えるなど、我が国が経済大国へと突入する新時代の幕開けと重なり合った時期ではあったが、庶民レベルにおける生活様式は、大きく飛躍するまでには至らず、思い通りのお洒落を満喫出来る女の子は、ほんの一部の裕福な家庭のお嬢様だけに過ぎなかった。
そうした時代に、普段一般の女の子達が身に纏う機会のないお姫様、天使、バレリーナ、婦人警官といった様々なコスチュームにアッコが着飾り、毎回、物語にファッションショー的なバリディティを呈する華やかなシチュエーションは、少女読者を魔法のトリックで夢の世界へと誘う以前に、彼女達が抱く日常の中での些細な憧れを刺激して余りあるスパイスになったに違いない。
因みに、「りぼん」には、毎号「アッコちゃんファンコーナー」なるスペースが設けらており、往時の人気を偲ぶことが出来る。
このコーナーでは、ファンから送られてきた似顔絵やレターなどが複数紹介されており、63年5月号では、後にミス10代コンテストの世界大会で優勝し、歌手、女優として活躍を続ける大信田礼子が描いた、可愛いアッコのイラストが掲載されている。
その後、肉感的ボディを引っ提げ、ズベ公女優としてスクリーン狭しと暴れ回る大信田だが、そんな彼女にも夢見る少女だった時代があったのかと思うと、何とも頬が緩む。
では、前振りが長くなってしまったが、ここで改めて、1964年から翌65年に掛けて刊行されたきんらん社版(全4巻)、1974年に刊行された曙出版版(全5巻)の単行本をテキストに、いくつかの傑作エピソードを振り返ってみたい。