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「なぜなら、誰も鬼の霊薬某(なにがし)というものを知らぬからだ。聞いたこともなければ、見たこともない。作り方さえ分からぬ。存在しないものを、どうやって売れというのか。鬼の肝から作られると言われど、思い当たるものは何もない。
古来より鬼と人は時に争い、時に共存し、交流を持ってきた。今でこそ平穏な関係を築けているが、そうなるまでには短くない年月と紆余曲折があったという。そんな中で、自分たちより遥かに強靭で寿命が長く、妖術まで使う鬼を、人間は恐れ崇めてきた。だからこそ、『万病に効く鬼の霊薬』というまやかしも生まれたのだろう。
男に何度説明しようとも、男はそんなことはない、あるはずだ、売ってくれとそればかり。しまいには男も業を煮やして、
「こんなに頼み込んでいるというのに売らぬとは。ならば力づくで奪い取るのみ」
と、剣を抜いて言った。
こうなってはやむなしと、男を取り押さえ里の外へと追い出した。
それからしばらくもしないうちに、一人の鬼が殺された。みな驚き怒り、
「誰ぞ何かを見た者はおらぬのか」
と問えば、
「闇にまぎれて去る影を見た。遠く、速くてよく分からなかったが、人間のように見えた」
という声が上がった。
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