ここ最近、組織のリーダー像を追っています。
時代とともに、人々の生き方、あり方、ものの考え方、ありたい理想などはダイナミックに変わっているので、組織のリーダーの在り方もまた変わってきているのです。
今回は、私が観察したリーダー像の変化を考察したいと思います。
リーダーというと、特に昭和時代などに代表される「俺についてこい」型のトップを走って皆を従えるというリーダー像(トップダウンオンリー)がかつてはあったわけです。大量生産・大量消費・同じ価値観を持つ(例えば戦後に経済的に豊かになることが人生の豊かさのような)場合には、こうしたリーダー観は重宝されたのだと思いますし、だからこそ通用してきたのでしょう。
ある程度の物質的な豊かさを迎え、個々人の価値観が重視される社会になってくるのと、海外からはサーバントリーダーなどの考えが入ってくると、支援型のリーダーやボトムアップの組織づくり(現場が決めていく)スタイルなども入ってきました。これは価値観の多様化や多品種少量生産、きめ細かなサービス需要に加え、一種のトップダウンのみによる独裁的な負の側面への抵抗としても現れてきたように思います。
さて、ではどちらのリーダーが求められるかというと、組織の状態にもよるのだと思います。緊急時にはトップダウン的な組織運営の方がうまくいきますし、選択肢が複雑ですべてをリーダーに一任して決めさせるとリスクがあるような場合は、専門性がわかっている現場の判断を重視してファシリテートしていくボトムアップ的な組織運営が求められるわけです。しかし、どちらか一方しかリーダーができないとなると、組織運営はまた難しいというのもいろいろな組織を観察する中で感じています。例えばボトムアップで組み上げていくとしても、まったくの放任をしてしまえば組織はバラバラになっていきます。
そこで、最近、うまくいっている組織をみると、そこでのリーダーは、中庸型(統合型)の要素を持っていることを私は発見しました。例えば男性原理(推進力など)と女性原理(包容力)を同時に兼ね備えている。メンバーに介入すべき時は介入し、介入すべきでなく任せるべきときは任せることができる。大胆さを持って方針を決定できる面もあれば、メンバーの状態などもきめ細かく観察・フォローができる繊細さも持っている等です。これらのリーダーの人は、それを意識しているのか無意識でやっているのかはわかりませんが、結果的に、どちらの極にも偏らずに中庸なスタンスを取っているという共通点があるのです。
これからの組織運営では、リーダーの中庸性が求められるのではないかという仮説をもとに、今後も考察していきたいと思っています。