おかあさまは、そんなことがあったかしらと、よく思いだせませんでしたけれど、ただうれしさに、目に涙をうかべて、にこにことうなずいていらっしゃいました。
His mother, although she couldn't remenber those well, was smiling and nodding with tears welling up.
ところがです、読者諸君、こうした一家の喜びは、あるおそろしいできごとのために、じつにとつぜん、まるでバイオリンの糸が切れでもしたように、プッツリとたちきられてしまいました。
Still, my readers, thier pleasure was altogether cut off as if some string of violin was broken suddenly.
なんという心なしの悪魔でしょう。親子兄弟十年ぶりの再会、一生に一度というめでたい席上へ、そのしあわせをのろうかのように、あいつのぶきみな姿が、もうろうと立ちあらわれたのでありました。
What a merciless devil. It was a once in lifetime oppotunity that they saw each other for the first time in ten years. The eerie figure showed up vaguely as if it cast a curse to this happiness.
思い出話のさいちゅうへ、秘書が一通の電報を持ってはいってきました。いくら話にむちゅうになっていても、電報とあっては、ひらいて見ないわけにはいきません。
While they were talking about the good old days the secretary brought a telegraph. Even though they were into the reminiscences it was telegraph, they had to open it.
壮太郎氏は、少し顔をしかめて、その電報を読みましたが、すると、どうしたことか、にわかにムッツリとだまりこんでしまったのです。
Soutarou read it with a grimace, and then what happened, he fell silent.
「おとうさま、何かご心配なことでも。」
壮一君が、目ばやくそれを見つけてたずねました。
"Father, what happend?"
Souichi noticed it quickly and asked.
「ウン、こまったものがとびこんできた。おまえたちに心配させたくないが、こういうものが来るようでは、今夜は、よほど用心しないといけない。」
"Yeah, some trouble came up. I don't want to make you worry though we have to be very careful with this note."
そういって、お見せになった電報には、
「コンヤショウ一二ジ オヤクソクノモノウケトリニイク 二〇」
とありました。二〇というのは、「二十面相」の略語にちがいありません。「ショウ一二ジ」は、正十二時で、午前零時かっきりに、ぬすみだすぞという、確信にみちた文意です。
With this he showed the telegraph and it said
"Tonight exact twelve oclock, I'ill go to the things we promised. 20."
"20" must mean "Twenty Faces." It sounded certain for him to steal it at the exact twelve oclock.
「この二〇というのは、もしや、二十面相の賊のことではありませんか。」
壮一君がハッとしたように、おとうさまを見つめていいました。
「そうだよ。おまえよく知っているね。」
"This twenty means Twenty Faces, does it?"
With a start Souichi asked his father staring at him.
"Yes, it is. How do you know it."
「下関上陸以来、たびたびそのうわさを聞きました。飛行機の中で新聞も読みました。とうとう、うちをねらったのですね。しかし、あいつは何をほしがっているのです。」
I heard some rumors of him often since I got here. I read the newspapers in the plane. It came to us finally. But what does he want?"
「わしは、おまえがいなくなってから、旧ロシア皇帝の宝冠をかざっていたダイヤモンドを、手に入れたのだよ。賊はそれをぬすんでみせるというのだ。」
"After you'd gone I obtained the diamonds once on the crown of old Russian emperor. The thief says he will take it away."
そうして、壮太郎氏は、「二十面相」の賊について、またその予告状について、くわしく話して聞かせました。
And Soutarou told about "Twenty Faces" and the warning in detail.
「しかし、今夜はおまえがいてくれるので、心じょうぶだ。ひとつ、おまえとふたりで、宝石の前で、寝ずの番でもするかな。」
Still we have you tonight. It's very reassuring. So you and I will be watching them all night.