そこで、きょうは朝から自動車でほうぼう乗りまわしましてな。おひるは鉄道ホテルで食事をしろという、ありがたいいいつけなんです。たらふくごちそうになって、ここでしばらく待っていてくれというものだから、ホテルの前に自動車をとめて、その中にこしかけて待っていたのですが、三十分もしたかとおもうころ、ひとりの男が鉄道ホテルから出てきて、わしの車をあけて、中へはいってくるのです。
Today I ran around everywhere from the morning today. I was gratetful because he let me have lunch at the station hotel. After I had plenty I was ordered to wait here so I was waiting in the car, about 30 minutes later a man came from the hotel and got in the car.
わしは、その男を一目見て、びっくりしました。気がちがったのじゃないかと思ったくらいです。なぜといって、そのわしの車へはいってきた男は、顔から、背広から、がいとうからステッキまで、このわしと一分一厘もちがわないほど、そっくりそのままだったからです。まるでわしが鏡にうつっているような、へんてこな気持でした。
I was so surprised that I doubted my own sanity. Because that guy looked exactly like me. Like face, jacket, stick, everything was exactly same. I felt weired, seeing him was like looking into the mirror.
あっけにとられて見ていますとね、ますますみょうじゃありませんか。その男は、わしの車へはいってきたかと思うと、こんどは反対がわのドアをあけて、外へ出ていってしまったのです。
As I was looking at him in astonishment the things got weireder. The man got in the car and next, he got off from the opposite door.
つまり、そのわしとそっくりの紳士は、自動車の客席を、通りすぎただけなんです。そのとき、その男は、わしの前を通りすぎながら、みょうなことをいいました。
『さあ、すぐに出発してください。どこでもかまいません。全速力で走るのですよ。』
I mean, that guy looked like me just passed through the car seat. When he went through he said odd thing.
"Start now. Wherever you like. Go in full speed."
こんなことをいいのこして、そのまま、ごぞんじでしょう、あの鉄道ホテルの前にある、地下室の理髪店の入り口へ、スッと姿をかくしてしまいました。わしの自動車は、ちょうどその地下室の入り口の前にとまっていたのですよ。
He said and, you know it, don't you, that entrance of the barbar in the basement, he just went and hid himself. My car was parked jut in front of that entrance.
なんだかへんだなとは思いましたが、とにかく先方のいうままになるという約束ですから、わしはすぐ運転手に、フル・スピードで走るようにいいつけました。
I thought it was weired but the promise was promise, so I ordered the driver to go in full speed.
それから、どこをどう走ったか、よくもおぼえませんが、早稲田大学のうしろのへんで、あとから追っかけてくる自動車があることに気づきました。なにがなんだかわからないけれど、わしは、みょうにおそろしくなりましてな。運転手に走れ走れとどなったのですよ。
After that where I ran I don't remember well. I noticed there was a following car at the back of Waseda University. I didn't get it but it was scary. So I shouted the driver to run, run."
それからあとは、ご承知のとおりです。お話をうかがってみると、わしはたった五千円の礼金に目がくれて、まんまと二十面相のやつの替え玉に使われたというわけですね。
After that you know very well. From I heard I was blinded by just 5,000 yen and used as his double.
いやいや、替え玉じゃない。わしのほうがほんもので、あいつこそわしの替え玉です。まるで、写真にでもうつしたように、わしの顔や服装を、そっくりまねやがったんです。
No, no. I'm not double. I am authentic. He is my double. He impersonated me as if my photo.
それがしょうこに、ほら、ごらんなさい。このとおりじゃ。わしは正真正銘の松下庄兵衛です。わしがほんもので、あいつのほうがにせ者です。おわかりになりましたかな。」
This is the proof. Look, I'm real Shoubei Matsushita. I am real and he is fake. Do you understand?"
松下氏はそういって、ニューッと顔を前につきだし、自分の頭の毛を、力まかせに引っぱってみせたり、ほおをつねってみせたりするのでした。
He told like that and stuck his face out, pulled his hair hard and twisted his cheek.
ああ、なんということでしょう。中村係長は、またしても、賊のためにまんまといっぱいかつがれたのです。警視庁をあげての、凶賊逮捕の喜びも、ぬか喜びに終わってしまいました。
Oh, my God. The chief Nakamura was deceived again. The whole station was happy arresting the heinous criminal but the truth was that they enjoyed for nothing.
のちに、松下氏のアパートの主人を呼びだして、しらべてみますと、松下氏は少しもあやしい人物でないことがたしかめられたのです。
Afterward they called the landlord of Matsushita's apartment and made sure he was not dangerous.
それにしても、二十面相の用心ぶかさはどうでしょう。東京駅で明智探偵をおそうためには、これだけの用意がしてあったのです。部下を空港ホテルのボーイに住みこませ、エレベーター係を味方にしていたうえに、この松下という替え玉紳士までやといいれて、逃走の準備をととのえていたのです。
All things considered, how careful Twenty Faces is. To meet the detective Akechi, he prepared this mush. He prepared making his suborditates to live in Station Hotel, buying the elevater-boy, and plus, he hired this gentleman as his double.
替え玉といっても、二十面相にかぎっては、自分によく似た人をさがしまわる必要は、少しもないのでした。なにしろ、おそろしい変装の名人のことです。手あたりしだいにやといいれた人物に、こちらで化けてしまうのですから、わけはありません。相手はだれでもかまわない。口車に乗りそうなお人よしをさがしさえすればよかったのです。
When it comes to double, Twenty Faces doesn't need to find someone resembled him. He is an expert of disguise. He just hired someone at random and he could impersonate the man. He doesn't care who it is. Just finding a good natured man was enough for him.
そういえば、この松下という失業紳士は、いかにものんき者の好人物にちがいありませんでした。
Come to think of it, this unemployed man, Matsushita, was sure good natured eazy-going person.
この章は終わりました。