賊はそうして、五分か十分のあいだ、探偵をエレベーターの中にとじこめておいて、そのひまに階段のほうからコッソリ逃げさろうとしたのです。いくら大胆不敵の二十面相でも、もう正体がわかってしまった今、探偵と肩をならべて、ホテルの人たちや泊まり客のむらがっている玄関を、通りぬける勇気はなかったのです。明智はけっしてとらえないといっていますけれど、賊の身にしては、それをことばどおり信用するわけにはいきませんからね。
The thief was trying to hold the detective in the elevater in order to escape stealthly by using stairs. Now his identity was revealed, even the bold Twenty Faces couldn't go through all hotel staffs and other customers with the detective. Though Akechi said he wouldn't catch him, the thief couldn't believe those words.
名探偵はエレベーターをとびだすと、廊下を一とびに、玄関へかけだしました。すると、ちょうどまにあって、二十面相の辻野氏が表の石段を、ゆうぜんとおりていくところでした。
The detective ran from elevater to the front door in time to meet Twenty Faces walking calmly down the stone stairs.
「や、しっけい、しっけい、ちょっとエレベーターに故障があったものですからね、ついおくれてしまいましたよ。」
"Hey, sorry, I was late. The elevater got some problem."
明智は、やっぱりにこにこ笑いながら、うしろから辻野氏の肩をポンとたたきました。
Akechi patted Tsujino on the shoulder, still smiling.
ハッとふりむいて、明智の姿をみとめた、辻野氏の顔といったらありませんでした。賊はエレベーターの計略が、てっきり成功するものと信じきっていたのですから。顔色をかえるほどおどろいたのも、けっしてむりではありません。
Startled Tsujino turned his head and recognized Akechi. What a expression Tsujino got. The thief thought his plan would have gone well, naturally he was so surprised that he turned blue.
「ハハハ……、どうかなすったのですか、辻野さん、少しお顔色がよくないようですね。ああ、それから、これをね、あのエレベーター・ボーイから、あなたにわたしてくれってたのまれてきました。ボーイがいってましたよ、相手が悪くてエレベーターの動かし方を知っていたので、どうもご命令どおりに長くとめておくわけにはいきませんでした。あしからずってね。ハハハ……。」
"Ha ha ha. What's the matter, Mr. Tsujino. You look pale. Oh, I was asked by the elevater-boy to give you this back. He said that your opponent knew how to move the elevater well so that he couldn't keep him long as you ordered. And sorry. Ha ha ha."
明智はさもゆかいそうに、大笑いをしながら、例の千円札を、二十面相の面前で二―三度ヒラヒラさせてから、それを相手の手ににぎらせますと、
Akechi made a thousand yen bill flap in front of Twenty Faces and handed it to him laughing merrily.
「ではさようなら。いずれ近いうちに。」
といったかと思うと、クルッと向きをかえて、なんのみれんもなく、あとをも見ずに立ちさってしまいました。
"Good bye then. See you around."
With this, he turned and walked away without looking back even once.
辻野氏は千円札をにぎったまま、あっけにとられて、名探偵のうしろ姿を見おくっていましたが、
「チェッ。」
と、いまいましそうに舌うちすると、そこに待たせてあった自動車を呼ぶのでした。
In silent astonishment, Mr. Tsujino was looking at the detective walk away with a thousand bill in his hand.
"Damn!"
He clucked his tongue in vexation and then call the car waiting for him.
このようにして名探偵と大盗賊の初対面の小手しらべは、みごとに探偵の勝利に帰しました。賊にしてみれば、いつでもとらえようと思えばとらえられるのを、そのまま見のがしてもらったわけですから、二十面相の名にかけて、これほどの恥辱はないわけです。
Like this, their first trial ended with the detective's victory. The detective could catch him whenever he liked but he let him go. For the thief it was the most shameful result.
「このしかえしは、きっとしてやるぞ。」
彼は明智のうしろ姿に、にぎりこぶしをふるって、思わずのろいのことばをつぶやかないではいられませんでした。
"I will revenge for this."
He couldn't help but cursed toward Akechi's back with his hands clenched.
この章はこれで終わりです。