日々是口実~引っ越し版~

Yahoo!ブログから引越してきました。更新の予定は。。。

偶然の歴史巡り

2009-12-03 23:29:40 | その他

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結婚式は初めて親族紹介に参加。ちょっとユーモアを加えた自己紹介をして、つかみはオッケー。
今回の披露宴は終始ほんわかムード。田舎のそれとは違う良さがあった。
結婚式のあとは茨城にある伯母宅へ。その後はお酒が入ってバタンキュー。


翌日は、別へ泊まった叔母2人を最寄りの栗橋駅(といっても20分はかかる)へ迎えにいく。ここはJR宇都宮線と東武日光線が乗り入れている駅。つかの間の鉄分補給をしていると駅前で怪しいものを発見。



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なんと、静御前の墓。
義経を慕って平泉に向かう途中「義経討死」の報を受け、京都に戻ろうとしたが文治5年(1189年)9月15日、この地で亡くなったとある。
ちと調べてみると、この手のものは各地にあるらしい。が、ここは判官贔屓の私。何かの縁を感じ、本物の墓と信じて、手を合わせ辞去した。


叔母たちは落人伝説のある栃木の湯西川温泉に泊まるので、日光方面へ。
途中、鬼怒川温泉、川治温泉と名だたる温泉地を通過。温泉街に川が流れているっていいよね~、いつか来てみたいなぁ。叔母たちを下ろし、時間がないので落人探索もなし・・・残念。福島へ向け北上。
ちなみに落人といえば、秋田では阿仁の根子集落。ここには父の同級生がおり「親方の家」と言われ落人の長の家だそうな。



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で、この標識、三重複国道。こういうのも興味を引かれる。前回通ったときは合併前で、藤原町上三依だった。
ここから少し行くと、秘境駅で有名な野岩鉄道、男鹿高原駅の看板。ここは寄ってみたかった。あぁ~、こういう時、同乗者が興味がないと寄りにくいよねぇ。泣く泣くスルー。



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福島へ入り、本日のメイン大内宿へ到着。山間に茅葺の宿が軒を連ねる。宿場町の雰囲気が最高。昔の旅人は宿に着いてホッとしたんだろうなぁ。



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ここで食べたのが三澤屋の名物「高遠そば」。ネギを箸がわりにつかい、薬味としてかじる。さすが会津そば街道と名乗るだけあって、そばは絶品。で、ここでまた食指が・・・。「高遠」?
歴史好きなら高遠といえば、信州高遠藩を思い浮かべるとおもうのだが。福島なのになぜ???


これは徳川二代将軍秀忠の四男、保科正之が高遠藩三万石保科正光に養子になり、出羽山形二十万石へ加増。その後、会津に移り会津松平家の初代藩主となり、このそばが会津に伝わったとか。
となると山形のそばも彼の仕業??


うーん、歴史は深い。ちなみに会津といえば白虎隊。白虎は16歳~17歳の兵士。その他、朱雀(18歳~35歳)、青龍(36歳~49歳)、玄武(50歳以上)と年齢別に隊を組んでいたという。
これは古代中国の四方をつかさどる神「四神」から来たもので、東は青龍神(春、青)、西は白虎神(秋、白)、南は朱雀神(夏、赤)、北は玄武神(冬、黒)を表しているとか。
大相撲で勝負審判紹介の時「赤房下だれそれ」というのを聞いた事があると思う。これもかつての四本柱、現在の房の色はこの意味がある。


半ば強引に大相撲まで引っ張ってしまったが、これで今回の旅は終了。面白い発見があった旅だった。


でも本当は会津若松で「SLばんえつ物語」を見たかったんだけどなぁ・・・。