先にご紹介した雷電為右衛門。プロフィールの写真に雷電の画像を使っているように、私がもっとも興味がある力士。
このブログをご覧いただいてるとわかるかと思いますが、ワタクシは現代の力士より昔の力士のほうが興味があるのです。
大相撲史上最強の力士(254勝10敗)で、江東区の富岡八幡宮にある横綱力士碑には、歴代の横綱に混じって「無頼力士」としてその名が刻まれています。
また、雷電日記を残している様に教養の高さもみられる、まさに「文武両道」の人物なのです。
その雷電日記を読んでいると、都合三度ほど秋田を訪れているのを知りました。
秋田大好き人間の私は「出羽」や「秋田」、「久保田」という字を見るたびにもう・・・シビレてしまうのです(笑)。
今回はその第一回目、寛政十年(1798)。長いので端折って書きます。
6月に出羽国に向けて出立~。
秋田藩湯沢で3日間、50両で興行を勤めた。
次に横手の宿で3日間、40両で興行したが、この場所は大入りだった。
同国秋田藩久保田城下では10日間、90両で興行 ~ 15日に初日をあけ、29日に興行を終えた。
同国大達というところで、5日間60両で興行したが、少々不繁盛だった。
ぬしろというところで3日間45両で契約した。この相撲は繁盛した。
同国人市の宿では3日間45両で契約、この相撲も繁盛した。
ということで雷電一行は、湯沢~横手~秋田~大館~能代~一日市(八郎潟町)を巡業していくのでした。
雷電は私の住んでいる能代にも来たんですねぇ、卒倒しそうです。どこで相撲取ったのかなぁ?
面白いところでは、不繁盛だった大館。今も昔も、巡業では客入りが悪い土地みたいですね(笑)。
今から212年も前の話ですよ、ぞっくぞくしますね。つづく・・・。
追伸 明日のブログは都合により、いなほ8号になりそうです(笑)